1話 異端児現る
高山第二高校の屋上、雲ひとつない快晴の空、それに延びる白くて高い煙突。
そんな場所に、1人の少年が空を仰いでいた。
「風が心地いいな…」
教室では…
「おはよう、みんな」
1年D組の教室へ、担任が入ってきた。
「それじゃあ、始めるか」
いつも通り、起立と挨拶をし、着席をする。
「ここでの生活も、まる2ヶ月くらいだが、今日はうちのクラスに新しい仲間が入った。一番後ろの席に…」
私の隣の席を見つめ、先生が話を止める。
「この席、朝からずっと空席です」
私の言葉に、先生も動揺しているようだ。
「…湊、お前の一限って何時スタートだ?」
「一限目は9時半からです」
この学校には共通の時間割がない、それぞれが授業を選び、個々の時間割が作られる。
「それじゃあ、そいつ探しといてくれないか?海道って名前だから」
海道…性別すらも分からない、一体どんな人なのだろう。
「分かりました」
先生も頷き、ホームルームが終了する。
「じゃあ、今日も夢に向かって全力で。頑張ってくれよ」
ヤケにくさい台詞だけど、別に、この先生が熱血な訳ではない。夢を追う為のこの学校では普通のことだ。
ここ、高山第二高校は、超総合専門学校。学長の一橋 一が、この光が丘の町を運営する為に建てた学校である。
生徒は全員、将来の夢の為の授業を受ける。専門分野の授業が大半を占め、100人以上勤務している教師の中に、同じものを教える人間は、ほとんどいない。
そんなこの学校に、今年の春、私は教師を目指して入学した。
「きっとあそこね」
私は階段を上がった。転校生がいそうな場所なんて、屋上以外に考えられない。うちは教師の人数が多い、校舎内は忙しなくて、居心地が良くない。
私は最上階に着くと、目の前の押扉を開けた。
そこには、やはり1人の少年が寝ていた。
「おっ、お客さんかな?」
その少年が顔を上げる。
「あの…あなたが海道君?」
彼が立ち上がりながら言う。
「俺の名前しってるとか、まさかファン?」
当然のような目で私を見る。
「いや…違うから」
「なーんだ、期待したのに」
その自信はどこから出ているんだろう。
「転校生だからって、朝のホームルームくらいは出てよね」
彼は顔を近づけて、私を見る。
「ちょっ、何⁉︎」
「はは〜ん、世話焼きな委員長タイプか」
そう言って、また私から遠ざかる。
「タイプじゃなくて、実際にクラスリーダーですから!同じクラスの湊愛美」
振り返って、私を指差す。
「その眼鏡、いい味だしてんじゃん」
私の自己紹介は無視⁉︎こんな人間は初めて会った。もう、どうして良いか分からない。
「それより、そっちも名乗りなさいよ!」
自己紹介なのに、彼は全く振り向かない。
「俺か?俺は海道蒼、強ぇパイロットになる為にここに来た」
意味不明…この時期に転校して来たのだから、相当な夢なんだろうと思った、けど。
「この学校に来た理由がそれ?」
「一応な。それで、お願いがあるんだ」
この流れで、どんな内容か想像がつかない。
「何?お願いって」
「俺とチーム組まないか?」
「は?」
チーム?何の?まさか、ビースロンの?
「だから、ビーストファイトのチームだって」
そう言いながら歩いてくる。
「私、ビーストファイトなんてやったことないから」
彼がポケットから名刺ほどの紙を取り出し、すれ違いざまに渡してきた。
「今日の放課後に来てな、それじゃっ!」
「あの、ちょっ!」
彼は振り向かずに手を振り、そのまま階段を降りて行った。
「…。本当に意味わかんない」
紙に書かれていたのは、「カードポート」という場所の地図だった。
放課後、私は彼に言われた通りに地図の場所に向かう。はっきりと断りたかったが、知らない世界にワクワクする自分もいた。
カードポート練馬店、どうやら春日町にあるカードショップらしい。光が丘公園の南にある学校から、自転車で10分程。光が丘の町とは違い、長閑な住宅街が広がる道を走る。
地図の場所に到着すると、そこにあったのは…
「古本屋…?」
騙された。やっぱり、出会ったばかりで、しかも、あんな変人を信じた私が馬鹿だったんだ。
「帰ろ…」
「おや、若い娘なんかが珍しい」
古本屋の中から声がした。振り返ると、腰を曲げ、白髪のおじいさんが立っていた。
「すみません、場所間違えちゃったみたいで」
そのおじいさんは、目を細めて微笑んでいる。
「そうかい、その制服、高山二高の生徒さんだねぇ」
創立20年程とはいえ、今年から新しい制服になったばかり。さらに、多くの生徒が自転車通学なので、身内に生徒でも居なければ、そんなことは知らないはず。
「よく分かりますね」
「わしの孫も通い始めてな。お嬢さんも一年生かな?」
言い方からして、おじいさんの孫も一年生のようだ。まさか、同じクラスかな?
「お孫さん、何て名前なんですか?」
おじいさんは、上の方を見上げて言った。
「蒼じゃよ」
「蒼⁉︎」
何が起きてるんだろう、状況が全く掴めない。驚きと混乱が私を支配する。
いきなり私が叫ぶので。おじいさんも目を丸くしていた。
「おぉ…お嬢さん、知り合いかね?」
「それですよ!その蒼がココに来いって!」
私は彼の肩に掴みかかっていた。
「まぁ落ち着きなさいな」
「すみません…それで、蒼君は何処にいるんですか!」
おじいさんが私の横を指差す、そこには看板が立っていた。
[↖︎2F カードポート練馬店]
「あっ…///」
顔が熱くなってきた。もうおじいさんの顔も見れない。
「ご迷惑をお掛けしましたっ‼︎」
私は急いで、古本屋横の階段を駆け上がった。
「若さはええのう」
私は息を荒くして、店のドアを開ける。
レジに座っている、眼鏡をかけた男の人が私を不思議そうに見る。
「あのっ!」
入り口付近にいた子供達も私を見る。
「えっ…あっと…どうしました…?」
私は周りの目なんて気にならなかった。
「蒼君は、何処にいますか」
「あ〜っ、奥のテーブルにいると思うけど…」
店の奥は、棚が邪魔して見えなかった。
「ありがとうございます」
私は礼を告げ、店の奥へむかった。
「ごゆっくり…彼女…?いや、まさかな」
店の奥には、天板が画面になっている4つほどのテーブルがあり、テーブルの周りは50センチ程の高さの柵がある。その中の一番奥のテーブルに、蒼は立っていた。
「おぉ愛美!遅かったな」
「あなたと違って、私は授業があったの」
相変わらず、私の話を聞かずに、店の倉庫に入る。
「ちょっと、ちゃんと人の話を聞いてよ」
「ほら、これ」
彼は、いくつかの箱をテーブルに並べた。
「何これ?」
「ビーストカードだよ。お前もビースロンは知ってるだろ?」
知ってる前提だが、実際、知らない人はいないだろう。50年前に誕生したスポーツやゲームで、人の死なない戦争を可能としたビーストスーツを使用した競技である。
その10年後に、不景気改善のために、世界がビーストスーツ産業に目をつけ、そのデザインやルールの覚え易さから、ビースロンは世界中で、人々に遊ばれるようになる。
今や、戦争をビーストスーツで行うなど、核などの兵器の代わりになる程の影響力を持っている。
特に光が丘では、学校運営のために、町全体で導入されている。
「興味はあったけど、私に出来るのかな?」
私が中学生の頃、お世話になった先生がビーストスーツのパイロットだった。
若い時は全国レベルのパイロットだったらしいけど、ある事件をきっかけに、身を引いたらしい。
「大丈夫、馬鹿でも出来るから」
「確かに、あんたにも出来るんだもん…」
やっぱり聞こえていない。
「お姉ちゃん、ビースロンやるの?」
近くにいた子供達が話しかけてきた。
「うん、そうなんだ」
「ならこれがいいよ!」
渡されたカードを手にとる。正面には、猫のような絵が描かれていた。
「キャット…」
「たくみ君の言う通り。キャットはシンプルなスーツで初心者向きなんだ。結構新しいタイプだから、いいんじゃね?」
「あっ」
思い出した。キャットという響き、幼い頃、よく耳にしていた。
でも、誰が言ったかは思い出せない。
「じゃあ、これにしようかな…」
「よし!じゃあ早速始めるぞ!」
私はパッケージからビーストカードを取り出す。
カードにはスーツのデータがビッシリと書かれていた。素人目で見ると、何の事やらサッパリだった。
「じっと見ても始まらねえよ?とりあえず、カードをその溝に刺してみ」
テーブルの両端二箇所に操作盤があり、そこにカードと同じサイズの溝がある。私は溝とカードの矢印マークを合わせてセットする。
テーブルから音が流れ、目の前の画面に立体映像で私と蒼のスーツが映った。
「このスーツ映像で戦うの?」
「いや、これは観客用だよ。下にヘッドセットが入ってるだろ?」
操作盤の下のフックに、頭に着ける装置が掛かっていた。見た目は半世紀前、2015年くらいのVR装置だった。
「やけに古いのね」
「安いやつだからな。でも、グラフィックの良さは凄いぜ?」
装置を頭に着けた。ヘッドフォンも一体化して付いており、目と耳が完全に覆われた状態になった。
なるほど、この状況でのプレイヤーの安全を考慮して、テーブルの周りに柵があったのか。
「聞こえるか?愛美」
蒼の声がヘッドフォンから聞こえた。どうやらマイクも内蔵されてるらしい。
「聞こえてる。真っ暗なんだけど?」
「ちょっと待ってな。もう直ぐ始まるから」
何かを分析しているのか、loadingの文字が目の前に現れた。
「おまえ、中学どこ?」
「えっ、北中だけど…」
「了解。中3のクラスは?」
何の気兼ねもなく質問されたので、私も気付けば答えてしまった。
「2組だけど…地味に個人情報聞かないでよ!何するのよ!」
目の前からloadingの文字が消える。すると、目の前に浮かび上がったのは私の身長や体重、その他諸々の測定記録だった。
「この身体能力を元に、ゲームに反映されるんだ」
「そういうこと…って!あんた体重見たでしょ!」
納得はしたが、よく考えたら私のデータは全て見られていた。
「いいじゃん、軽いみたいだし」
「そういう問題じゃない!」
私がそう言った直後、目の前が明るくなった。
私は眩しくて目を瞑った。そして目を開くと、そこには見慣れた風景が広がっていた。
「これ、光が丘の街じゃない!」
細かく再現された街は静かで、通行人や車もいない。
「リアルの街を再現してるからなぁ。とりあえず、説明入るぞ〜」
「うん…」
私は不安と緊張で俯いた、しかし蒼は説明を始めた。
「ここから出撃したらバトルスタートだ。シングルバトルの場合は5分間がタイムリミット、時間以内に相手の体力を0にするか、相手より多くの体力を残した方が勝者になる」
「わかった。でも武器とか着いて無いけど、どうやって戦うの?」
「悪りぃ。我慢できないから、やりならがら説明するわ!」
私の質問をサラッと受け流し、蒼は何かを叫んだ。
「海道蒼!プロトシャーク!出撃するぜぇ〜‼︎」
「ねぇ、あんたはどこよ!」
そう言った途端、上から青い物体が降ってきた。
その物体は私の真横をかすめ、地面に槍を突き立てた。
「俺はここだぜぇ。これが俺のスーツ、プロトシャークだ!」
そのスーツは青く、その名の通りサメを象ったデザインをしていた。
「それで、何であんたには武器があって、私には無い…」
私が話している途中、蒼は私には槍を振りかざした。
「きゃっ!」
槍は振り下ろされ、私を捉えた。しかし、顔の目の前で止まった。
自分の両手は、顔をしっかり守っていた。
「ちょっと!いきなり何するのよ!」
「ほら、お望みの武器だぜ?」
蒼の言葉を聞き、私は腕を見下ろした。
VRのはずだが、そこに感じた確かな重み…それは爪型の武器だった。
「これが…武器…?」
「あぁ、キャットは軽い身のこなしを活かせるクローが武器。シャークは様々な武器を使える珍しいタイプだけど、俺は槍を使ってる」
「なるほどねぇ…」
腕を振ってみる。VRだが五感はリンクしている様で、重さの割には扱い易い、確かに軽々扱えそうだ。
「説明は以上。後はその武器で俺を倒せ!」
そう言い残し、再び蒼が私に襲いかかってきた。
軽いスーツで、彼の攻撃を避けるのは容易かった。しかし自ら仕掛ける事は出来ず、結局ジリジリとダメージを受け、私の初戦は敗北に終わった。
決着がつくと、周りから子供達の歓声が響く。
「悪りぃ、ちょっと熱入っちまった」
VR装置を外した時、蒼はそう言った。
「初心者なんだから…手加減の少しくらいしなさいよ…」
ただの遊びだと思っていた。しかし頭は想像以上に疲れていた。
そんな私を差し置いて、蒼は笑っていた。悔しかった。
「息切らしてんのかよ。でも、俺の攻撃をあれだけ交わすなんてな。やっぱセンスあるよ、お前」
「それはどうも…」
俯いている私の目に、靴が入った。顔を上げると、彼は目の前に立っていた。
「今日から一緒に、やらねえか?」
そう言って、彼は手を差し出した。
今までの私だったら手を取らなかっただろう。しかし、今の私は何かを感じていた。
負けた悔しさや、競技の楽しさ。そして何より。
昔の記憶への手掛かりを…
「もちろん、いいわよ」
蒼も意外だったのか、少し驚き、そして笑顔に戻った。
「おう!ありがとな!」
『よかったね!愛美』
「えっ…?」
蒼の直後に耳に入った音…確かに私の名前を呼んだ…
「どうした?ボーッとして」
「いやっ…何でも…」
どうやら、蒼や子供達には聞こえてないようだ…
「じゃあ、また明日な〜!」
「うん、またね」
しばらく蒼と話し、私は店を後にした。
あの声が何だったのかは、結局分からなかった。
しかし、ビースロンと関わるうちに明らかになる気がした。
私の挑戦は、これから始まるのだから…