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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

死体作成者

作者: いまじじょ
掲載日:2016/10/13

題名はアレですけど、ホラーではないですよ。

 イリナ・セフリートは10代後半のメイドである。


 彼女が勤めるのはウェストファリア王国の暗黒街の大物セフィリア家の屋敷。

 その屋敷に住むセフィリア家のお嬢様セシエの周りをお世話することが仕事だ。


 彼女が勤めだしてからもう少しで一年が過ぎる。



 給金は並以上。

 さらに屋敷にはお嬢様がいる。



 イリナは平均以上の給金よりもお嬢様に出会えたことに幸運を感じていた。



 今日も彼女は昼下がりの石畳が敷かれた坂道を屋敷から中心街の焼き菓子店へ向かって降りていく。お嬢様にお願いされたお菓子を、同じくお願いされた数だけ買いに行くために。



 多少お菓子の食べ過ぎだと思うけど、

 だからセシエ様はかわいい。



 イリナの思考の跳躍もいつも通り。



 ふと左手に目に入った閉じられている大聖堂教教会の重厚な扉に、今日の平穏への感謝と明日への平和を願う祈りを捧げる。時間にして約一秒。彼女にとってこれは条件反射のような行為だ。


 そして時々音程がアヴァンギャルドになる鼻歌を歌いながら坂を下りていく。

 石畳に反射する日光が近づく夏を予感させる。


 

 自分の仕える主人のことを思うとイリナの口元は緩くなる。



 お嬢様はわたしよりもちょっと年上で、身長もちょっと上で、胸のサイズもちょっと上。

 綺麗なブロンドのストレートな長髪と、気の強そうなくっきりとした目元と少し生意気そうな口元。

 どう表現を尽くしても最後に美人であると付け加ざるを得ない女性、それがセシエお嬢様だ。


 セシエ様が醸し出すあったかい毛布のような優しげなオーラに何時かわたしは溶けてしまうだろう。


 それに比べ。



 イリナはとある店のショーウィンドウの前に立つ。


 ショーウィンドウに反射した濃い赤毛を後ろで結った地味な顔つき。

 メイド服越しに判る身体の貧相さ。


 

 お嬢様と自分を比べてイリナは思わずため息をついてしまう。




 中心街で目当てのお菓子と後細々としたものを買い終えたイリナは坂を上っていく。

 行き先はもちろん自分の勤め先のお屋敷だ。



 ◇◆◇



 屋敷は首都近くの高級住宅地の一角にあった。

 貴族の別邸が立ち並ぶ通りの一つを占めている。


 なぜこの様な場所にこの屋敷があるのか。

 その問いに屋敷の人間は誰も語ろうとはしない。ただ気味の悪い笑みを返すだけだ。


 ここは本邸ではなくて別邸、表向きはお嬢様のために用意されたもの、判るね?

 ひとひそ声がその後に続いてくる。その後に来るのはニヤニヤ顔だ。



 勤めて一年近くになるが未だに使用人達のこのような陰湿な雰囲気には慣れない。

 「表向きは……」とか言って、あたかも本当のことを知っているような顔をする癖に実際にはなにも知らない。バカだと思う。



 イリナはこの屋敷の真実を知っていた。。



 この屋敷はセフィリア・ファミリーの秘密の集会場として使われている。

 参加するのはファミリーの幹部や、他ファミリーの人間。貴族達も変装してやってくる。


 貴族についてはバレバレな変装をしてくるので、その姿が目に入る度にイリナはげんなりとしてしまう。

 だけど余計なことに巻き込まれたくないので黙っていることにしていた。



 先代、つまりお嬢様の父上が三年前に亡くなって以来この屋敷は不穏である。

 現当主はお嬢様の弟君、まだ年端のいかない少年だ。個人の影響力は皆無と言ってよい。

 周りには色々と思惑のある幹部達。


 何人かの幹部は暗殺され、何人かの幹部は当局に拘束された。

 どこかに裏切り者がいるという呪念のような疑いにほぼ全てのメンバーが苛まされ、不信は不信を喚び、血は血を喚んだ。



 当然、一家の秩序は安定していない。

 崩壊直前と言っても言い過ぎではない。



 噂好きの使用人達もファミリーのほころびについてははあまり口にしない。



 イリナは思う。


 それは口にしたとたんにそれが現実になってしまうような気がするから?

 それともまだ過去の栄光の余韻の中に生きているから?。

 この屋敷の古い装飾のように。



 わかんない、わかんない、と口すさびながら彼女は屋敷の廊下を歩いて行く。



 ◇◆◇



 お屋敷のお嬢様の私室に入ると、セシエお嬢様は机の上で何か書き物をしていた。



 それは何時もの光景だった。

 そしてその光景に寄り添うように控えるとき、どくんと胸が高鳴る。

 イリナは自分の気持ちを再確認した。



 ――わたしはお嬢様が好き、だと思う。



 休日や午後の授業の無い日、お嬢様は本を読みながら何かを書いているとき。

 お嬢様が一息つかれた時、そっとお茶と菓子を出すのがわたしの仕事であり、楽しみでもあり、幸せでもあった。


 時々悪戯めいてお嬢様はわたしの手に指を絡ませてきたりする。

 わたしは微笑みながら悪戯が過ぎますよお嬢様、と言う。



 ――ああ、幸せ。



 この気持ち、いつまで秘めることができるのだろう。

 許しがあればお嬢様を抱きしめキスをしたい。

 その髪、その瞳、その唇、その吐息、その心、全てを自分のものにしたい。



 主人とお付きのメイド。

 この関係を壊しても良いとき、わたしは告白する。


 でも、そんな日が来なければいいのに。




 そんな日々が過ぎている。

 夏が来ればお屋敷に勤めて一年になる。



 ◇◆◇



 今日もお嬢様にお願いされたお菓子と個数を、お嬢様お気に入りの店で買うために街に通じる坂道をてくてくと降りていくと、その途中にある教会の閉じられた扉に一輪の青い花が飾られていた。



 ――アオツガイバナ。


 ウェストファリア王国とその北のバレージア魔導連合国の国境付近が原産とする黒から鮮やかな青色にグラデーションする花弁が美しい花。

 よく二つの花が寄り添って咲いていることからこの名が付けられたらのこと。


 花言葉は永遠の愛。


 ただし花を一房だけ飾るとき、別の意味がある。

 それは捨てられた恋人の悲痛な叫び。身を焦がした愛が壊れた跡に残る狂気の叫び。



 我を忘れるな



 それがもう一つの花言葉だ。



 イリナは教会の扉を開く。



「待っていたぞ」



 ――会ってしまった。



 年は三十過ぎで長身でがっちりとした顔つき。彫りの深い顔に掛けられためがねの奥の目はとても冷たい。



「もう会いたくない、と思ってた…‥」


 簡素な司祭服を身につけた彼と会うのは久しぶりだ、とイリナは思う。



「そんな顔をするな」



 教会の中には誰もいない。


 司祭服を着た男はつかつかと微動だにしないイリナに歩み寄った。

 そして密室の中の恋人たちのように熱情的に彼女を抱きしめる。



 メイド服の服の上から、そしてスカートの下から、司祭様の逞しい右手がまさぐるような愛撫を始めたとき、イリナは一瞬だけ表を強ばらせた後諦めたように目をつぶった。

 頬が徐々に桜色に高揚し、吐息を漏らす。



 ――イリナ・セフリートの長い休暇は終わったのだ。



 ◇◆◇



 教会の中の司祭用の私室。

 そのベットの上にイリナは髪を乱れさせ、呆けたような表情で座っていた。


 彼女はシーツを自分の裸体にシーツをくるませながら自分の下腹部をさすっていた。


「……いっぱい出されちゃった」


 身体の火照りがまだ去ってくれない。


「司祭様はいつも強引……」

 

 そっと自分の体に触れてみる。まだ敏感なままだ。



 司祭は既に服を着ていた。



「仕事だ。ナンバー28、『死体作成者』。

 ……死体を作れ」



 イリナは耳を塞ごうかと思った。その後に続く言葉はもうすでに予想がついているからだ。



 だけど彼女は何もしない。

 この教会に入るとき「メイドであるイリナ・セフリート」から「死体作成者」と呼ばれる自分が呼び覚まされしまったから。捨てきれない本質が黄泉から蘇る。

 もう後戻りはできない。



「セフィリア家長女、セシエ・セフィリアの死体を作れ。

 あなたはそのために此処にいるはずだ」



 司祭様の口からでるお嬢様の名前はひどく奇妙に聞こえた。



 視界が歪むのを感じながらイリナは差し出された紙片を受け取ってしまう。

 まるで自動人形のように。



 ◇◆◇



 ターゲットが書かれた紙片を見たとき彼女の表情は消えた。

 その紙片は今は灰として下水の中を漂っている。



 屋敷に戻ったイリナは普段通り振る舞おうとした。でもうまくいかない。

 まるで初めてこの屋敷にやってきたときのようにこの場所が酷く疎遠なものに感じた。


 ――おかしい。


 と、彼女は思う。

 気を抜くと屋敷の廊下を夢遊病者のように歩いてしまう自分にイリナは戸惑う。


 ――一年前の自分はこんな風じゃなかった。


 メイド服のスカートを直し、そして姿勢と歩調を直し、お嬢様の部屋の前まで来た。



 ノックをする。

 奥からお嬢様の入室を許可する声が聞こえる。

 扉を開く。


 机に向かうお嬢様と目が合う。



 その瞬間、わき上がる自分の感情にイリナは翻弄される。




 ――愛は

 

 自分が思っているよりもずっと


 邪悪で残酷だ。



 自分が被っているものが仮面だと宣告し、

 そしてその仮面をたたき割ろうとしている。




「……どうしたのです? イリナ」


「いえ……これ、は」


 セシエは扉を後ろ手でしめたまま動かない自分のメイドを不思議そうに見た。

 彼女の今にでも泣きそうな目と力なき口元を見てマフィアの一人娘の目がすっと細まる。


 セシエの右手は自然と机の引き出しの中に入っていた。

 指先に触れるのは冷たい金属。



「……な、慣れない銃をお使いになるのはお止めください。


 ――わたしは『魔女』です」




 イリナのため息のような忠告が言い切らないうちに、セシエは右手は机の中から護身用の小型銃を取り出した。


「痛っ」


 そして、それはイリナの指先から「何か」によりはじき飛ばされる。


「――わたしは『魔女』なんです……」


 イリナは呼吸が早くなるのを感じながらセシエが座る机に近づいていく。

 セシエの表情は堅くなり、身動きがとれずにいる。



 予想外の状況の変化にイリナは覚悟を決めた。

 終わりの始まりだ、と思った。



「愛しています。お嬢様」




 イリナは涙を流す。

 セシエは口元に優しい笑みを浮かべた。



「……わたしもよ」



 知らない間に歯車が狂いだしていた。

 こんなにも早く状況が進むなんて。

 だからせめて。最後は自分のわがままを通してしまおう。




「わたしは、お嬢様の身体が……欲しい」



「いいわ」




 即答だった。


 机から立ち上がり、恐怖などはまったく感じさせずにつかつかと自分の前までやってくるお嬢様。まっすぐに自分を見るお嬢様に、いつも違う様子を感じたイリナは一瞬戸惑った。イリナがお嬢様の首筋に差し出した手は震えていた。



 その震える手をイリナの主人は掴んだ。


「イリナ、わたしもあなたの全てが欲しい……」



 熱のこもったセシエの眼差しに射すくめられ、イリナはそのまま主人の熱い口づけを受け入れた。



 ◇◆◇



 お嬢様の裸体は美しかった。

 白い肌にうっすらを浮かぶ汗、体をのけぞらせる度にぶるんと揺れる豊かな両乳房、引き締まった腰と形のよい上向きの尻から太股を経由して足先にまで伸びるラインはずっと舌を這わせていたいくらい。

 特に胸については自分の貧相なものと見比べて嘆息し、その反動で身体の奥が熱くなる。


 お嬢様もわたしの体と心を激しく激しく愛してくれた。

 わたしは身悶え、腰を浮かし、応えた。




「イリナ。わたし達愛し合ったのよね?」


「……はい、お嬢様」



 ベットの上でセシエとイリナは互いの裸体を抱きしめ合っている。



「最後に、わたしの話きいてくれるかしら?」


 お嬢様の言葉にイリナは首元にキスをすることで答えた。



「ファミリ-の秘密を外に流すのって、結構大変なのよ。

 一度に多くは流せないし、手段も色々と変えていかなきゃいけないし、

 相手だってどこまで信用できるかわからないし。


 ……でも、裏切ったとか、、悪いことをしたとか、全然思わない。

 わたしはわたしの大切なものをまもるために戦ったのだから」



 お返しばかり、イリナと唇を合わせるお嬢様。



「んっ……、お父様が亡くなってから地獄が始まったわ。

 優しかった執事は殺され、屋敷の者達も大半が去った。

 今いるのはみんな外の者の息のかかった者ばかり……。

 わたしたち家族は知らない間に鳥籠の中に入ってた……ほんと哀れね」



 そしてお嬢様はイリナを自分の胸にうちにぎゅっと抱きしめる。



「今のセフィリア・ファミリーのトップは名目的には弟だけど、

 実質的には『おじ様』がトップになってる。力しかしらないバカな中年男よ。

 

 知ってる? 『おじ様』は男の子が大好きなのよ。


 本屋敷にいた頃は、真夜中の屋敷の中を歩く着崩れた女物の服を着た弟を何度も見たわ。

 弟の部屋から聞こえる『おじ様』の声と弟の異常な猥声。何をやっているかは丸わかり。


 あの様子だとあの頃から薬を弟に盛っていたんでしょうね。

 わたしの父様もメイド相手に同じようなことをやっていたから……」



 お嬢様は吐息のような声で笑う。

 イリナを抱きしめる力が強くなる。



「本屋敷に留まったままの母親も弟もとうの昔に薬に堕ちてしまった……

 わたしだって食事に少しづつ薬が盛られている……禁断症状で苦しむまでもう時間が無い。

 お菓子じゃおなかは一杯にならないものね。


 檻から逃げ出すには檻を壊すしかないけど、わたしには力がない。

 だから壊してくれる人が現れる人が現れるようにわたしは情報を流した。

 これしかできなかった。情けないなぁ……。


 今夜も弟は『おじ様』相手に猥声をあげてることでしょうよ。

 殺される前に『おじ様』だけは殺したかったな……」




「――わたしに指定の洋菓子店でどのお菓子を何個買わせるのか、

 というのが情報受け渡し方法の暗号だったのですね」




 イリナの問いかけにお嬢様は何も答えなかった。



「この檻の中では誰も信じることができない。

 今信じることができるのは、正直で素直なイリナだけ……


 最後の情報はもう出してしまった。これでセフィリア・ファミリーは壊滅。

 これで弟が、母が、解放される……。


 ……もう、十分よ」



 イリナとセシエは深い口づけを数分間交わした。



「だからイリナ。わたしを殺して……

 早くこの檻から、わたしの魂をこの檻から逃がして……」





 ――わたしはお嬢様の死体を作らなければならない。





 イリナは小さく顔を横に振った。




「イリナ・セフリートは


 お嬢様に証人保護プログラムを実施します


 わたしはそのためにここに在るのです」




 ――わたしはお嬢様の死体を作らなければならない。



 ――目の前の彼女を生かすために。




「お嬢様は別人となって生きてください。


 わたしの知らない別人として。



 お嬢様が別人として生きるとき、わたしとはお別れです……」



 ◇◆◇



 イリナは簡素なグレイのワンピースを着て海辺の小屋の一室に安楽椅子に座っていた。

 古びた木枠のガラス窓から穏やかな海を見下ろすことができる。


 曇り空の空。朝なのか昼なのか夕べのかわからない。

 その下の海は緩やかに波をたてている。


 囚人服のようなスカートの中の太ももを少し広げるようにした。


 びちゃん、と音がした。


 スカートの下から滑るように不透明でブヨブヨなゼリーの固まりのようなものが出てくる。

 大きさは一メートルぐらい。まるでスライム。


 イリナの身体は男性の精子を取り込むと産み出す。

 ヒトでもなく、生命でもなく、名も付けられない、ものを。

 それは「己に非ず」としか指しようのないもの。


 これが彼女を組織から『魔女』と言わしめる性質だった。

 イリナは『魔女』と呼ばれるよりも『死体作成者』と呼ばれるほうが好みだった。


 少し熱にうなされたような高揚した頬と潤んだ瞳で足下のスライムもどきを見下ろす。

 そして裸足の足先でちょんとつついた。


 つついた先からそれは肌色に変色する。



 ◇◆◇



「こちらです、お嬢様」


 イリナとセシエが身体を交わしてから三日後。


 夜中の海岸側の道路に取り付けられた街灯の下にイリナは待っていた。

 着ているのは修道服のような真っ黒なワンピースだった。 



 大きめのバックを持ったセシエは緊張し強ばった顔をほっと緩めた。



 イリナはセシエにこの海岸に来るまでできるだけ人目に付きやすい公共機関を利用するように命じた。多くの目撃者が出ても不自然のないように、との配慮だった。



「ここからは崖にそった道を歩きます。

 足下が危ないですので、ご注意を」


 イリナはセシエの手を引いて、街灯から外れて舗装もされていない真っ暗な細い道を歩き出した。




「……まだ疑っておいでですか?」


「正直に言って、今でも殺されるかもと思ってるわ……」


 闇の中でイリナは問いかけ、セシエは自分の足下を気にしながらそう答えた。


「……信じてください。お嬢様」


 イリナはそう言い残し、闇の中をセシエの手を引き歩いていく。




 波の音が足下から聞こえてくる。

 セシエは自分の歩く道が断崖の縁に沿った小道だということを判った。

 崖の岩肌に当たった飛沫音がこの世のもので無いように彼女には聞こえた。



 見ると、小道の向こうに明かりの付いていない小屋が目に入る。

 イリナが指先から何かを飛ばすと、小屋の扉がコツン、コツンと音を立てた。

 おそらく魔法を使ったのだろう、とセシエは思った。



 小屋の扉が開く。

 そこから一人の粗末な身なりをした小さな男が出てくると二人に近づいてくる。

 セシエは思わず立ち止まった。イリナもそれにつられて止まってしまう。



「驚かないで。

 彼はわたし達の仲間」



 男はまるでそこに二人が存在しないように無言で通り過ぎた。

 すれ違いさまに妙に上品な発音で、良い旅を、と呟いたのが耳に入った。



 イリナは無言のまま小屋の中へとセシエをつれて入っていく。

 懐中灯をイリナはポケットから出し、小屋の中を照らす。



「ひっ……!」



 セシエは短く驚きの声を上げた。

 小屋の中には安楽椅子が置いてあり、そこに誰かが座っていたのだ。


 それは全裸のセシエだった。

 動きもせず、表情も変えず、ただ微かに上下する旨の動きで呼吸していることが判る。

 見開いた目はどこにも視点を合わせることもせずに時々瞬きをするだけだ。



「お嬢様には先日申し上げた通りにわたしは『魔女』。

 並程度の魔法も使えますが、わたしの特殊技能は『死体』を作ること。

 男性の精子を糧にしてわたしはヒト以前のものを創り出す……。


 ここに在るのは、

 魂がないことを除いて

 まったくお嬢様と同一な身体です。


 身体の形状に関しては先日愛していただいた時のものを反映しました」



 抑揚のない声でそうイリナが言うと、セシエはぼっと顔を真っ赤にした。



「服を脱いでください。

 この身体に着せたいので」



 セシエの方を向いたイリナの瞳はまるで人形のようだった。

 ただその瞳は清浄な輝きに満ちていた。


 それを見て、ふぅーと息を吐いた後、

 セシエは自分の表情を気品を漂わせるものに変えた。



「イリナ、手伝いなさい」


「……はい、お嬢様」



 ◇◆◇



 目の前に夢遊病者の様にゆらゆらとたつ自分がいる。

 身につけているのは先ほどまで自分が身につけていた衣服。

 ベージュのカーディガンに緩めの白色半袖ブラウスに丈の短い黒のパンツ。


 表情もなくふらうらと立っている自分そっくりなモノを見ると、セシエは酷く気味が悪い重いがした。



「では、このまま海へ落とします」


 相変わらずイリナの口調には感情がない。

 彼女はふらふらと歩くセシエのコピーの背中を押す。

 その先には崖があり、そしてそのはるか下には海がある。



「イリナ、いいわ」


「え?」


「わたしがやります」



 セシエはイリナの前に進み出ると、セシエのコピーの背中を両手で強く押した。


 セシエのコピーはバランスを崩しながらも、そのまま崖下へと堕ちていった。


 しばらくして重いモノが落ちたことを示す水音が鳴った。



「お嬢様……」


 お嬢様は息を荒げていていた。イリナは思わず駆け寄る。

 自分と瓜二つのコピー体を海に突き飛ばしたお嬢様は何処か悲しげだった。



 ◇◆◇



「―――これで終わりなのですね?」


 しばらくして気を取り直したセシエはそう言う。

 イリナは頷く。


「『死体』は明日発見されます。

 お嬢さまは一端死に、そして別人として生まれ変わる……。

 

 小道をもどりますと車が止まっているはずです。

 それに乗り込んでください。


 あとは専門のスタッフがやってくれます」



「別人として生きるための訓練が始まるのね」



「そうです」



 お嬢様はそこでふふっと笑った。



「……イリナともここでお別れなのね」


「そう、なります……」



 うつむいているイリナの右手をセシエの左手がぎゅっと握った。



「では最後に、

 その場所までわたしをエスコートしてくださるかしら?」


 顔を上げたイリナの顔に表情が戻った。

 今にでも泣きそうな笑顔だ。


「はい、お嬢様」



 ◇◆◇



 お嬢様の『死体』は翌日夜が明けきらないうちに海岸で見つかった。

 見つけたのは当日非番だった警官だ。事前のシナリオ通りだ。


 治安当局と王国軍がセフィリア・ファミリーの全拠点に踏み込んだのは遺体が発見された直後だった。激しく魔法と銃弾が飛び交ったという。


 またその日のうちに貴族が二人『病死』した。


 お嬢様の母親と弟は保護され、今は王立病院にて治療中だ。



 お嬢様の葬儀は近くの教会で行われた。参列者はほとんどいなかった。

 遺骸はこの教会の地下に納められるそうだ。


 教会から外に出ると警官と私服警官の中に混じって十人前後の女性と男性が道ばたで冥福の祈りを捧げていた。お嬢様に使えていた以前の使用人たちだろう。


 只一人の参列者だった喪服のイリナには少なくともそう見えた。



 ◇◆◇



 イリナ・セフリートは10代後半のメイドである。


 勤め慣れた屋敷のお嬢様の部屋に一人立っていた。

 空のティーセットと空のお菓子皿。

 主を失った机とその向こうの窓ガラス。


 静かだった。


 主のいなくなった部屋を一瞥した後、

 イリナは手元の自分の身の回りの一式が詰まったボストンバックをみる。


 着ているのはメイド服ではなく青色のブラウスと焦げ茶色のロングスカート。

 今日付けでイリナはこの屋敷のメイド職から解かれた。


 彼女はイリナ・セフリートという名も捨ててしまうつもりだった。




 次の街では違う名前で最初から始めよう。昔みたいに。




 昼にならないうちに屋敷を出た彼女は空を見上げる。


 当局に保護されたお嬢様は何処かで別人として生きるためのプログラムに入っているはずだ。

 その姿を想像するとちょっと口元に笑みが浮かんしまう。



「マドワゼル、駅までの道を教えていただけるかな?」


 通り慣れた街へ下る石畳の道を歩くイリナの側に黒の高級車が近づいた。

 後部座席の窓から見えるのは司祭服姿の男。以前に教会で会った男だ。



「知らないわ」


 その言葉と一緒に高級車のドアに乱暴にボストンバックをぶつけた。

 布製バックの気の抜けたような音が鳴るだけだった。

 車内の男は小さく肩をすくめる。




 ふんっ、と息を吐き、

 彼女は調子外れの賛美歌を口ずさみながら、

 青色のブラウスとグレイのワンピースをひるがえして

 駅へ続く道を歩き出した。


こういう裏設定をいろいろ語りたい系の話には「イシャはどこだ」という言葉を添えるべきと思う。

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