VS電界獣
「っつぇ! こ、ここは…ジャンゴゥか」
見渡す限り木樹木。ここは宙に浮かんでいた木々生い茂る島か?
「いきなりこんなところで1人なんて…乙音。いるんだろ乙音!」
返答…無し。
嘘だろ。こんなところに放り出されて強くなるための特訓とか言って、無理に決まってるじゃないか。
環境が心を殺しにかかる。自然と涙が溢れるほどに。
「なっさけないねー君は。まあいきなりは怖いよねぇ」
「乙音の声? 乙音、どこだ乙音!」
「ここだよコッコ」
ここだよと下から聞こえるから下を向いてみるとそこにいたのは猫…のように象られたギター弦だった。
「これもアタシのパンライダーアバタースキルの一つだよ。ギター弦は音を作るだけじゃくて伝えるの。ネコなら自由に動き回れるし音も拾ってくれて諜報活動に重宝してるんだよ。なんちゃって!」
つまらんオヤジギャクだ。乾いた笑いがこみ上げる。
「どうやらジャングルエリアにいるみたいだねぇ。うん。そこなら死ねほど頑張れば平気デース!」
「待て! それは平気とかじゃなくて、」
パキリ、と音が聞こえた。恐る恐る振り返ると今日見た化け物よりデザイン的にはかっこいーがそれはまさに密林の王者、虎のような生き物だった!
俺は声をはりあげる暇もなく走り出した。
もちろん、追いかけてくる。
「何なんだよあれはー!」
「電界獣だね。基本的にパンライダーアバターはあれを狩って強くなるんだけど」
「無理無理無理! 勝てるわけない! あわぎゃあ追いつかれるぅ!」
「アナタの後ろのポッケに突っ込んでおいたアイテムを使うんだよ! それがきっとキッカケを与えてくれる!」
アイテム? この際何でもいい! この場をどうにかできるなら藁にでもすがろう!
そのアイテムは…
「ギター弦じゃねーか! こんなもんどうすんだよ! 猫じゃらしにしろってのか!?」
「そのとーり! それを使って電界獣をじゃらーす!」
「もう追いつかれるのにボケてんじゃねぇよ!」
「パンライダーアバターには固有スキルと一緒に『スナッチ』って共通スキルがあるんだよ。簡単に言えば強奪。その電界獣から奪えるスキルもあれば他のパンライダーアバターから一時的に借りれるスキルもある。ギター弦でアタシの一つのスキルが使えるんだよ。発動はスナッチって言えば発動するよ」
他人のスキルを一時的に使えるスキルか。それなら何かしらの打開策があるかもしれない。
走りながら俺はスナッチと叫ぶ。ギター弦は一直線に伸ばされ、ワイヤーアートのごとく剣の形に象られていく。
刃の部分は青白く光り、まるでレーザーサーベルのようだった。
「オンスロート『ネキリ』はアタシの近接用の武器。さあ! ヤッチマイナー!」
「何で虎相手に剣で立ち向かうとか拳闘士過ぎる! アナーキーだ! うわ! 行き止まりィ!」
走りも走ったがとうとう着てしまったお約束。そびえ立つは行く手を断絶断崖絶壁。逃げられない。壁に手をついて虎の方を見た。虎も足を止めてにじりにじりと寄ってきている。
俺は不格好にギター弦を向ける。それはきっと追い込まれた草食動物が角を向けているような感じなのだろうか。虎はその歩みを止めた。本能的に慎重になっているのか。荒ぐ息が少しずつ静かになり、俺は冷静に状況を飲み込んだ。
まずおかしかったのはこの岩壁まで走って逃げきったことだ。足は速くない。むしろ同級生の下から数えた方が早いくらいだ。だけど四肢で迫ってくる虎からここまで逃げることができた。火事場の力にしてはいささか出来過ぎている。
そして何より見える。まるでバイザーをつけているように景色に情報が羅列している。
逃げるのではなく逆に足を一歩。踏み出した。また一歩。また一歩と近づき、虎が躍動した。
俺は無理やり体を倒し、飛びかかってくる虎の隙間を縫うように避けて、下からギター弦を突き刺した。虎は着地に失敗し転がった。
「っしゃあ! どうだ!」
ふらつきながらも立ち上がってる。ギター弦は突き刺しっぱなしだ。
だけど不思議と落ち着いている。あきらめたのではない。希望は握りしめている。
俺は端末を虎に向けた。
「行け! ヴァイルイーター君!」
飛び出したのは握り拳ほどの球体。眼はない。ただ口と尖った装飾のみの球体は大口を開けて虎に襲い掛かった。
「グワラアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
理解しがたい叫びと共に、ヴァイルイーター君は虎の内部に潜り込み、その体躯を浮かす勢いで駆け巡り、飛び出してくる。
虎はそのまま力なく倒れ、それを確認した俺も不格好に腰を落とした。
「っはぁ! 何とか……なったか。にしても飛び出す気はしたけど。さすがはネットの中。ヴァイルイーター君が実体化するなんて……むしろ俺が情報化してんのか」
「ヤーハーハー。見事に電界獣を撃沈させましたネー。シ・カ・モ! いきなり中型をズドン。さすがリベンジャーバックファイアだね」
「おま、乙音! 近くにいたのか?」
「ジャングルエリアは意外と近いしエリア移動は一瞬だしね。それがキミのパンライダースキル?」
「これかうわぁっ! 止めろ! 顔をなめるなヴァイルイーター君。造形結構キモイぞ!」
「電界ではパソコンスキルがそのままステータスになるから思ってた以上に動けたでしょ。それにその……ヴァイルイーター君? 君付けにするとか随分とおかしいけど、十分戦力になるね。ボルトも納得するでしょ。ん?」
「助けて、助けてー! すごい舐めてくる! 離れてくれない! 止めてー」
「……キミって人間はどうにも加虐心を沸き立たせるのかねぃ。じゃあ帰ろっか。誰にもマーキングされてない状態なら入るのに使った端末の電源をオフにしたら電界から出ることができるから。先行ってるね」
待ってと声をかける暇もなく乙音は消えた。放任主義にもほどがあるだろう。
「確か端末の電源を切ったら……! 一回離れろ! よしコレデ」
電源を切ると今度は着たときとは逆に崩されて吐き出される感覚。しかしそれほど苦しくはない。慣れたのか。
部屋は逆さまに映ってるけど。
「ただいまボルト~」
「ん? 意外と早かったわね。そいつ使えるになったの?」
「ボルト。ただいま」
「おかえり。で、使えるようになった?」
「うん。中型の電界獣を一方的にノックアウト! 十分だよ。パンライダースキルも一応発動してたし。少なくとも電界の中なら相当強いね」
「……こんな逆さ吊りで寝転がって信憑性も何もないけど。及第点あげる」
「それはどうも……ヴァイルイーター君もいなくなったし、俺はそろそろお暇を」
「何言ってんの。使える男になったってことで改めて歓迎会をするわよ。コーラはまだまだあるからね」
その姿は一升瓶を携えるのと寸分に違わず。
「ボルトもキミのことを認めたみたいだから。改めてよろしくね。ファイア」
「俺はファイアじゃないし、仲間になったつもりもないんだけど」
言葉は聞き入れてもらえず。目まぐるしく過ぎていった本日の夕方の最後はコーラ漬けで幕を下ろした。