黄色くカワイイあん畜生
俺は乙音の後をついていく。人通りの多い道を通り、次第に人数が少なくなったってきた辺りにたどり着いたのは雑貨ビルだ。
「ここに用があるのか?」
「用って言うよりココがアタシの家だよ。このビル全部」
「全部? そんなに大掛かりなものでも置いてるのか? そうじゃないならデッドスペース作りまくりだろ」
「使ってるのは二階部分だけだよ。他の階層と部屋は色々偽装しまくって架空の会社名義で借りてることにしてるんだ。ちなみにアタシの借りてる部屋の会社名はカンパニー・ノイズミュージックデース」
「知らねーよ。それよりもいろいろ聞かせてくれるんだろ。わけわかんないことが多すぎるんだよ」
「短期は損気。お茶でも飲みながらお話しましょー。ホラホラ上がって上がって。お邪魔しちゃって」
催促されてお邪魔した気にはなれない小奇麗な雑貨ビルに踏み込む。
一階に人はいないとして、二階に到着しても人の気配がない。こいつの全部借りていると言うのはどうやら本当のようだ。
ごく自然に案内された部屋なのだが……ものすごく魔改造されてる。おそらく会議のために使う部屋なのだがベッドは置いてあるわドリンクバーは置いてあるわ畳は敷いてあるわともはややりたい放題の空間と化している。
「あ、下着干しっぱなしだった。ごめん片付けるから待っててね♪」
「んッ……ゴホン。随分とぶっ飛んだ生活送ってるんだな」
「それほどでもあるかなぁ」
物干しざおの洗濯物を豪快にバケツに突っ込んで『終わり!』叫んでいる。雑すぎる。
「さてぇ……さっそく君の歓迎会を始めよう! ボルトも呼んでこないとね!」
「気になってたんだけどそのボルトって誰なんだ?」
「アタシのお友達兼同居人だよ。ちょっと待っててね。呼んでくる」
手持ちの携帯で彼女は部屋に置いてある電源の点いたパソコンを軽く叩いた。
それはまるで液晶と同化するようと形容するべきか。乙音はコンピューターに崩れるように吸い込まれていった。
目を疑った。俺はパソコンに近寄って軽く小突いた。俺……一人と思った矢先。今度は先ほどの逆再生の如く噴き出してきた。
しかしそれは乙音ではない。見えたのは小さな体躯に季節外れのロシア帽の少女。パソコンに近かったこともあってか俺はその子と勢いよくぶつかって、倒れ伏せた。
「いたっ! な、前が見えない! これは……柔らかい?」
鼻先に染み込むような生ぬるさと視界を覆う赤い色。それを退かそうと両の手でつかんだものはふんわりと柔らかく冷たい肉感。まさか。
唐突に視界は開けた。どうやら布のようなものをかぶせられていたようだけど、その布は何か。
視界が開けたことで分かった。黒い大人びた下着。白い、冷たそうな絹のような足。服装こそは普通のだけど季節外れのロシア帽シャプカを被った金髪の少女が俺を涙ぐみながら見下ろしていた。
「……俺のせいじゃない」
顔面に足の裏が強襲。床と板挟み。頭蓋が割れたのではないかと思うほど痛い。
「死ねや変態が!」
「ま、待って暴力はダメだ! 人は話し合いってものをだな!」
「うるさーい!」
少女は俺に右肘を後ろに、左手を俺に突き出した。すると俺の体は不自然に少女の左手に引き寄せられて踵だけが地面について、頭から体が持ち上げられているような状態になった。
少女は弓のように弾き絞った右腕を俺に突き出してくる。
「強襲の三日月!」
「ストップー。ダメだよボルト」
乙音が少女を制止した。乙音が少女の手を掴んでくれたおかげで殴られずには済んだけど変わり浮いた体がそのまんま地面に落ちてまたしても後頭部を強打。馬鹿になってしまいそうだ。
「ノイズ! 何なのよこいつ! 何で部外者を連れてきたの!」
「部外者じゃないよ。今まで彼を護っていたんだよ」
「じゃあこいつが……リベンジャーバックファイアってわけ? すっごい不味そう」
何をどう判断して不味いと判断したのかは知らないけど、どうやら歓迎はされてないみたいだ。
「ファイア。この子がアタシの仲間のボルト。パンライダースキルは『ボルト・ス」
「待てー! アンタ何いきなり私のことばらそうとしてるわけ? 私はこいつを仲間って認めたわけじゃないのよ!」
「でも今までファイアのために戦ってきたじゃーん」
「それはこいつを撒き餌にしておけば他のパンライダーが集まったからよ! なーんで連れてきたの! ここがバレたらどうするの!」
「その時はその時だよ~」
「だー! アンタのそののーてんきはいつなったら治ってくれるのー!」
悲痛の声がこだまする。
幼く、人形のように可憐な少女に一つの感情を抱いた。
わかる。わかるよ。君も乙音のマイペースに日々悩まされていることが。
しかし速攻で前言撤回。こいつも振り回す側だ。
「オウオウなに白けてんのよあーん? 私のコーラが飲めないってわけおーん?」
文句多くで始まってしまった歓迎会なのだけどこいつ……コーラ飲んだだけで酒癖の悪い会社員のような絡み方をしてくる。ありえんだろう。
「ごめんねー。ボルトはコーラ癖悪いから」
「そんな設定フィクションでしか聞いたことねーぞ。女児に炭酸飲ませんなぐォ!」
「ほらアンタ~酌しなさいよ~。年上の言うこと聞きなさいよ~」
「イダダダダ! ヘッドロックやめろぉ! この子、華奢なくせに力超ツエー!」
「逆らわない方がいいよ~。祖国仕込みのコンバットサンボが炸裂しちゃうよ~。キャー」
「コンバット、コマンドサンボか! この子ロシア出身なのかアガア!」
ヘッドロックが解かれたかと思えば今度は首に腕を撒き疲れてすごい勢いで撫でてきた。摩擦熱がすごい!
「お姉さんを無視すんなよな~。甘えていいんだぞ~。撫でてやるぞ~」
「俺はロリコンではない! 幼くとも君は女性だ! もうちょっと節度ってものを」
「ファイアカワイイー!」
今度は乙音が飛びついて来た。何? 何なのもう!
「こんな小っちゃい子に蹂躙されて! 抱きつかれて恥ずかしいのか変に真面目ぶって! その上ネットではブイブイ言わせるネット弁慶のくせにヘタレ臭くてカワイイー!」
厚い脂肪が頬を叩いてくる。左右に柔らかと堅い胸部に挟まれいろんな意味で昇天してしまいそうだ。出したくもない知恵熱が発生するし……と言うより男としての尊厳を示さないと。
「なあお前ら! 俺はな!」
「君がその気ならおっぱい揉んでみる?」
「ごめんなさい許してください。キャパシティが死んでしまいます」
威厳、形無し。
「オロロ? 本当に泣き始めちゃったよ」
「じゃあ悪ふざけはこのあたりで終わりにして、本題に映ろうかしら」
少女は置かれたリッターのコーラをラッパ飲み……1.5リットルだぞ? 全部飲んでしまった。
「カッハー! アンタを仲間として認めたわけじゃないけど、ここにいる以上頭数とさせてもらうわね。私はボルト。アンタを見極めさせてもらうわよ」
「見極め、ボルトって本名なのか?」
「ボルトはパンライダーとしての分類だよ。ちなみにパンライだスキルは『ボルト・スタ」
「ノーイズ! ざっくばらんとネタバレかまそうとしないで! 私はあくまでこいつを仲間と認めるのは早計って思ってんだから。で、ファイアをここに連れてきたってことは本格的に闘争が始まったってこと?」
「襲撃されたのは事実だけど、ファイアは何にも知らないらしいから連れてきたんだよ」
「何にも知らない? んなわけないでしょ。登録者一覧に名前あったじゃない」
「何があったか知らないけど、どうにもパンライダーアバターシステムのインストール時にトラブルでもあったのか登録はされてるんだけどほぼ真っ白。NullもNullのヌルヌル状態だよ」
俺をほっぽいておいて展開される蚊帳の内に入れない会話。しばしの沈黙で思考しているかと思えば少女、ボルトが勢いよくこちらを向いて襟首を掴んできた。
「暴力反対! 止めて! 怒るよ!」
「パンライダーアバターゲームって何か分かる?」
「パンライダーは知ってるけど! アバターゲームについては知らない」
「オッケーアンタは役立たず。足手まといはいらないの。今後のためにもアンタのためにも今すぐここでモノクーコを破壊する。私はノイズ。パンライダースキルは『ボルト・スタ」
「だからストーォップ。ボルトォ、いい子だから待って」
「じゃかわしい! アンタがこいつは戦力になるって言うからこの二週間他のパンライダーから守ってたって言うのにこんな赤ん坊だったとは思わなかった!」
「アタシだって予想外だったよ。だけどネット上のリベンジャーバックファイアを思い出してみてよ。今はダメかもしれないけど、パンライダースキルを取り戻せば絶対に強い! アタシはそう確信してマース!」
「前向きなのもいいけど……ああもう! アンタは言い出したら聞かないし……! なら!」
半ばヤケクソ気味に放り投げられ、俺は机の上に放り出される。腰を打ち付け、腰を摩って労わっているところ、目の前にデスクトップがドンと置かれる。
「ぱ、パソコンが何?」
「今からアンタに電界入りしてもらう。そこで最低限の経験値稼いで使える男になってきなさい」
「電界入りって何だよ」
「確か左手の甲を抑えてたよね? ちょっと携帯端末を借りるよ」
いつの間にか抜き取られていた携帯を無造作に手の甲に押し付けられた。何故か端末にものすごい熱を帯びているせいか一瞬の身震いの筋肉のゆるみから携帯を手に握られ、乙音の手が俺の手に帯びた熱ごと包み込んだ。
「お、おい! 何手を握って、」
「これで電界入りできるはず。行くよ!」
「行くって何、うわあああぁぁぁぁ!」
視界で認識できる。手の先がディスプレイに近づいていくほどブロック崩しのように解れていく体。何の抵抗もできず、痛みもつらさも何も感じないまま俺は画面へ吸い込まれる渦を感じ、
別の世界へと沈み込んでいった。