コッテコテのキャラ
「んー……ココドコ?」
「知らねーよ! どっからどう見ても人んちのリビングだよ! 不法侵入だよー!」
俺は眼を疑った。眼前のブロック瓦礫から一転して躾の行き届いている室内犬が居そうな高級団地の一室みたいなところに変わってるじゃないか。
「いやぁ。テレポーテーシオンは緊急離脱にはもってこいだけど場所を決められないのが難点だねぇ」
「難点なんてもんじゃないよ! 何なんだよアナーキーすぎる! あぁコラ! 歩くな! 土足はダメ……そういえば履いてない……」
「中履きで外を出歩くのもなんだし、借りてこうか」
「アホか! 何アナーキーな提案してんだよ! 泥棒は犯罪だろうが!」
「すでに不法侵入でしょっ引かれますネ~」
「それは……!」
言い返せなかった。
何でこんな状況になってんだ。俺は文句の一つでも言ってもいいはずだ。なのに何でこの子はこんなにも飄々しているのか。それを聞くのも彼女の何かを考えている素振りを見ていると失せていく。
「確かに人の家のものを持ってくのは悪いことだね。うん。もう一回飛ぼう。音リーフ『テレポーテーシオン』」
「待て! ん。ここは……あれ」
またしても景色が変わるが今度は見たことのある景色……と言うより学校の帰りによる予定だったスーパーの食品コーナーの一角。今日もとてもお買い得だ。
「ここならサンダルを買えるね。よし、買いに行こう」
「ちょちょちょい待て! 君は肩からギターをぶら下げながらスーパーで買い物をする気か? マイノリティだしアナーキズム過ぎるぞ!」
『あの人ギター持ってるよママ!』『そうね。関わっちゃダメよ』
変な注目されてる。当然の結果と言うべきか。
「そのギターなんとかならないのかって、オイ!」
「ヤァヤァ少年! ギター好きデースカ?」
何仕出かしてるんだあの子は。何で声をかけに行くなんて無法地帯なことしているんだ……帰ってきた。
「嫌いじゃないけど好きでもないって。子供って怖いねー」
「もうさ。俺も君を止めきれないって思い始めてんだけど。ギターだけどうにかしてくれないかな」
「オッケー。よっと」
彼女はギターを肩から外し、ヘッドとボディの先端を両手で掴み、拍手をする要領でギターを合わせた手の内に畳み込んだ。
「もうなにも驚かないぞ」
「便利でしょー。持ち運び楽々。じゃあ買い物してこか」
「何買ってくんだよ」
「安物のサンダルとお菓子とジュースだよ。君の歓迎会をしなくちゃね。ボルトもきっと喜ぶよ」
「歓迎会? ボルト? ナットのことか? ん?」
「黒兎……いつの間に?」
どこか、絶望にも似た表情の奈緒雪。まさかの再会だった。
「奈緒雪!? 何でここに?」
「いや、後からくると思ったから待ってたんだけど……その子、乙音さんだよね」
そうだ。もともと俺はこのスーパーで買い物をする予定だったんだ。まさかも何もない。奈緒雪の性格なら待っててもおかしくないのは確かだ。
「やっぱりあの手紙はラブレータだったんだ。それで……」
「違う! 誤解だ! お前の想像してることとは違う」
「別に黒兎が誰かと付き合うならお祝いするし……邪魔だよね?」
「違、待って! 後退りしないでくれ!」
「オウ! アナタは別のクラスのナオユキ! こんなところで奇遇デスネー!」
会話に乙音が割り込んで来た。空気を読まずかなりフレンドリーに。
「あ、はい。あなたは乙音さん、ですよね」
「ハーイそのトーリ! アナタの噂は予々聞いてマース! 一度お話をしたいと思っていたんですヨー!」
すごい片言の日本語だ。そう言えば学校でたまたま目に付いた時もこんなしゃべり方だった気がする。
「実はアタシ、コンピューターについて困っていることがあって、クロウサギがコンピューターに詳しいと聞いてお願いしたんデース。日本では人を呼び出す時はコイブーミを使うと聞いたので」
「人を呼び出す時に恋文はないと思うかなぁ」
奈緒雪の言う通りだ。と言うよりそんな理由で呼び出してない……まさか。
振り向いた乙音と目があい、グッと親指を立ててきた。
そうか。乙音はこの場を乗り切るためにあえて嘘を言っているのか。
「そうなんだよ奈緒雪。乙音さんにパソコンが動かなくなったからなんとかしてーって頼まれてさ。あんな呼び出し方されたのに拍子抜けだったっていうかさ! アハハハ!」
「そ、そうなんだ」
「乙音でイーデスヨ。ですのでもう少しだけクロウサギをお借りしていいですか? ガールフレンドのアナタのとしてはあまりいただけないかもしれないですケド」
「べ、別にガールフレンドじゃないです! それに私の許可を取らなくても……」
「まあそういうことだから乙音さん、乙音の家にお邪魔するから先に帰っててくれ」
「そういうことなら……うんわかった。乙音さん。こいつのことよろしくお願いします」
「それはこちらのセリフデース。ではサラバー」
奈緒雪頭を下げ、その場から離れていった。
「お前……キャラ作ってんのな」
「一応アメリカからの留学生設定だからね」
胡散くさすぎる。
とりあえず手当たり次第にお菓子をカゴに詰め込む乙音を見ながら俺たちはスーパーを後にした。