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パンライダーアバターゲーム  作者: 成神全吾
3/8

VSスクラッチャー・ヴェノム

とび出す絵本の感覚。2Dから3Dの臨場感。パソコンより突き出されたあまりにもリアルな恐怖を感じさせる、枯れ切った木の幹をブチ折ったような棒上のものだった。


俺を掴み、呼吸を置く間すら与えてくれない。勢いよく空を薙ぎ、無重力を与えてくれた。


まるで一つの壁を超えたかのような感覚。壁じゃなくて窓をぶち破って空中に投げ出されている状態だけど。


走馬灯のようにゆっくりと感じる無理やり置かれた間。考えなんてまとまらない。今を受け入れる過程すら存在しない。俺は拒絶を言葉にした。



「うわぁああああああああああああああ!」



言葉が目の前に置き去りになっていく。死すら覚悟できないその数秒から痛いと言うよりかゆいと言う感覚が俺の体を包んだ。


運よく中庭の植木に嵌ったようだった。



「はぁあッ! ハッ! あぁあ!」



息を整えろ。死んでない。まだ現実だ。落ち着け、落ち着け、落ち着け!


だけど現実は非情だ。望みとは真逆の現実を突き付けてくる。着ている学生服が腐敗するとか破けてるとかではなく、まるでブロック崩しのように四角の形状でどんどん裾から崩れていっている。



「うわっ、うわッ!」



俺は汚いゴミを放るように学生服を脱ぎ捨てた。目の前で学生服は荒い網目よりも小さく細切れの何かへと変貌する。



「何なんだ……何なのこれうわぁ!」



たたみかける現実は本当に考える暇すら与えてくれない。


目の前のブロック崩しを遮るように、先ほど割れた窓から樹の幹をブチ折ったような尖って枯れた恐怖は目の前に降りてくる。


それはぎょろりと目玉を左右異なる動きで見つめてくる。先ほどの枯れ木のようなものは背中から生えた骨と皮だけで構成された巨大な翼のようなものだった。


人の形はしているが枯れ木のような翼、機械に侵食された興奮状態の眼球、所々突き刺さっているナイフの柄は自分は傷ついていると主張してヒトじゃない部分が多くくっついている。



「ま、待って、待って待って! 俺は何もしてない! でも何かしたなら謝るから!」


「オレハ……『スクラッチ』」


「はい?」


「コユウノパンライダースキルハ『スクラッチャー・ヴェノム』。コレデ……オマエノ『モノクーコ』ヲハカイデキル」


「破壊? 何を? 待って。俺は暴力が嫌いで。ぐぅ……なんだ……これ?」



突然左手の甲が白く光りだした。ただ光るのではなく、浸食するような白い光。チップのような形だ。



「ヒダリテノコウ……ハカイスル」


「破壊って何? 待って! ほんとにやめて!」


「前に跳んで!」



声が届いた。


俺は隙間を縫うように跳んだ。むしろ安全地帯は相手のすぐ傍と言うべきか。化け物に向かって跳んでみる予想以上に翼の攻撃を避けることができた。


しかし接近を許したので化け物の拳が顔面を襲った。



「あが、痛い……痛いよぉ」



でも転がったおかげで化け物から離れた位置に来れた。俺は弱弱しくも元いた場所に目をやると、さっきまで埋まったいた植木が学生服と同様にブロック崩しのように崩れ落ちていた。



「翼に触ると崩れるのか?」



異常だ。現実が異常事態だ。俺はただ呼び出し喰らってそれに応じて。時分の情報を晒されるんじゃないかとビクビクして。呼び出した本人が今話題の転校生で……何で壊されなくちゃならないんだ。


痛みのせいで足元がおぼつかない。立ち上がることすら難しく感じる。


化け物がこっちに来る。俺は必死に、ただ必死に尻もちを着いたまま後ろに後ずさるしかなかった。



「ファイア! もうすでに情報は渡されてる! 早くパンライダースキルで応戦して!」



上から聞こえる乙音の声。応戦。まるで俺に何かを期待しているような言い方だ。



「応戦って何だよ……! ていうか火って何? 待って! 来るな! うわっ!」


「何で応戦しようとしないの! このままだとパンライダーアバターとしての資格がなくなる!」


「応戦って何だよ! パンライダーアバターが何だってんだよ! 俺は何も知らない! 知らないから!」



化け物が翼の射程圏に到達する。大きく振り上げられて今この瞬間に突き出される。


しかし翼は下に落ちていった。いや違う。俺が真上に上昇したんだ。先ほどの無重力ではなく、見えない足場に持ち上げられて、今でも見えない何かに腰を下ろしているような感覚だ。



「何だよ……おち、おち……!」


「こっちに来て! 早く」



横に視線をやると大声で来るように催促してくる乙音が見える。同じ高さまで上がったのか。手招きしているけど、体が鉛のように重い。



「無理……足が、動かない。足場がない」


「見えないだけでこっちまで続いてるから! 這ってでも来て! ああ、もう!」


「待って、何飛び降りようとして……!」



飛び降りたように見えた。窓枠を飛び越え二階の高さから飛び降りたと思った。だけど違う。彼女は空中を走った。橋を渡るように軽快にぶれなくこちらに走り寄ってくる。


それにある物が目についた。部屋に訪れたときは絶対になかった。白と黒にの交わりのないラインが描かれ、攻撃的なデザインのされたV字の小さなエレキギターが掛けられていた。



「その場からー……ダーイブ!」


「ちょ、待って! どおぉ!」



走る勢いをそのままに、俺は彼女に襟首を掴まれ、見えない床に尻もちを着いていた状態からまたしても体を宙に預ける形になった。


そしてそれが目的だったらしく功を奏したのか目の前を翼が大きく薙いだ。眼をやるとあの化け物が片方の翼を建物にめり込ませて壁に張り付いていた。


彼女の判断が寸でのところを救ってくれたようだけど、落ちていることには変わりない。今度こそ地面に激突する!



「音リーフ『ステイシオン』!」



落ちながら彼女はギター弦を強く弾いた。


音が耳を通じて聞こえたと認識した直後。俺と彼女の体は地面にぶつかる寸前で制止する。そう、空中で制止したんだ。



「うわっ、うわっ!」


「動けるよね。地面に足を下ろして」


「あ、あ……ああ」



言われるがままに俺は制止した体を、それこそ本当の無重力空間にいるように回転させて地面に足を下ろした。



「な、何なんだこれ」


「話しより先に……ふん……ずぇりゃあ!」



今度こそ何を考えてか持っているエレキギターをハンマー投げのごとくぶん投げやがった。



「フン」


「弾かれた……」


「まあ弾かれるわよね。それはわかってた」


「じゃあなんで投げて、あれ? ヘッドの部分?」



投げた理由を問おうとしたら投げたはずのギター……のヘッドの部分が握られていた。着脱式? ますますわからない。



「オマエノパンライダースキル……オカシイ」



化け物が降りてきた。校舎2階の高さから重量感のある音を響かして降りてきやがった。壁に残る爪痕が背筋に一本の糸を通すように凍る。


そして懸念していたことが起きた。翼が物を壊すというなら掴まれていた壁はどうなるのか。そもそも『壁』はどこまでを壁とするのか。答えは目の前にある。


傷痕を残す壁がその傷口から次第に崩壊していく。突ついて飛んでいくタンポポの種のように崩壊していく壁は建物そのものまで巻き込み、第四校舎は捨てクズのように崩壊した。



「嘘だろ……」


「あの校舎はほとんど人の出入りはないはず。アタシも確認したから大丈夫だよ」


「そういう問題じゃないだろ……! もしかしたら誰かいたかもしれたいじゃないか!」


「それは大丈夫。今さっきまでで確認済みだから。けど」



今度は先ほどとは違う意味で背筋が凍った。


ただ単に彼女の表情が変わっただけ。眉間にしわを寄せて怒りを露わにしているのだけどまるで身内が殺されたかのような怒りの表し方だ。



「あなたの疑問に答えてあげるよスクラッチ。確かにアタシのパンライダースキルは特殊だよ。基本的に能力は一つって決められてるはずなのにアタシのはある意味無限の可能性を秘めているし、何より能力なのかどうかわからない部分もある。例えば」



乙音がヘッドを持った手を勢いよく薙ぐと萎んだ風船にすごい勢いで空気が送り込まれたかのごとく投げ飛ばした部分が再生した。



「こんな感じかな」


「……ソノオトコヲトラエニイッタモノタチガカエッテコナカッノハオマエガジャマヲシテイタノカ」



俺を捕らえに?



「アタシじゃあないんだよねー。あなたの質問に答えたんだからこっちからも聞かせてもらうね。今ファイアを捕らえに来たって言ったけど、その割にはパンライダーの情報を渡してモノクーコを破壊しようとしてたけど、何がしたかったのかな?」


「モチロントラエニダ。ヴァイルハイッタ。ソノオトコハキケンダト。コワシテデモイイカラツレテコイト」


「またヴァイルか……他の人たちは破壊云々より誘拐目的みたいだったのに。あなたは随分とおつむが退化してるんだね」



何を煽っているんだ。相手のさじ加減で校舎を破壊できるほど危険なのに!



「に、逃げる算段はできてるんだよな?」



問いかけに対する答えは人差し指を口元に当てて静かにというジェスチャーだった。


何を黙ってるんだと思ったが、その答えは化け物の後ろ。崩壊した校舎にあった。



「イママデノヤツラトハチガウ! オレハヴァイルノキリフダ! カナラズソノオトコヲツレテイク!」


「イキヲアラゲテモムダダヨォってね。確かに普通に応戦してあなたには敵わない。それでもこの『ノイズ』。パンライダースキル『カンパニー・ノイズミュージック』には勝てないよ」



乙音の言葉に呼応するように化け物は目を隠すように押さえた。



「キサマ……!」


「会話するってこと自体が愚の骨頂だよ。さて問題。アタシのギターは五体満足です。なら投げ飛ばした部分はどこにあるでしょーか?」


化け物がこちらに向かって動き出そうとした瞬間にそれは瓦礫から飛び出し襲いかかる。


無機質な光沢を放つ体に3mは超えるであろう体躯。熊のような姿に白と黒の分断された色の生き物でない何かが化け物に襲いかかった。



「コイツ!?」



すぐさま化け物が応戦し、傷つけようとするもそれより先に飲み込むように包み込まれていった。



「や、やったのか!?」


「やってないよ。閉じ込めただけだから出てこられちゃうね。だからその前に絶てばオッケー。音スロート『ネダヤシ』」



ギターが強く弾かれる。


熊のようなそれは体のいたるところから針のようなものを伸ばす。あれは……ギター弦か?


ギター弦は折れ曲り、先が持ち主に向けられ、一斉に自分の体に突き刺さる。


それと同時に化け物のこもった叫びが響き渡る。劈くような悲痛な、殺されることを拒絶する叫びは完全に俺の精神を殺しにかかってくる。


ギター弦が全て刺され、静寂が生まれたと思ったが熊のようなそれは崩れて中の穴だらけで血を流す化け物が肩で息をしながら出てきた。



「まだ生きてる……!」


「しぶといなぁ」


「タエタ……ゾオオオォ! マモリキッタ! オマエノハイボクダ!」


「これなーんだ」



乙音が差し出したのはチップだ。チップを見た化け物は自分の左目を押さえた。



「イツノマニモノクーコヲ!?」


「正攻法じゃ勝てないし、ネダヤシで倒せないほどの耐久も予想してあらかじめクマネコの中にネズミを仕込んでおいたんだよ。これでthe end〜」



ピラピラと見せびらかすのをよそに、化け物は大口を開けて、最後の輝きのように笑った。



「ナルホド。ヴァイルノイウトオリダ! ソノツヨサ! マサニソノオトコノカチヲアラワシテイル! ソイツハパンライダーアバターゲームニオイテノキリフダニナル! ダカラツレテコイトイッタ!」


「ヴァイルに会うなら伝えといて。アタシたちはあなたの仲間にはならないって」



乙音はチップを上に投げる。そしてギターをバットのように振り被りチップを叩き割った。



「オワラナイ!オレタチハヴァイル! ウィルスハケッシテ、シメツシナイ!」



大口を開けて吐き散らす化け物はスイッチを切ったかのように一瞬で姿を消し、今度こそ静寂が訪れた。


傷ついた中庭。崩壊した校舎に立ち荒む少女。何なんだよ。俺の現実に何でこんなアナーキーを映してるんだ。



「立てる?」


「あ、あっ! ああ……」


「ん。じゃあ行こうか」


「行くって、何処にだよ?」


「とりあえずここから離れるだけだよ。これだけの騒ぎだから10秒としないうちに人は来るからね。それに話を聞きたいでしょ」


「そ、そりゃそうだけど」


「じゃあ決まり! 音リーフ『テレポーテーシオン』」



ギターを弾き、俺たちは中庭から違う景色に移動した。


俺の現実は侵食されていく。そしてこの闘いが後に大きな変化をもたらしてくることに俺はまだ気付いていなかった。

『スクラッチャー・ヴェノム』

スクラッチを冠するパンライダースキル。

自身の体を大きく変態させる。その最たるが羽を生やすことであり羽で傷付ける事でブロック崩しのように物質を崩壊させる。

羽ではあるが飛べない。しかし手のように物を掴むことができるため機能性が富んでいる。

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