夜道背後に気を付けな
照りつける昼の陽ざし。肌身に染み込む紫外線なんぞ気にしてられるか。とにかく暑い。ひたすら熱い。午後の野球の時間。
黒兎はバッターボックスにセット。豪快に無意味に格好つける。
「おっしゃーコイヤ! 心はいつでもA-boy! どんな球種も俺のスフィアでオールレンジだ!」
「意味わかんねー事吐いてんじゃねーぞボケ! いいか。ケツを狙う! ケツにぶち当てる!」
「はっはーん? デッドボール宣言か。随分なアナーキズムだ。いいだろう。それも無駄だと言うことを分からせておぉう!」
球の弾道。顔面だった。
「貴様ぁ! 今俺のメインフレームを狙ったな! ふざけるな! いいだろう戦争だ。乱闘だ!」
「わざとじゃねぇよ! それは悪かった! だけど避けた瞬間にバットをこっちに振り投げただろ! それこそふざけんな!」
「わざとじゃない! そして謝らない! 俺は悪くない!」
「テメェ!」
「待て! 殴るな! 争いは机上の上でするものだろー!」
晴天広がる空の元。クラスメイトを巻き込んで望みもしない物理的な乱闘により、保健室送りの刑となる。
「あいつらマジで殴ってきやがった。マジアナーキーだ。何で現実世界でそんなに暴れられるんだ。信じらんねぇ」
「お前ってアホだねぇ」
消毒液が染みる。痛い。もう少し手加減して。
「消毒液に手加減ってあるの?」
「無いな! これ定説」
思いっきりぶっかけられた。
授業が終わり時間も放課後と言える時刻。怪我をした俺の手当てをしてくれているのは昔からの馴染みであり悪友の矢鹿奈緒雪。すごい名前だろう? 奈緒雪が名前だ。二つに分けても違和感なし。
クラスに居たら三番目ぐらいのカワイさで、大見栄切ってモテると言われるわけでもないけどそれに反して地味系の男子には絶大な人気を誇る…みたいな見た目。
俺だってかわいいって思うさ。無難なセミロングに当たり障りのない薄めの茶髪。出ているわけでもないけど触るとわかる体の凹凸。何よりイモ臭さの抜けた笑顔。身内贔屓しまくりでカワイイね。
「ハイ終わり。これで良しッと」
「痛い! 頭を叩くな! 俺の頭脳回路は至宝なんだぞ!」
「そんなバグりまくりでいらんこと言いの頭なんて叩いて直すに限ると思うね」
「そのレトロな考え…アナーキーだ!」
「帰ろか」
「はい」
俺はベッドに奈緒雪のカバンに平積み状態にされているカバンを手にして保健室を出る。
高校生なら部活とかでいろいろ忙しいであろう時間も、帰宅部である俺たちにしてみたらただの自由時間だ。
「どうするー? 今日はどこか寄ってくー?」
「食材を買わなきゃならん。スーパーに行こう。ん?」
廊下を一緒に歩いて、下駄箱から靴を取り出そうとしたら違和感。視覚的な違和感。と言うか紙札が投函されていた。
何だこれはとおもむろに俺は取り出した。
「どったの黒兎…何それ。え? 何それ! まさか…恋文!? ラブレータ!? ど、どうすんの!?」
「落ち着け! 俺だってすごい勢いで落ち着く! よし。冷えた。と言うより…今どきこんなアナログなことする奴なんていないぞ」
とりあえず開封。もちろん奈緒雪に見られないように中身を拝見だ。
「どうすんの? オッケー出す? どうしたの黙り込んで」
「指定した場所に来いって書いてある。悪戯かもしれないけど一応行ってくる」
「行くって、ちょっと! スーパーは!」
呼びかけに応じないまま勢いよく走りだす。
下駄箱に手紙を入れるなんて時代錯誤で今に馴染もうとしない古き良き温故精神を持つかもしれない差出人に手に取った時は会いに行こうなんて思いもしなかった。
だけどそれほど長くない目的だけ描かれた文章の最後の言葉で会いに行こうと心から思った。
誰も知らないはずなのに。俺以外あり得ないはずなのに。
目的の場所は歩くには少し時間がかかる。早歩きぐらいがちょうどいい。帰る生徒に部活に向かう生徒を横に置いては置き去りにする視覚交換を繰り返してその頻度が少なくなり、皆無になったころ。日中から人通りのあまりない第四校舎の物置と言う名の第四多目的室。
俺は殴り開けるように扉を開く。
その瞬間に埃が喉を強襲する。咳払い、と言うには激しいゴホッ! を吐き出す。
室内はそれはまぁ、扉開けただけで咳が出るほどだ。全体的に埃っぽいし物は積まれているけど古臭い感じはしない。今でも多くのものが運ばれては置かれているのだろう。
その中であまりにも存在感を放つ物と者。
中央と置かれ勉強机にドンと置かれた古臭い、電源を付けたら昔のウィンドウズが出てきそうなデスクトップ。
その横にずっと立ってたの? ずっと待ってたの? 来なかったらずっと腕組んでたのと言いたくなるような立派な仁王立ちをして、こちらに気づいたこと瞬間、初めて見た動物園の象を見る子供のような満面の笑みが浮かび上がる。
この子はたしか…乙音・K・ムジカマンド。数日前に違うクラスに転校してきたよくわからない子だ。
見た目のボンキュッンボンさはきっと外国人特有さだろうなと思った。聞いた話によると中身はとにかく行動派で長い髪を靡かせては興味あるものに馳せ参じてるとか。特に目を惹くのが制服と一緒に来ているパーカー。学校指定のパーカーはあるけど、彼女のは違う。自前のパンダパーカーだ。
「やっと来てくれたね。待ちわびたよぉ」
「君は…何を知ってるんだ?」
「逆に君は何を知ってるの?」
予想しなかった返答だ。どうする? この子がどこまで知っているのか。物によっては他人に知られたくないこともある。
だから、こちらから踏み込まなくちゃならない。
「手紙の最後、リベンジャーバックファイアよりってのはどういうことだ」
リベンジャーバックファイアとは俺の持つパンライダーサイトのアカウント名だ。ハッカーサイトの登録何ぞ他人に知られたく物ではないし、それ以上にどうやってリベンジャーバックファイアが俺だと知ったか。自分の情報を抜かれるなんぞハッカーとして最高の不名誉とプライドの欠落に直結する。
「そう書いたら君だってアタシが何者か理解してくれるでしょう」
「…何のこと?」
「とぼけなくていーよ。アタシは君の味方だから。同じホワイトハットだよ」
「ホワイトハットって、それがどうしたんだ?」
「…あれ? 君も届いたんだよね? パンライダーアバターの資格とスキル」
「いや、何のことを言ってるんだ!」
「…とぼけてるわけでもない? でもパンライダーの情報はあるし…ねぇ。このパソコンに入ってみてくれないかな」
「入れって、何だ? ネットサーフィンでもしろってのか」
意味の分からない会話は唐突にぶった切られる。それは画面から突き出された。