第一章
10月6日午前7時。ジェームズのお目覚めだ。目覚まし時計なんて持ってないからスマートフォンの目覚まし機能で好きなバンドの曲が流れてくる。
「おはようございます」
自分の部屋から出るとリビングがある。そこには先客がいた。
「おはようジェームズ君。お寝坊さんだね」
「いや別に寝坊じゃないですよ。予定もないし。みんなが早起きなだけです」
彼はロドニー・ミラー博士。2年前アメリカ政府の勅命を受けある研究に携わり成果を上げた。そして去年の2月、成果を上げてからたった2ヶ月後にCIAの中国潜伏エージェントが一つの情報をつかんだ。研究が狙われている。研究だけでない、博士たちの命も狙われている。そこで要人保護プログラムが開始されたのだ。
警護の任務に就いたのはジェームズを含め4人。CIA から2人、FBIから2人選出された。
「ロバートはどこに行きました?」
「マイヤー君のことかね?彼なら30分前に出て行ったが行き先は分からないなあ。」
ジェームズはミラー博士をあまり好きにはなれなかった。なにを考えているかわからないからだ。それにいつも役に立たないしいきなり意味不明な理科の話してくるしetc....
「わかりました。ありがとうございます」
「ジェームズ君、朝食は?」
「結構です。急いでいるので」
「だめだねえ…しっかり朝食をとらないと血液中の…」
博士が話し終わらないうちにジェームズは自分の部屋に戻って着替えた。リビングにいたらまた訳の分からない話に発展して時間が無駄になる。
ジェームズは家を出た。ロバートはいつも通り釣りをしているはずだ。
この日も暑かった。いつまでこの忌々しい土地にいなければならないのか。驚異が消えるまでって都合のいい期間を設定しやがって。まず驚異なんてないぞ。この町は平和そのもの。
「おーい!ロバート!」
「お、ジェームズおはよう。今頃起きたの?」
「悪かったな。博士にもバカにされたところだよ。」
ロバートはかなりの美男子だ。ジェームズも整った顔をしていてハンサムなんだ、笑えば。でも2人の顔の特徴は対極にある。人に好かれるのは断然ロバートだ。
ちょうど登校時間なのだろう。小学生や中学生が道を通っていく。こちらを珍しそうに見ている。
「俺らめっちゃ目立つよな。なにが要人保護だよ。逆に目立つぜ。怪しすぎんだろ俺ら」
「まあそういうなよ。ジェームズは退屈なんだろ?いいじゃん、潜入ミッションとか暗殺とか工作とかいろいろやってると休みがほしくなるじゃん。いまいっぱい休んでおこうよ」
「お前はいいよな。いつもやることがあるし、なんせ趣味が多いもんな。おれなんてする事もないんだよ」
「そういやFBIのお2人は色々忙しいみたいだよ?」
「あいつらか…あいつらコソコソしすぎだよ。何を企んでいるのやら。怪しいよな」
ジェームズとロバートの他の2人はFBIのエージェントだ。名前はサイモン・スミスとハンス・フィッツジェラルド。いつもコソコソしている。ジェームズやロバートが近づくと慌てて話をかえる。聞かれたらよくないことでもあるのか?
午後1時。ジェームズはコンビニにやってきた。ところが。江美の姿がない。かわりに江美の友達がいる。
「いらっしゃいませエ~」
おまえに用はねえ馬鹿ギャル。まずそのしゃべり方なんとかしろ。
ジェームズは機嫌が悪くなっていた。江美さんがいないのは悲しいがしょうがない。だがなぜこいつがかわりなんだ。
ジェームズは例のチョコバーを手にとってレジにきた。
「江美さんは休み?」
レジにいる江美の友達はいきなり話しかけられ少し驚いた。
「え、え、江美ですかァ。あいつ風邪引いたから休むって言ってましたよお。どーして?」
「いや、なんでもない」
コンビニにいた時間はたった3分。店を出るやいなやポケットからスマートフォンを取り出して江美に電話をかけた。電話番号くらい聞いてある。
「もしもし。江美さん、いきなりお電話すみません。体調が悪いって聞いたもので」
「ああジェームズさん、ごめんなさい。出勤できなくて。チョコバーありました?」
「ありました。やっぱり江美さんがいないと寂しいですよ。病院には行きましたか?」
江美は相当つらそうだ。声が小さいしジェームズが喋っているときは咳が聞こえる。
「行ってないです。近くに病院がないんで…」
「行かなきゃ!すっごくつらそうに聞こえるんですけど。車が必要なら送りますよ?」
「いやよくないですよ、ジェームズさんに風邪がうつっちゃう。」
「そんなのどうでもいい。俺は風邪引きませんしひいても悪化しないんで。よかったら今から行きます。暇ですし」
「そんな…迷惑はかけられませ…」
「江美さんには早く復帰して貰いたいんです。あとここで何もしないわけにはいかない。住所教えください」
「分かりました…」
ジェームズはただ善意からの行動だったが江美にとっては流石に少し怖かった。でも電話からは純粋に助けたいという気持ちが伝わってきた。だからもう断りきれなかったが江美はジェームズにひとつ謝らなければ行けなかった。
呼び鈴が鳴る。江美は玄関でジェームズを迎えた。
「こんにちは江美さん。あれ、なんか思ったより元気そうですね」
「本当にごめんなさい。風邪って嘘なんです」
嘘?ふつうならジェームズキレるわ。このシチュエーション。でも相手は江美だ。ジェームズは江美を前にすると態度が変わる。単純な奴でしょ?
「完全にだまされましたよ。江美さん演技うまいですね」
江美はジェームズに嫌われてもしかたないと思った。彼の時間を無駄にしてしまった。でも嘘は突き通さないといつかはぼろが出る。
「嘘ついてまで仕事抜けたかったんでしょ?俺だけに嘘つかないでそこからぼろが出たらまずいですもんね」
分かってくれるの?よかった。よかった。
「で、なんで仕事行きたくなかったんですか?」
ジェームズは詮索好きでちょうどいいストップが効かない。だからCIAでも厄介者扱いされることもしばしば。
江美はもうジェームズに嘘はつきたくなかった。
「知り合いに呼び出されたんです。彼、断るととても怒って怖いんで。こうするしかなかったんです」
「彼氏ですか?」
ジェームズは聞いてしまう。どこまでも。
「いえ私はそうは思ってません。でも彼はたぶん思ってます。でも愛情なんて感じません。いつも怒ると叩かれます。」
ジェームズのなかで何かが噴火した。だがさすがエージェント。目的のためなら感情も隠す。その目的とは…そのクソ野郎をぶちのめすこと。
「これから行くんですか?」
「いえ、明日です。ついてこないでくださいね。彼ら危ないんです。ジェームズさんを巻き込みたくない」
「気にしない気にしない。ただ後にいるだけですから。いいでしょ?暇なんですよ。それに観光してみたい」
「観光って…あそこにいい場所ありませんよ。だから…」
「連れて行ってくれないのなら嘘ついたこと許しません」
ジェームズは江美の弱みを握って計画を推し進めるほかなかった。でも本人は心が痛かった。
「分かりました。じゃあそうだなあ、私に道を尋ねた外国人ってことにしてください。私は目的地まで案内する途中と言うことで」
すっごい無理矢理な設定だな、と思ったが口には出さず、了解した。
「じゃあ明日の8時に駅に来てください。来なかったら置いていきますから」
「分かりました。じゃあ明日の8時にまた」
ジェームズは江美のアパートを出た。今は久しぶりに高揚していた。明日は久しぶりに闘うかもしれない。そして何より江美の役に立てるのだから。