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12月24日



人がゴミのようだ。


修学旅行の時、人生で初めて東京に来た私が思ったこと。


生まれ育った街も大きな地方都市なんだけど、それよりもさらに多い人の数に、ただただ圧倒されていた。


所狭しと並んだ高層ビル群も、ごちゃごちゃした喧騒も、乾いた空も。その全てが私の好奇心を刺激した。


自分の中で『何か』が芽生えてくる、そんな感覚。


これはこれは、なるほど。多くの若者がここで新しい生活を始めたいと思うわけだ。と、そんな風に納得したのをよく覚えている。


ただ、その『何か』を求める人々が集うから、地方の過疎化と都市部の人口過密が強まり、経済格差が広がっていくのだ。


うーん。現代日本が抱える難しい問題だねぇー。あ、ここテストに出るから要チェックだよー。


……なーんて。


口には出さずに、自分の中でとどめる。


だって「先輩がテスト問題作ったら誰も点数取れなさそうですよね。色んな意味で」とかツッコミを入れてくれる相方は隣にいないんだから。


「…………」


学校説明会の終了予定時刻から一時間弱。駅前のファーストフード店で、フライドポテトのエッフェル塔を建てるのにも飽き、大きな窓ガラスとにらめっこ中。視線の先、薄く反射して映る私の顔は少し寂しそうな表情を浮かべてる。


あの日、空港まで見送りに来てくれた後輩クンに笑って見せたのは強がりじゃなかったはずなのになぁ。


離れてから改めて存在の大きさに気付く。


私の描く世界に命を吹き込んでくれたから、夢を見つけられた。背中を押してくれたから、夢を追ってこれた。


一緒に過ごしてきた時間が積み重なって、私を構成する大事なものになった。心の引き出しに、たくさんの思い出を詰めてくれた。


今の自分があるのは全部彼のおかげなんだと、素直に思える。


だからちょっと恥ずかしいけど、今日は感謝の言葉をちゃんと伝えよう。


「……ということだ、後輩クン」


背後までやってきた足音に、そう声を掛ける。


「……いきなりなんですか。独り言みたいで気持ち悪いうえにとっても可愛いですよ先輩ぐへへへへ」


返ってきたのは大好きな後輩クンの、いつも通りの声。


「てか、よく僕だってわかりましたね」


「ふっふっふ。私くらいになれば千里眼なんて初期ステータスだよ」


「超ハイスペック!!」


ガラス越しに反射して見えたというのは乙女の秘密。


「で、説明会どーだった?」


隣に腰掛けた後輩クンに、来年の春から一緒に通うことになるであろう専門学校に対する感想を訊いてみる。


「どうだも何も、ほとんど先輩から話聞いてましたからねぇ」


「お。じゃあ『新生活に対するワクワクドキドキを削いでやれ作戦』は大成功だね」


「そんな悪意が込められてたの!?」


まさかホントに来るとは思ってなかっただけだよ、というのも内緒にしておこう。


彼なりの考えがあって選んだ進路なんだろうけど、それでも嬉しくて舞い上がってしまいそうになる私の、小さな照れ隠しだ。


まぁそんなことしなくたって、この鈍感さんは気付かないんだろうけど。


「それにしても相変わらず器用ですねぇ。ポテトで作った……東京タワーですか、これ?」


ほら、やっぱり。鋭い要素なんてこれっぽっちもない。


「チッチッチ、見る目がないなぁー、まったく。これはテレビ塔……あれ、通天閣だったかな?」


「ぷっ、忘れてるじゃないですか」


「えへへへへ」


でも少し鈍いところも、なんだか可愛く思えてしまう。それくらい、彼が好きなんです。


「よし、それじゃ早速歓迎会といきましょうか!!」


「いや、まだ入校してないんですけどね」


「細かいことは気にしたら負け。善は急げだよ、後輩クン」


「……もっと普通に『デートしよっ❤』とか言ってくれればいいのになぁ」


むぅ。それが恥ずかしいから表現変えたのに。


「そ、それに……」


「ん?」


急に言葉を詰まらせた後輩クン。数秒間、お互いの視線がじっと固まる。


「……今はまだ通ってる場所が違うから、先輩も後輩も関係ないですよね?」


「……うん」


「だから、その……、な、名前で呼んで欲しいです、ソラさん」


ドクン。


突然の展開に、心臓が大きく飛び跳ねた。


顔を真っ赤にした彼から、瞳を反らせなくなる。


私の頬も、徐々に熱を帯びていく。


――『隣に立って肩を並べる日が来たら』


いつの日か口にしていた言葉。


彼なりのスタートを今、踏み出そうとしているのかもしれない。


あの日、私がそうしてもらったように、背中を押してあげるべき時なのだろう。だから……。


「……えいっ☆」


「ぐふぉっ!!」


私の顔が赤く染まるよりも早く、無防備な鳩尾に拳を突き刺す。


「フッ……十年早い」


「ちょ、ひ、酷過ぎる……ぅ……」


加減はしたんだけど、いいところに入っちゃったみたい。てへ。


「いたいいたいのぉ、飛んでいけぇ~☆」


「飛んでるのはアンタの罪悪感だろ!!」


「おうおう。それだけの元気があるなら大丈夫だ」


自分でも卑怯だなぁとは思う。


「……はぁー。はいはい、わかりましたよ『先輩』。で、どこ行くんですか?」


後輩クンは優しいから、私の強引な照れ隠しも受け入れてくれる。


「えっとね、スカイツリーが見たい!!」


「あ、あの先輩が、珍しくまともな提案を……」


「ふふふ。女子力というやつさ」


でもそれじゃ不公平だから、たまには素直になってみようかなと思う。


「待ち合わせにも時間通りに来てたし……。ひょっとすると雪でも降るんですかね」


なんていったって今日はクリスマスイブ。恋人達の聖なる日なんだから。


「……ねぇねぇ」


「ん? どうしたんですか、先輩?」


とびっきりの笑顔で、不意打ちを決めてやろう。


「これからもよろしくね、『りゅーせー』クン❤」


ふわり、と。


窓の向こうで冬の奇跡が舞い降りてくる。


それはまるで宇宙を彩る流星のようで。


心のキャンパスにまた一つ、素敵な色を描き足してくれる。


―END―


 

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