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この時間帯、霧生は家の漁業を手伝っている。だから、きっと、大丈夫だ。私はむせ返るような暑さの中を自転車に乗り、砂浜まで走らせる。正午を告げるサイレンが鳴り終わるころ、その場所に着いた私は辺りを見回したが人気はない。自転車を停め、数段しかない階段を下りると海を見つめる男性がいた。ひときわ目立つ明るい茶色の髪。私の気配に気づいたのか、こちらを見て歩いて来た。
「すみません。この辺りで、ナツキという名の女性はいませんか?」
流暢な日本語で、彼は私に訊いてきた。日本人ではない顔立ちから発せられる言葉に、私は違和感を覚えた。けれど、変わらない面影のある眼差し……彼は本当に、あのデイビッド、なのだろうか?
「夏希は私です……。あなたは、デイビッド……さん?」
「そうだよ。ああ……きれいになったね。ぜんぜん気づかなかった」
「……」
彼はそう言って、笑みを浮かべた。私はどう答えていいのか解らず、下を俯いた。
「ナツキ。必ず、会いに来ると言ったろう? 今度は海水着も持って来たから君と泳げる」
彼はおどけてそう言った。
「あの、日本語……お上手なんですね」
「ああ。大学で日本語を選択して勉強したんだ。日本語って漢字が難しいね。あと、はとがの接続詞も僕らには難しい」
「……そうですか。あの、でも、まさか本当に来るとは思わなかったです。もう十二年だから……」
「……そうだね。でも、僕はその時間を埋めに来たんだよ。ナツキ……」
そう言って、彼は私の髪に触れた。
「……やめて、下さい。せまい島だから、人に見られたらすぐに噂は広まるの……だから、あの……私そろそろ仕事に戻らないと……」
脳裏に霧生の顔がちらつく。
「そうか、すまない。ナツキ、僕はすぐそこの**旅館に泊まってるから。とにかく、会えてよかったよ……。また、ここで待ってる」
彼はそう言って去って行った。
海から帰って来た私は、仕事が手につかなかった。気がつくと、仕事の終わりを告げるベルが鳴っている。
ロッカールームへ歩きながら思った。もちろん、期待していなかった……と言えば嘘になる。けれど、どうしていいか分からない。どちらにしても、霧生に知られるのは時間の問題だ。重い足取りで待ち合わせ場所に行ったが霧生の姿はない。少し待ったけれど、彼が姿を現すことはなかった。