1/22
1
楽しんでいって下さいね。
1
私の祖母はよく言っていた。
――海へ近づいてはいけないと。
それはなぜかと訊いたら、「海には人魚がいるからよ」と静かに言った。私は見たことがあるの? という言葉をつぐんだ。それを知ってしまったら、何かが壊れてしまう気がしたから。
美しい豊穣の海……すべての源……。祖母の話しを聞いていると海はそれだけではないような気がしてきて、私は畏怖を越えた怖さを感じたものだ。
その祖母も今は墓の下に眠っている。亡くなるまではサナトリウムにいた。若い時には何でもなかった結核が年を取ることにより発病してしまったからだ。
死の床に臥す祖母の最後の言葉は、やはり「海に近づいてはいけない」だった。
流れゆく風に乗って、潮の香りが届く。私は燦々と降りそそぐ陽の光の下、海を眺めていた。
「人魚なんて、いるわけないさ」
私が海を見る傍ら、霧生はそう言い放ち、海に石を投げた。投げられた石は放物線を描き、海の底へと消えていく。