結界が破れし時、死力を誓う
東京を覆う、八刃の結界。それを維持するのは、若干十歳の少女であった
京は、珍しく暇をもてあましていた。
前回の戦いで、異邪達が終末の獣を用いてくる事が解った為、八刃の中でもかなり大掛かりな計画を予定していた。
京も計画に参加する為、待機状態になっていたのだ。
「花子とデートでもするか」
そう呟いて、花子が勤める喫茶店に向う。
その途中、一人の少女が、車に轢かれそうになっているのを目撃する。
その場に居た誰もが、その少女の死を覚悟しただろうが、京は、人を遥かに凌駕する、傍から見たら瞬間移動にしか見えない動きで、少女を抱き上げて隣の歩道に立っていた。
「大丈夫ですか?」
京の言葉にその少女が、頭を下げる。
「また助けて頂きました」
その言葉に京が首を傾げる。
「何処かでお会いしましたか?」
その言葉に少女はショックを受けた表情になって言う。
「酷いわ、私の事を忘れてしまったのですね!」
手で顔を覆い、嗚咽する少女に、京は慌てる。
「すいません! 僕は人の顔を覚えるのは得意じゃないのです」
必死に弁解する京に少女が顔を近づける。
「北海道で、悪い人たちから救ってもらった魔磨ですわ。お忘れでしたのね?」
その言葉に京もようやく思い出して言う。
「あの時の、でもどうして東京に?」
それに対して魔磨は辛そうに顔を逸らして言う。
「あの事件の時に北海道でお世話になっていた知り合いが死んでしまい、父親の知人が居る東京にやって来たのです」
京が失敗したと言う顔になって慌てて謝罪する。
「すいませんでした。僕に出来る事がありましたら手伝わせてもらいます」
「本当ですか?」
上目遣いで魔磨が聞き返すと、京は胸を張る。
「はい。丁度、時間が空いていますから」
「本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
頭を下げる魔磨に、暗い顔で答える京。
二人が居る場所は、普通の場所では、無かった。
一言で言うならば、常人には絶対踏み入れられない場所。
「東京の中心で、これ程緑に溢れた場所あるのですね」
魔磨が言うとおり、そこは東京のど真ん中にあると言うのに、緑に溢れていた。
「ここは、八刃の一族の人間が管理しているので、開発の手が入らないのです」
京が説明すると、魔磨から根本的な質問が帰ってくる。
「あの八刃って何ですか?」
「簡単に言えば、化物を滅ぼす為の人間の集まりです。ここは、強大な力を持つ化物が東京に入れない様にする為の結界が張られているのです」
そのまま、口の中で呟く。
「間違っても一般人を入れて良い場所ではないのだけど、魔磨さんが三流紙の記事を見て一度見てみたいなんて言うからな」
京達が居る場所は、京の説明にある様に、八刃の人間が万が一にも都心に高位の異邪が入らないように張られた結界の要の陣が張り巡らされている、八刃にとっては大切な場所。
反戦活動をする出版社が、一般人立ち入り禁止のこの場所を秘密兵器開発施設と勘違いして雑誌に載せてしまったのだ。
そこに一般人が入れたのは白風の次期長とも言われる京が居たからである。
「それでは秘密兵器の開発施設じゃないのですね?」
魔磨の質問に京は頷く。
「当然です。八刃は戦争には関わりませんから」
「立派です」
魔磨が賞賛する。
二人は、無意味に歩いていると、長髪で、フリルがいっぱいのドレスを着た10歳位の少女がその前に立塞がる。
「可愛い子ね」
魔磨が呑気に言うが、京は驚いたように言う。
「闇どうしたのだい?」
その言葉に、その少女、闇が答える。
「京の気配を感じたから来たの。遊ぶの!」
その言葉に苦笑する京。
「今日は勘弁してくれよ、この人を連れているのだ」
そう言って、魔磨を示す。
「その人も一緒に遊ぶの」
駄々をこねる闇。
「知り合い?」
魔磨の言葉に京が頷く。
「八刃の一つ、結界を得意とする間結、最強の術者、間結闇って言います。この結界を維持している為、ここから外に出られないから時たま来ては遊び相手をしている」
その言葉に頷き闇が京にしがみ付く。
「京、遊ぶの!」
困った顔をする京に、魔磨が言う。
「目的は半分達成したようなものだから一緒に遊びましょう」
その言葉に闇は強く頷く。
「解ったよ。何して遊ぶ?」
闇は京と魔磨の手をとり言う。
「ままごとなの! 京とそっちの人が夫婦で、あちきが娘役するの」
幼稚の遊びに魔磨が苦笑する。
そして三人でのままごとが始まる。
ままごとが終わり、かくれんぼに移った時、魔磨が微笑を浮かべて言う。
「あの子、ままごと何て随分、幼稚な遊びがすきなのね」
悲しげな顔をして京が言う。
「闇は、その才能を認められて、物心ついたころには結界の中心としてこの陣から出る事を禁じられていた。闇の両親も優秀な術者で、日本中を周っている為、家族揃って暮らせた日なんて合計しても100日未満なのだよ。ままごとは、そんな闇の代償行為だよ」
魔磨はそんな京の横顔に見惚れてしまった。
「魔磨さんは、気にしないで下さい。全ては八刃の問題なのですから」
そう言って笑顔を見せる京に顔を赤くさせた魔磨がそっぽを向く。
「早く隠れましょう」
京に引かれる手を強く握り返す魔磨であった。
夕日の中、京が言う。
「今日はここまでだよ。帰ろうね」
闇は激しく首を横に振る。
「まだ遊ぶの!」
そんな闇を抱きしめて魔磨が言う。
「また遊びに来ますから、今日は帰りましょう」
その言葉を聞いて闇が魔磨の顔をじっと見て言う。
「本当なの?」
頷く魔磨。
「その時は、私一人でも入れてくれますか?」
闇が強く頷く。
「絶対なの!」
高級ホテルの一室、そこに魔磨が居た。
「例の結界の要たる陣の中に入る方法が手に入ったわよ」
その言葉に、少女の影から限りなく存在感が薄い灰色の存在が現れる。
『あの結界があっては、我々の計画進行の邪魔になる。中にさえ入れれば、私が、異邪九龍の一つ、灰足が打ち破ろう』
奥の部屋からも人では無い存在の声がする。
『結界が解けたら後は、俺が結界を作る術者を殺してやるよ。闇って言ったっけ? 毛も生えてないガキを嬲るのも良いかもしれないな』
奥の部屋から血の様な真っ赤な瞳を持ったその男の足元では、半ばミイラになりながらも高揚した表情の女性が倒れていた。
「紅指様もっと私の血を啜って下さい!」
女性が縋りつこうとした時、赤眼の存在は、詰まらなそうに表情をして指を鳴らす。
『餌の分際で五月蝿い』
次の瞬間、体中から残った血を噴出して女性は死んだ。
「異邪九龍が二龍も出てきたのだから必ず成功させてね」
魔磨の言葉に、灰足は素直に頷くが、紅指は不満気な顔をする。
『たかがハーフの分際で俺達のやる事に口を挟むつもりか?』
それに対して魔磨はその瞳を輝かせる。
次の瞬間、紅指が地面をのた打ち回る。
『悪かった、俺が悪かった二度と逆らわない!』
魔磨の目の輝きが収まると、紅指も荒い息をしながらだが落ち着く。
「貴方達はお父様と契約を結んでいる限り、私には逆らえないって事を忘れない事ね」
余裕たっぷりな態度で、自分の部屋に戻る魔磨を睨み紅指が言う。
『何時までも異邪神なんて名乗る奴の下に居ると思うなよ!』
「それで昨日は、その魔磨って奴と一緒に居たのか?」
京の恋人である、花子が勤める喫茶店でお茶を飲む京に対して信じられないって顔をして勇一が言った。
「まーあそこに入れてくれと言われた時は困ったがね」
勇一が大きく溜息を吐く。
「お前なー、よく恋人が居る所で一日中、他の女と居たって話できるな?」
その時、花子が来て、コーヒーを置いて言う。
「京さんから昨日のうちに聞いてますから。その代わり仕事終わった後、食事行く予定です」
そのまま次のお客の所に行く花子の後姿を見る勇一に対して京が言う。
「最高の恋人でしょ」
自信たっぷり言う京に対して勇一が何時に無く真面目な顔をして答える。
「その最高の恋人に、自分がどれだけ危険な事をしてるのか言っているのかよ?」
京の手が止まる。
「俺達は、明日の朝日を浴びれる保障なんて何処にも無いんだぞ」
京は頷き、苦笑しながら答える。
「花子には、裏事情を知らないで居て欲しいと思っているよ」
勇一の視線が鋭くなる。
「まさか遊びって訳じゃないだろうな?」
心外そうな顔をして京が言う。
「当然だろう。真面目に付き合っているさ」
両手でテーブルを叩く勇一。
「子供が出来たらどうするつもりだ!」
視線が集まるが、勇一は無視をする。
「花子とはピュアな付き合いだよ。これからもずっと」
その言葉に、苛立ちながらも勇一が言う。
「白風の家はどうするつもりだ!」
京は、コーヒーを啜りながら平然と答える。
「従兄弟も又従兄弟も居るから大丈夫だよ。正直言って僕は、自分の子供に八刃をやらせたくないよ」
その言葉に勇一は何もいえなくなるが、京は続ける。
「僕達は護りたいものがある。しかしそれを子供に強制するのは間違っているだろう。出来る事なら僕は全ての異邪をこの世界から消し去りたい」
苦々しい顔をして勇一が言う。
「それは無理だぞ。この世界と異世界を結ぶ穴が有る限りな。俺達に出来るのはその穴が大きくならないようにする事と、そこから漏れ出た異邪を滅ぼす事だけだぜ」
京は強い意志を籠めた瞳で言う。
「僕は絶対に諦めない」
そう言った後、働く花子を見る。
「花子や花子が何れ出会う生涯の伴侶との間に出来た子供達が幸せに暮らせるように」
勇一は歯を食いしばるしか出来なかった。
八刃である以上、人並みの幸せなんてあるとは勇一も京も考えていない。
しかし勇一はそこまで思っている相手と子供すら作れない京のあり方がどうしようも無く悲しかった。
陣がある施設の入り口に、魔磨が居た。
「昨日はどうも。遅い時間になりましたが、遊びに来ました」
もう夕日が沈みかけている事に苦笑しながらも門番代わりの八刃の若者は頭を下げ返す。
「闇様に御用ですね。連絡をしましたから、どうぞお入り下さい」
魔磨が頷き、陣の中に入ってしまう。
それと同時に、魔磨の影から灰色の何かが、陣の中心に向って移動を開始した。
「ボール投げするの」
闇の言葉に頷き、闇の手を引っ張る魔磨。
「あちらの広い場所でやりましょう」
素直に頷きついて行く闇。
そして闇から見えない魔磨の顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。
強大な力で陣と結界を維持する闇であったが、細かい調整は、間結の熟練術者達が行っていた。
「闇様がまた遊んでいるぞ!」
一人の男が咎めるように言うが、調整役の中でも最年長の老人が言う。
「少し位構わないだろう。闇には、辛い役目を背負わせているのだから」
その言葉に対して、術者達の部屋に入ってきた老執事風の男性が言う。
「しかし重要なお役目、もしもの事があってはなりませぬ。私が、連れ戻しに行きましょう」
その言葉に、老術師が言う。
「大丈夫じゃ、灯篭。少しの間ならば我等で陣と結界は維持できる。闇にも遊ぶ時間くらい与えてやっても良いじゃろ」
しかし老執事風の男性、灯篭は首を横に振る。
「最前線を退いたとはいえ、谷走としての誇りがあります。間結の長との約定、闇様を常に陣と結界の維持だけに力を注げる様にする為、連れ戻します」
そのまま、闇が向った場所に歩き出す。
老術師は、溜息を吐く。
「老人になっても融通がきかぬのー」
その時、部屋に灰色の何かが入り込んで来た。
『ここを制圧すれば、結界は意味を無くすな』
老術師は素早く反応する。
「結界維持の術を使っているものは、そのまま結界の維持に全力を尽くせ! 待機中の者は進入した異邪を滅ぼせ!」
通常の異邪ならば、一瞬で消滅する、崩魔結界が連続して張られる。
しかし、灰色のそれは、全く動じない。
『我が立つ場所、それが我が世界なり、我こそは、異邪九龍の一龍、灰足なり!』
「異邪九龍とは大物が出てきたが、お主、能力特化型じゃな? その自分の世界を生み出す力以外の能力は低いと見た」
老術師が、敵の能力を看破する。
『流石は、結界を任される者だな。しかし私の役目はほぼ終わった。後はもう一人の者に任せるだけだ』
老術師は、灰足の能力で陣を護る結界が無くなっている事を察知して舌打ちする。
「まだじゃ! この者を滅ぼし、再度結界を張りなおせば問題ない!」
老術師の言葉に全員が頷き、実行に移そうとした時、そいつが現れた。
『俺の好みの人間は居ないな』
赤い目をしたそいつは、指先より、血を打ち出して、術者達を即死させていく。
『俺の名は紅指! 異邪九龍の一龍だ!』
防御の結界で咄嗟に直撃を防いだ老術師は、拳を握り締めて言う。
「相手幹部が二体も来るとは、後手に回ったか?」
『さーこの後、闇って言うメインデッシュが待ってるんだ、さっさと終わらせるぞ!』
次々と放たれる血弾攻撃だが、老術師や残った高位結界術師は、見事に防御結界で防いでしまう。
「お前の力がどれ程高かろうが、間結の人間が集まって作った結界が破れると思うな!」
老術師が宣言し残った術師を励ますように言う。
「直ぐに救援が来る。それまで持ちこたえるのだ!」
しかし、老術師の言葉に答える者は居なかった。
老術師が振り返ると、最初の攻撃で死んだ筈の術師達が、生き残った術師を襲っていた。
「まさか……血液を植えつける事による操作能力。貴様、ヴァンパイアか!」
紅指は嬉しそうに宣言する。
『ほー博学だね、そうさ俺はヨーロッパを支配しかけたヴァンパイアさ。教会の強い抵抗でこんな島国に逃げてきたが、いつまでも逃げているつもりはねえ! 異邪神の力さえあれば俺の唯一の弱点である、太陽も克服できる。そうなったら教会の奴等も全て殺して、世界を俺の者にしてやる!』
老術師は、大きく息を吐くと宣言する。
「もはやこれまでだな」
その言葉に紅指が高笑いをあげながら言う。
『随分諦めが早いね! 止めを刺してやれ!』
紅指の命令に従って、操られている術師達が一斉に老術師に襲い掛かる。
「この命はお前にくれてやろう!」
上着を脱ぐ老術師。
その肌には無数の魔方陣が描かれていた。
『自爆全滅結界』
次の瞬間、周囲に結界が張られ、老術師を中心に爆炎が発生する。
それは、結界の中を無制限に増幅し全てを跡形も無く燃やし、砕ききろうとした。
「もっと遊ぶの!」
灯篭に捕まって、お姫様抱っこされて、陣の中心に連れて行かれ様としていた闇が暴れて居た。
「お役目が優先です」
魔磨を即座に帰らせた、灯篭の言葉に闇が頬を膨らませる。
灯篭の視界に建物が入った時、それは爆炎に飲み込まれて完全に消滅した。
闇が、驚き言葉を無くした瞬間も、灯篭は素早く周囲の気配を探り、一歩後退する。
その足元に、血の弾丸が撃ち込まれた。
『避けやがって、あのクソジジイの所為で、俺の大切な血液の大半が無くなったって言うのに、これ以上無駄使いさせるなよ!』
爆炎が晴れた中から、全身の皮を再生させながら紅指が出てくる。
その後ろには無傷の灰足が居た。
「皆はどうしたの!」
闇の言葉に紅指が言う。
『先に地獄に行ったぜ! 安心しろ、余力も無いからお前等も直ぐ地獄に連れてってやるよ!』
紅指がそう言って、次々と血弾を放つ。
『影壁』
灯篭の影が盛り上がり、血弾を弾く。
『そんな壁が何時までも通じると思うな!』
紅指が更に血弾の数を増やすが、灯篭は、冷静に術を唱える。
『影茨』
紅指の影から、影の茨が無数に出て、紅指に襲い掛かる。
全身から血を噴出す紅指。
『血が、血が足らなえ!』
叫ぶ紅指より、未だ動かない灰足に意識をやりながら灯篭が言う。
「お前等はここで死んでもらう」
灯篭は、恐怖から動けない闇を地面に置いて、前に進む。
その時、灰足が告げる。
『お前の負けだ。その娘の命が欲しかったら、大人しく死ね!』
「助けるの!」
地面に吸い込まれていく闇。
『我が力は浸食、この大地もお前が紅指と遊んでいる間に我が世界の一部にさせてもらった。もはや逃れる術は無い』
『影集』
咄嗟に灯篭は、影を集めて、灰足の世界の侵食から身を守る。
「私が死んだ後、闇様の身の安全は保障されるのか?」
『交渉するつもりは無い』
灰足の言葉に答える様に、闇の地面侵食スピードがあがる。
「灯篭、助けるの」
紅指を捕縛していた、影の茨が解除される。
『こいつを殺すのは俺にやらせろ!』
紅指はそう言って、次々と血弾を撃つ。
それは指先すら動かさない灯篭に直撃して行く。
『お前だけは、普通に殺してはやらないぞ! お前が護ったあの娘をお前の目の前で犯して、精神崩壊する様を見せ付けてから殺す!』
「そんな事をさせると思うか?」
灯篭の言葉に、紅指が爆笑する。
『もう無駄だよ、お前の中には十分に俺の血が入った。お前の体は全て俺の思うとおりだよ!』
「だが、口が自由に動く、それで十分だ」
灯篭は、目を瞑り、呪文を始めた。
『ああ、我等が守護者、闇を走る存在、偉大なりし八百刃の使徒、我が魂の誓いに答え、その姿を一時、我に写し給え。谷走流終奥義 影走鬼』
灯篭の体が真っ黒な影に覆われる。
『ふざけるな! 俺の血の力で!』
しかし、影に覆われた灯篭の動きは止まらない。
紅指の体を引き裂き続ける。
『灰足、小娘を殺せ!』
紅指の地面に落ちた首が叫ぶ。
しかしその答えは、かなり遠くから聞こえた。
『すまないが、相手の大技でこちらの世界まで侵食された。私は自分の仕事をこなしたので帰らせてもらう』
灰足の言葉通り、闇は、灯篭の力が篭った影の上に寝かされて居た。
『貴様!』
影を纏った灯篭が紅指を睨む。
『止めろ!』
紅指が恐怖から叫んだ時、灯篭がその場に崩れ落ちた。
チャンスとばかりに、紅指は残った体をかき集めて、逃亡する。
闇が目を覚ます。
「大丈夫でしたか?」
そう言って微笑む灯篭にしがみつく闇。
「怖かったの!」
「もう大丈夫です。敵は全て退散しました」
闇が涙を拭いながら、灯篭から離れた時、違和感を覚えた。
「最後に言わせて貰って宜しいですか?」
灯篭の言葉に不信に思いながら闇が頷く。
「きつい事を沢山言いましたが、私が使えた間結の中で貴女が一番好きでした」
灯篭の予想外の言葉に驚く闇。
「貴女ならきっと強い護る力になれます」
そう言う灯篭の首がどんどんと黒く、影の様になっていく。
「灯篭大丈夫なの?」
闇の言葉に灯篭は笑顔のまま言う。
「谷走灯篭は消えます。しかし、私は貴女の影となって永遠に貴女を守ります」
「そんなの嫌なの!」
再び泣き叫ぶ闇。
しかし灯篭の影の侵食は止まらず、そして全身が影に覆われた時、灯篭と言う存在が消えた。
闇は、残った服を抱きしめて涙が枯れるまで泣き続けた。
紅指は、今にも崩れそうな肉体を最後の力を振り絞りって繋ぎとめながら逃げていた。
そしてその前に、魔磨の姿を見つける。
紅指は声を掛けようとした時、魔磨の力で言葉が封じられる。
「助けて京さん!」
魔磨の叫び声に答えて、救援の為に陣に向う京と一緒に動いて居た翼の矢が、紅指に突き刺さる。
「灯篭さん達にやられて逃げて来たんだろうが、逃がすかよ!」
勇一が腕を振って呪文を唱える。
『我が攻撃の意思に答え、炎よ敵を撃て、撃炎翼』
炎が、紅指の体を包み、紅指の生命線である血をどんどん蒸発させていく。
その中、魔磨がまだ遠い京達に聞こえない小声で告げる。
『このチャンスを待っていたのよ。お父様に敵意を持つ幹部なんて要らないのだから』
紅指は最後の怒りを魔磨に向けながら、完全に滅びてさった。
「とにかく、今回の一件で東京を守護していた結界はその力を大きく減じたわね」
八刃の最高会議の席で十朝が告げる。
そこに居た全員が頷く。
一番奥に居た、老婆、八刃の盟主白風の長、白風都が告げる。
「奴等も大掛かりな手できている。我々も八刃の存在すらかけて戦う時が来たようじゃ」
その言葉に、参加者全てが頷くと都は続ける。
「我等の力は、大切な者を護る為。己が命、己が誇りを捨てようとも、大切な者を護り通してみせよう。それが八刃じゃ!」
これより、八刃が異邪九龍を滅ぼす為の自らの仲間すら捨て駒にする覚悟の殲滅作戦を開始するのであった。