戦いの始まりを告げる炎があがる
異空門閉鎖大戦の始まりのお話である
「京、クリスマスって知ってるか?」
夜の港町で一人の少年が言った。
その少年は、まだ16の外見だが、纏う雰囲気には日露大戦を生き抜いてきた兵士のそれがあった。
声を掛けられた年頃ならその少年と同じだが、こちらは、落ち着いた雰囲気を持つ、童顔の少年、白風京が言う。
「キリスト教の祭日でしたね。それがどうしたのか、勇一?」
声を掛けた少年、萌野勇一が言う。
「その日に告白すると思いが通じるって噂聞いた事無いか?」
勇一の真剣な眼差しに京が苦笑する。
「勇一、そーいった迷信は、異邪が作っているって話忘れたのかい?」
その言葉に詰まる勇一。
「呪いの類は、神が創った裏ルールが多いが、それには、人間の作った行事は含まれる事は無い。だから人間の行事に関わる呪いは、異邪がこじつけ、人を利用する為に作った物が多い」
「だけどよ、万が一って事もあるだろう?」
食い下がる勇一に、京が言う。
「翼に告白するのに、そんな迷信に捕らわれているようじゃ、家を説得できないよ」
その一言に、勇一が拗ねる。
「俺は、お前みたいな、黙っていても女の方から擦り寄ってくる美男子じゃないから大変なんだよ」
その言葉に、京が手鏡を取り出して自分の顔を見て答える。
「童顔で、男らしさが無い顔だと思うがな?」
その言葉に、勇一が怒鳴る。
「男臭い顔だったら山ほど居るから需要が無いんだよ!」
そんな二人が居る、倉庫の屋根に和服が似合う少女が極々普通に飛び上がってきた。
「二人とも、もう少し気を締めてください。今夜、ここに異邪が何かを運びこむのですよ」
「解っているよ、翼」
京はそう言って、平然とその少女、遠糸翼に答えるが、勇一は慌てた表情で言う。
「俺達の話を聞いてたのか?」
それに対して翼は溜息を吐いて言う。
「私は、好きな人が居ますのでご遠慮させてもらいます」
崩れ落ちる勇一。
そして翼は京を見る。
「これ終わったら花子の所でもいくかな」
その言葉に拗ねるように翼が言う。
「仲がよろしいみたいで結構ですが、八刃の仕事に手抜かりは許されませんよ」
頷く京。
「噂をすればなんとやらですね。後方支援を頼みます」
翼が頷き、手に持った弓に矢を番えていく。
「勇一、何時までも落ち込んでないで行くよ!」
そう言って、通常の建物だったら4階はある、倉庫の屋根から飛び降りる京。
「この苛立ちを全て、異邪にぶつけてやる!」
京に続き、躊躇を一切せず屋根から飛び降りる勇一であった。
いきなり上から降ってきた人間に荷物を運んでいた奴等は即座に攻撃を開始した。
「やっぱり、人間じゃない」
荷物運びの拳をかわして、回し蹴りを入れる京。
『我が攻撃の意思に答え、炎よ敵を撃て、撃炎翼』
勇一の手から炎の塊が放たれて、荷物運び達の服を燃やす。
「ただの荷物運び役じゃないみたいだぞ」
京の言葉に答える様に、燃え盛る服を剥ぎ取り、狼の様な外見を持った人型の異邪、人狼が一斉に二人に襲い掛かる。
京は空中に円を描き唱える。
『我が意思に答え、白き風よ、雷を産め、白雷』
凄まじい、雷撃が人狼達の動きを止める。
勇一は両手を前に前に突き出す。
『我が攻撃の意思に答え、炎よ全てを爆炎に包め、爆炎翼』
爆炎が勇一の前方を埋め尽くし、人狼を滅ぼす。
「残りはお前だけだぞ」
京の言葉に、荷物の後ろで悠然と立っていた中国系の美青年が言う。
「そうみたいだね。所詮は下級の異邪、八刃の人間には勝てないようだ」
肩を竦ませるその男に、勇一が言う。
「お前もこいつ等と同じ様に焼き殺してやるよ!」
「残念だけど、君には無理だね」
次の瞬間、勇一が弾き飛ばされていた。
「念動力。面倒な技だ」
そう言いながらも既に間合いを詰めている京。
『白い風よ、我が手を包み、全てを切り裂け、白刃』
強烈な手刀を放つ京だったが、その動きが逸れる。
「強いね君。でも念動力を上手に使えば、こんな風に直接防がなくても良いのだよ」
京は舌打ちをして、離れる。
「手刀そのものではなく、地面を蹴る足に念動力を放ち、技を逸らすとはやるな」
その言葉にその青年が頷く。
「僕の力は実はそれほど高くないのでね。上に行く為にはこういう裏技を身につけるしか無いのですよ」
京が攻撃の準備に入る。
「キャー」
その時、屋根の上から翼の悲鳴が聞こえた。
驚く京。
「どうした翼!」
それに対して目の前の青年が答える。
「君の相手をするには邪魔なのでね。先に始末させてもらったよ。両手を砕いたからもう戦力にはならないね」
舌打ちをする京。
「凄まじい有効範囲と威力だな。本来、念動力は生物に対してはその威力は落ちる筈だ」
「まーね。来ると解っている君に対して念動力で骨を砕くなんてマネは出来ないよ。でも油断している人間だったら可能さ」
余裕満々の青年の言葉に、京が半歩下がった。
「ふざけるな!」
青年と京が声の元、倒れていた勇一の方を向いた。
「翼に怪我させて俺が許すと思うな!」
腕を振り上げる勇一。
『我が攻撃の意思に答え、爆炎にて全てを切り裂け、暫爆炎翼』
振り下ろした勇一の手にそって放たれた爆炎の刃に、先程まで余裕たっぷりだった青年が慌てて飛びのく。
「よくも!」
叫び、念動力で勇一を吹き飛ばす。
「この機会は逃さない!」
両手を振り上げて、力を練りこむ京。
しかし、力が練りこまれる前に、青年が京を睨む。
「甘く見るな!」
念動力が京に襲い掛かる。
「負けてなるか!」
必死に堪えながら力を溜める京。
「これならどうだ!」
周囲の木が空中に浮き、京に向っていく。
その時、一本の矢が、青年の腕を貫く。
「京、今よ!」
倉庫の屋根の上で、肘で弓を持って、口で矢を引いて、射た翼が叫ぶ。
『大いなる白き風よ全てを燃やす炎を産め、白炎撃波』
京の両手から放たれた炎は、周囲の物質を昇華させていく。
「お前は手加減て物を知らないのか」
間一髪で避けた勇一が言う。
「そんな余裕は無かった」
京がしゃがんだまま答える。
「強敵でしたからね」
両手を垂らしたままの翼が来て言う。
次の瞬間、京が最後の力を振り絞り唱える。
『大いなる白き風よ全ての邪悪なる存在を弾け、白壁』
京が生み出した不可視の防御壁と念動力がぶつかりあう。
融解した大地に立つ、青年。
「この私、孫をここまで苦戦させるとは、しかしこれまでだな」
その青年、孫の視線の先からどんどん化物が生まれていく。
「予定地点と違ったが、この無限増殖する魔獣の前にお前等の力は、無力だ」
「そんな」
怯む、翼。
「逃げろ翼! この事を他の人間に知らせろ! ここは俺と京で止める!」
勇一が叫ぶと京も頷く。
「逃がすと思ったのですか?」
孫の瞳が怪しく光る。
『我が攻撃の意思に答え、天も地も全てを燃やしつくせ、天地炎翼』
その呪文に答え、地上を覆いつくそうとしていた魔獣を全て飲み込む炎が生まれた。
炎が消えた後、そこに一人の男が立っていた。
「希一さん」
京の言葉に、その男が悠然と京達の方に歩み寄る。
勇一が安堵する。
「兄さん助かったよ」
「お前は、何者だ?」
孫が安全圏に下がりながら言う。
「俺かい? 俺は萌野最強の男、萌野希一。それでお前は?」
孫が怒鳴る。
「私は、異邪九竜の一人、紫頭の息子、孫なり。今回は引こう、だが次はこうはいかんぞ」
消えていく、孫を見送る希一。
「兄さん、どうして逃がすんだよ!」
勇一の言葉に、希一が頭をかいて言う。
「相手の実力を認識出来ないうちは二流だぞ。あいつとここで戦えば、周囲を壊滅させる事になるぞ」
その言葉に、京が言う。
「それ程の強敵だったわけですね?」
頷く希一。
「異邪九竜か。異邪の中でも何かが動き出したな」
暗き闇の中、一柱の神、異邪神が居た。
「テストケースワンが失敗したみたいよ。貴方の息子は無能ね」
異邪神の前に立つ一人の妖しい魅力を持った少女が言う。
『そう言うな魔磨、八刃の奴等とぶつかったのだ仕方ない。今回は実験データがとれただけで良かったとしよう』
『人とのハーフの息子には過ぎた配慮です』
紫の頭を持つ巨大な蛇の異邪が頭を下げる。
『作戦は確実に前に進んでいる』
異邪神が見る先には、戦闘機による強襲の映像が映し出される。
『人々の戦いが、我等の世界との扉を開くのだ』
この日、日本軍による真珠湾攻撃が行われた。
それこそが、八刃と異邪との大戦、異空門閉鎖大戦の開始を意味していた。