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第8話『人生満喫部始動』

遅くなりましたが。こっから主人公視点に戻ります。あと、名前変更しました。ここからは錦 恋夏として活動していきます。

「みんなみんなー! 聞いて聞いてー!」


 部室の扉が勢いよく開かれ、満面の笑みを浮かべた鈴蘭が飛び込んできた。その甲高い声が部屋中に響き渡る。


「はいはい、聞こえてるから、落ち着こーねぇ」


 志鶴になだめられた鈴蘭は、そのまま部屋の隅にあった机を移動させはじめた。机同士をくっつけて全員が向かい合える形に整えると、満足そうに本題へ切り出す。


「なんとね! なんと、今日から新メンバーが加入しまーす」


「へぇー、もしかして昨日の一ノ瀬くん?」


「ちょっ、ネタバレしないでよー!」


「ごめんってぇ」


 部室内で楽しげな掛け合いが繰り広げられる。しかし、そこに水を差すような低い声が挟まれた。


「鈴蘭部長、さっさと本題に入ってもらえませんかね」


 黒髪にシルバーのメッシュを入れ、目元まで伸びた前髪。うっすらと隈の浮かぶ瞳が眠たげな印象を与える男――鈴蘭を部長と呼ぶ彼の名は、不破亮(ふわ りょう)。

 亮の鋭い指摘を受け、鈴蘭はふっと真面目な顔つきになった。すっと立ち上がり、真剣な眼差しで皆の顔を見回すと、重々しく口を開く。


「みんな――サプライズをしよう!」


 鈴蘭の突然の提案に、志鶴は「おー!」とどこかやる気のない声をあわせた。亮は呆れ顔で二人を眺めている。そんな中、一人だけ困惑した声をあげる者がいた。


「……えっと、鈴蘭さん。サプライズって、一体何をするの?」


 髪色は派手なサーモンピンク。根元は少し伸びて黒ずんでいる。毛先を鋭く立たせたショートヘアは厳つい印象を与えるが、その焦茶色の瞳は対照的に柔らかく、どこか優しげだ。

 困惑した様子で問いかけたその男――佐藤楽(さとう がく)は鈴蘭の方を見て恐る恐る口を開いた。鈴蘭は楽の方へバッと向き直ると、得意げな表情で胸を張った。


「それはねぇー……ドドンッ! 名付けて『鈴蘭ちゃんのめちゃかわハプニング』、だッ!!」


「んー、却下でぇ」


「即答ッ!? アタシ、マジ泣いちゃうからね!?」


 ギャーギャーと騒ぐ鈴蘭を横目に、亮は関心なさそうにスマホの画面を滑らせている。楽だけが「まあまあ」と宥めるように、困ったような苦笑いを浮かべていた。

 部室内がいよいよ収まりのつかない騒ぎになりかけた、その時。ガラリと勢いよく扉が開かれた。


「皆さーん、お揃いですか? これからの活動内容について話し合いをしたいのですけど……何かありましたか?」


 真新しいスーツに身を包んだ女性が、部室へと足を踏み入れてくる。胸元まで伸びた茶髪と、キリッとした焦茶色の瞳が仕事の出来そうな印象を与える人物――顧問の 田山柚花(たやま ゆずか)だ。


「ゆずせんせー、みんなが意地悪してくるー」


 目元に手を当て、しおらしく声を震わせる鈴蘭。だが、その口角は隠しきれずに上がっており、目元にも涙の気配すらない。


「皆さん、意地悪はいけませんよ。……あと一条さん、嘘泣きはやめなさい」


「げっ、バレてる……」


 そんな和気藹々とした空気感。まさに青春の一コマと呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。柚花は思い出したようにパンと手を叩き、本題へと引き戻す。


「はい、皆さん。もうすぐ四月も終わりますから、今後の活動方針を決めなければいけません。何かやりたいことがある人はいますか?」


 問いかけに、真っ先に鈴蘭が満面の笑みで手を高く掲げた。


「はいはいはーっい! アタシ、やりたいことありまーす!」


「はい、一条さんどうぞ」


「あのね、アタシ――」


「ここが――人生満喫部の部室か」


 鈴蘭の言葉を遮るように、バンッと勢いよく扉が開かれた。そこに立っていたのは、東だった。不遜な態度で、鋭い視線をこちらへ向けている。状況を把握している様子の鈴蘭と志鶴を除く全員が、一体何事かとあっけにとられて東を見つめていた。


「え、だ、誰……?」


 圧倒されて固まっていた楽が、おそるおそる声を漏らす。その問いかけに、鈴蘭は「待ってました」と言わんばかりに表情を輝かせた。


「あー、やっときた! みんな紹介するね。この目つきが悪いのが、一ノ瀬東くんです!」


「誰が目つき悪いだ」


 東は鈴蘭をジロリと睨みつけると、見下すように室内を見回し、仰々しく口を開いた。


「俺の名前は一ノ瀬東。特別進学科の一年だ。……よろしくはしないぞ、こちらも入るのは不本意だからな」


「よろよろー」


「よ、よろしくね……?」


「部長、また変なやつ連れてきましたね」


 語尾を伸ばして気のない挨拶を返す志鶴に、困惑気味の楽、呆れ顔の亮と、それぞれが対照的な反応を見せる。


「貴方が一ノ瀬くんですか。話は聞いていますよ。私は人生満喫部の顧問をしている田山です。……それと、言葉遣いは正しなさい」


 柚花はまっすぐに東の目を見据え、ぴしゃりと言い放った。その静かだが断固とした迫力に、先ほどまで不遜だった東も思わず小さく身じろぎする。


「はーい、よろしくねー。アタシは一条鈴蘭! 普通科一年だよ。鈴蘭って呼んでね」


 元気いっぱいに自己紹介をする鈴蘭。東は、ため息をつきながら口を開く。


「はぁ、散々付き纏われたからな、名前ぐらい知っている。あと、絶対に呼ばないからな」


「ざんねーん、この部活では名前呼びがルールでぇーす。優秀な東くんなら守れるよねぇ」


 煽るような口調。東の口がピクつき、米神に血管が浮かぶ。


「できるに決まってるだろ……辞めんなよ、鈴蘭」


「はい、よく呼べましたねー」


「くっ……」


 喧嘩腰に会話する2人の間に、志鶴が割り込む。


「はいはーい、そこまで、喧嘩は良くないよぉ。私は月見里志鶴ね、って知ってるか。よろしくね、東くーん」


「オレ、佐藤楽。よろしくね東くん」


「……亮だ」


 三者三様の自己紹介。こうして、東と人生満喫部の部員たちは初めて顔を合わせた。


「それでは、改めて活動内容を決めましょうか」


 柚花がパン、と手を叩く。


「もうすぐ四月も終わります。せっかく部員も揃ったことですし、今後は定期的に活動していきたいと思います」


「はいはーい!」


 真っ先に鈴蘭が手を上げた。


「一条さん。どうぞ」


「アタシ、やりたいこと決めてるよ!」


「では、聞かせてもらえますか?」


 鈴蘭は立ち上がると、部員たちを見回した。


「アタシたちの住んでる、この街のことをもっと知りたい!」


「……街?」


 東が眉をひそめる。


「そう!」


 鈴蘭は楽しそうに頷いた。


「この辺って、昔から住んでる人も多いじゃん? だったらさ、その人たちから昔の話を聞いてみるの!」


「昔の話……ですか?」


 楽が首を傾げる。


「うん! 昔、この街がどんな場所だったのかとか、昔は何があったのかとか!」


 鈴蘭は窓の外へ視線を向けた。


「今は当たり前になってる場所だって、昔は全然違ったかもしれないじゃん?」


「……それで?」


 東が口を挟む。


「集めて、どうするんだ?」


「え?」


「昔話を聞いたところで、何になる?」


 東は腕を組み、淡々と続ける。


「人生満喫部なんだろ? だったら、もっと他にやることがあるんじゃないのか。わざわざ時間を使ってまで、知らない人間の昔話を聞く必要があるとは思えない」


 部室の空気が、少しだけ静まった。鈴蘭は東を見つめる。


「……東くん、反対?」


「反対というより、非効率だと言っている」


 東は即答した。


「時間を使うなら、それに見合った成果が必要だ。勉強なら知識が身につく。部活動なら実績になる。だが、昔話を聞くだけでは何が残る?」


「なるほどねぇ」


 志鶴がのんびりと頷く。


「東くんらしいねぇ」


「茶化すな」


 鈴蘭は少し考えるように顎へ手を当てた。


「じゃあさ――」


 そして、ニッと笑う。


「残せばいいんじゃない?」


「……何?」


「話を聞くだけじゃなくて、集めた話を全部まとめるの!」


 鈴蘭は身振り手振りを交えながら説明する。


「昔の写真とか、思い出話とか、その人しか知らないような話とか。そういうのをいっぱい集めて、最後に一冊の冊子にするの!」


「冊子……」


「そう! 『この街の思い出アルバム』!」


 鈴蘭は机の上に手をつき、身を乗り出した。


「今の街だけじゃなくて、昔の街も残すの。だって、その人たちが話してくれなかったら、誰にも知られないまま消えちゃうかもしれないじゃん?」


 東は黙って鈴蘭を見る。


「それにさ」


 鈴蘭の声が、少しだけ穏やかになる。


「その人にとっては、ただの昔話でも、アタシたちにとっては知らない人生なんだよ」


「…………」


「知らない人の人生を聞くって、結構面白いと思わない?」


 東は返事をしなかった。地域の人間の昔話。写真。資料。それらを集め、一つの冊子にまとめる。ただの遊びにしては、やることが多い。そして何より――活動としての形は、残る。

 東は腕を組んだまま、考え込む。


「……それなら、まだ分かる」


「おっ?」


「ただ話を聞いて終わり、というなら反対だ。だが、資料を集めて整理し、成果物として残すなら話は別だ」


 鈴蘭の顔が、ぱっと明るくなる。


「じゃあ、賛成?」


「完全に賛成したわけじゃない」


「でも反対じゃない?」


「……ああ」


「よっしゃー!」


 鈴蘭が両手を上げて喜ぶ。


「じゃあ決まり! アタシたちの最初の活動は――」


 一拍置いて、満面の笑みを浮かべる。


「『この街の思い出集め』でーす!!」


「おー」


 志鶴が気のない声を上げる。


「楽しそうだねぇ」


「まあ、悪くないんじゃない?」


 楽も笑う。


「……手伝いますよ」


 亮もスマホをポケットにしまった。柚花はそんな部員たちを見渡し、小さく微笑む。


「では、決まりですね」


 東は騒がしくなった部室を見回している。「どうして俺がこんな部活に」と思いながらも、東は先ほどの鈴蘭の言葉を思い出していた。


『知らない人の人生を聞くって、結構面白いと思わない?』


「…………」


 東は小さく息を吐いた。


(……まあ、少しくらいなら付き合ってやるか)


 こうして――人生満喫部の、最初の活動が決まった。それは、ただ遊ぶだけでも、ただ勉強するだけでもない。この街に生きる人々の「人生」に触れる活動だった。

ちょっと色々と予定が入って、しばらく投稿できなくなるかも。

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