表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

僕の親友

掲載日:2026/05/14

この話はノンフィクションです。

僕には親友がいる。

いや、「いる」と現在形で言っていいのか、時々わからなくなる。それでも、少なくともあの頃の僕らは、互いを親友だと認め合っていた。言葉にして確かめたことさえある。だからこの話の中で、彼をKと呼ぶことにする。

僕には友達がいるのかどうか、実のところよく分からない。

話をするだけで友達なのだろうか。毎日顔を合わせれば友達なのか。境界線は曖昧で、春先の川霧みたいに輪郭がない。

「俺たち友達だよな」

そんな確認を、誰かとした記憶はほとんどない。けれどKだけは違った。

気が合う、というより、もっと根の深い場所が似ていた。物事を見て傷つく場所や、笑ってしまう瞬間が、妙に重なっていた。だから僕らは、無理をせずに信頼できたのだと思う。

中学三年の頃、Kは学校へ来なくなった。

いじめられていたわけではない。

ただKは、人より少し繊細だった。

ある日、教室で騒いでいたやんちゃな生徒たちに向かって、Kは小さな声で「うるさい」と漏らしたらしい。本当に、小石を落とすような小さな声だったのだと思う。けれど彼は、その一言を相手に聞かれたかもしれない、そのせいで嫌がらせを受けるかもしれない、と考え続けてしまった。

怖くなったのだ。

そして、そのまま学校へ来なくなった。

Kのクラスの担任から学校に来てないんだけど

何か知ってる?と言われた。

Kが来ていない?と思いながら知りませんと言った。

一週間が過ぎた頃、僕は思った。

まだ一週間なら、戻ってきても周りはそこまで不自然に思わないだろう、と。

だから僕はKの家へ行った。

「夜、歩きに行こう」

それだけを言った。

夜になると、Kはちゃんと家から出てきた。

ジャージ姿のまま、サンダルを引きずるみたいに歩いていた。街灯の白い光に照らされた顔は少し青く見えたけれど、思っていたより普通だった。少なくとも、僕にはそう見えて安心した。

「寒いな」

僕が言うと、Kは小さく笑った。

「もう冬やしな」

それだけだった。

僕らは住宅街を抜け、向山へ続く坂道を歩いた。

夜の町は静かで、遠くの国道を走る車の音だけが、ときどき波みたいに聞こえてきた。

自販機の前を通る。白い蛍光灯に虫が集まっていた。

「なんか飲む?」

聞くと、Kは少し迷ってからココアを押した。ガコン、と鈍い音がして缶が落ちる。

「まだあったかい」

Kはそう言いながら、両手で缶を包んでいた。

坂道を上るにつれて、だんだん息が白くなる。

僕らは別に会話が上手いわけじゃなかった。話して、少し黙って、またどうでもいいことを話した。

テレビの芸人の話とか、昔ハマっていたゲームの裏技とか。2人だけが分かるギャグで

Kは少しだけ声を出して笑った。

その笑い方を聞いて、僕は少し安心した。

学校のことは聞かなかった。

Kも、自分から話そうとはしなかった。

たぶんお互い、そこには触れないほうがいいと分かっていた。

坂を上りきると、視界が急に開けた。

町の灯りが、暗い地面に散らばっていた。

オレンジ色の光が、黒い海に浮かぶ島みたいに見えた。

僕らはしばらく黙って眺めていた。

風が吹く。

フェンスがかすかに鳴る。

Kがぽつりと言った。

「ここ、久しぶりに来た」

「前も来たな」

「中一くらいやっけ」

「そんな前か」

Kは何も言わず、缶のココアを一口飲んだ。

湯気だけが、白く夜に消えていった。

やがて卒業式の日になった。

式そのものに、Kはいなかった。

けれど式が終わり、最後の交流の時間になった頃、不意にKが現れた。

髪は長く伸びていた。

ちゃんと外へ出ていたのかさえ分からないくらい、どこか時間から取り残された姿だった。

それでも僕は嬉しくて、すぐに駆け寄った。

「写真、撮ろう」

僕らは並んで写真を撮った。

解散したあと、ふと思い出した。入学式の日にも、僕らは一緒に写真を撮っていたのだ。

家へ帰って、その頃の写真と見比べる。

背も伸びて、顔つきも変わっていた。

僕らはちゃんと大きくなっていた。

その後、僕は工業専門学校へ進学し、電車で別の町へ通うようになった。

そこで初めて知った。

Kは中学に入る頃、本当は引っ越す予定だったらしい。

けれどKは、「もう少し後にしてほしい」と親に頼んでいたという。

僕と一緒にいたかったから、と。

そして結局、Kは僕の通う学校がある町へ引っ越した。

だから今でも、連絡を取ろうと思えば取れる。

会おうと思えば、会える距離にいる。

なのに。

スマホを開いても、指が動かない。

何を送ればいいのか分からない。

今さら連絡して、何になるのかも分からない。

ただ、ときどき思い出す。

あの夜、向山から見下ろした町の灯りを。

あの時、僕らは確かに親友だった。

なら今の僕は、どうするべきなのだろう。

いまKは何してるかな…

楽しんでいたら嬉しいけど

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ