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第11章 違う温度——楽な相手と、気になる相手

診療所の業務が終わり、夕食をとっていた頃だった。


「もしかして、姫香さん?」


柔らかな声に、思わず顔を上げる。


そこには、少しふっくらとした体つきの、穏やかな雰囲気の男性が立っていた。落ち着いた色合いの衣装から、文官だとすぐに分かる。


「あ、はい」


「陳です。陸医師から話は聞いているよ」


「あ、陳さんですか」


慌てて立ち上がろうとすると、


「いいよ、いいよ。ゆっくり食べて」


と、軽く手を振られた。


「あ、すみません。でも、あと少しなので」


そう言って、残っていた食事を急いで口に運ぶ。


「結局、慌てさせちゃったな。悪いね」


「いえいえ、こちらこそ。送っていただけると聞いて、助かります」


軽く頭を下げると、陳はやわらかく笑った。


「じゃあ、帰ろうか」


「はい」


食器を下げてから、私は陳のあとに続いた。


城門を出て、乗り合いの馬車に乗り込む。夜の空気は少しひんやりしている。


馬車がゆっくりと動き出す。


「ご自宅、お師匠様の家の近くなんですか?」


「そうそう、ちょうど四軒先なんだよ。陸医師にも頼まれたし、予定が合えば送るよ。帰り道だしね」


「本当ですか、助かります」


思わずほっとした声が出る。


「じゃあ、来週、水曜日、遅くなってもいいか聞かれたら、お願いするかもしれません」


少しだけ言葉を選びながらそう言うと、


「その日は大丈夫だと思う。第四書記室にいるから、声をかけてくれれば」


と、穏やかに返ってくる。


「はい、ありがとうございます」


軽く頭を下げる。


それからは、取り留めのない話になった。


「そういえば、奥さんがそちらで薬をもらってるんだよ。喘息もちでね」


「あ、もしかして。陳 佳鈴チェン・ジャーリンさんですか。確か、娘さんが4歳になる」


「そうそう」


「娘さん、人懐っこくて、すごく可愛らしくて」


「はは、ありがとう。ただ、人見知りしなさすぎてね、誰にでもついていっちゃうからさ」


困ったように笑う。


自然と会話が続き、気を遣わせない人だなと思う。


陸先生が「人がいい」と言っていたのも、なんとなく分かる気がした。


無理に話題を探さなくても、ぽつぽつと言葉が続いていく。


――楽だな、と思う。


それなのに、ふと浮かぶのは別の顔だった。


……まあ、越さんといると、緊張するのは仕方がないのかもしれない。


あんな距離でいられたら、落ち着く方が無理だ。


小さく息を吐く。


―――――――――――――――――


「帰りました」


扉を閉めながら声をかける。


「おかえり。今日は越の送りじゃないのかい?」


机に向かっていたお師匠様が、顔も上げずに言った。


「え、あ、はい。近所に住んでいる陳さんに送っていただきました」


「あぁ、陳か」


ようやくこちらを見て、軽くうなずく。


「でも、なんで分かったんですか? 越さんじゃないって」


「馬の蹄の音がしなかったからね」


「あ、なるほど」


思わず納得してしまう。


「陳 佳鈴さんの旦那さんだったんですね。すごく話しやすい方でした」


「まぁ、陳は人がいいからね」


「それ、陸先生も言ってました」


「まぁ、越よりは話しやすいだろう」


お師匠様が、ちらりとこちらを見て、意味ありげに言う。


……絶対、からかわれてる。


「それは、まぁ。でも、越さんも良い方です」


そう言いながら、視線を少しだけ逸らす。


頬が熱くなっているのが、自分でも分かった。


「はいはい。風呂は沸いてるから、入っといで」


軽く手を振られて、会話はそれで終わった。


お師匠様に言われて、風呂の準備のために自分の部屋へ向かう。


さっき、馬車の中で考えていたことを、ふと思い出した。


来週、越さんに、もう送ってもらわなくても大丈夫だと伝えないと。


――そう決めたはずなのに。


……言えるかな、私。

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