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タイルの穴

 放課後で周りに人がいないのに、利助はいまだに教室で宿題をやり続けていた。利助の左半身は沈みつつある夕日の陽に染められている。その宿題は今日提出するものであったが、彼は昨日までそれをすっかり忘れていた。ただでさえ成績が悪いのだから、これだけでも死守しようと放課後まで残ったのである。幸い宿題を命じた茂田先生は今日は部活の顧問なので遅くまで居残るはずだ、だから総下校まで大丈夫だ、と利助は思った。

 しばらくして疲れたので、彼は周りを見渡した。窓の外を見ると今まで静かに沈んだ夕日も地平線の向こうに隠れようとしていた。空は暗くなり、教室の蛍光灯の明かりが妙にチカチカ光って見える。周りが暗くなりつつあるその教室には無論利助以外誰もいないため、ひっそりとしていた。教室の正面を覆う黒板が独りだけの彼を監視しているように思えた。教室の床は薄いタイル張りであった。ふと利助はそのタイルのうち一つが剥がれかけているのを見た。壊れているのかな、と思いつつ彼は一通り休んだのでまた宿題を再開した。


 やがて、ふうう、と利助はため息をついて鉛筆を机の上にコロロロと転がした。宿題が終わったのだ。利助は宿題を持ち、欠伸をして立ち上がり、職員室に向かった。職員室には誰もいない。ここもまたひっそりと静かにしている。利助は茂田先生の机を探し出し、そこに机を置いた。ぱふ、と宿題の紙が机を軽く叩く音がした。

 やっと帰れるなと思って利助は荷物を取りに教室に戻り、ピチパチとスイッチを押して電源を落とした。その時彼は深い紺の夜空から月があかあかと光って、剥がれかけたタイルを照らしている事に気付いた。

 利助はタイルを見つめた。そしてそのままゆっくりと歩いた。足音が鈍く響く。

 とっとっとっと。

 そのタイルには何かありそうな予感があった。彼はタイルに十分に接近するとそれを一睨みし、タイルの右端をつまみ、すっと少しだけずらした。


タイルの下は虚空で真っ暗であった。

そこから目が覗くのが見えた。


 利助はあわててタイルを元の位置に戻して後ずさりした。あたりは真っ暗で月明かりばかりが冷たく無常であった。

 なにがタイルの下にあったのだろう、と彼はむしろ気になった。ゆっくりと近づき、タイルに触れた。冷たい感触がした。その端をつまんで、少しだけ引いた。なにも覗いていなかった。また少しタイルを引いた。なにもなかった。勢い良くタイルを投げ出した。タイルの下は前と同じく虚空で真っ暗であった。手を入れた。ただの穴であった。

 穴の中には何があるのだろう。利助はタイルの穴に右足、左足の順番で入れた。やがて胴体が入り、脇を地面につけて身体を固定した。足が地面につかない。地面はあるのだろうか、と気になり、身体を顔まで下ろし、手は地面の端を掴んでいた。ただの穴なのだろうかと利助は思った。手首がぷるぷると震える。足はぶらぶらと底知れぬ穴を下に揺れている。


 足首を掴まれた。


 利助は思わず大声を上げ、力の限り穴から脱出した。あまりの事に頭がふらふらした。教室から出ようと決意して、ドアの辺りまで走った。ところがドアはだんだん小さくなり、消えた。だんだん暗くなるのを感じて窓を見ると、窓も同様だんだん小さくなって消えていた。利助は携帯電灯で明かりをつけた。そして急いでタイルをもとの位置にもどした。


 そのままタイルを見張っていた。今何時だろうか。前までは電灯で9時だと分かったが、そのうち電灯の電池が切れなにもかもが真っ暗になった。

がたん。

 突然の物音に吃驚した。利助は周りを見渡した。真っ暗の塊しか見えない。だが、やがて物音の正体が自分の体が机を押した音であることが分かり少し安心した。

 ずず。

 ほどなくして違う物音が聞こえた。いやな予感がした。利助はデジタル時計の光でなんとか周りを確かめた。

 床のタイルがずずずとずれていた。その動作は非常にゆるやかであった。やがてタイルは傾き、ずずず、ボン、と地面に滑り落ちた。穴から黒いものが現れた。それは赤く輝く瞳をもっていた。

 「・・・・・・!!」

 黒いものから手が伸び、利助の足を掴んだ。利助は必死にそれを振りほどこうとしたが、ムリであった。ずず、ずず、とゆっくり、ゆっくりと引き摺られていった。穴に引きずり込む気なのだ。利助が暴れたので机や椅子が彼の身体に倒れた。

 ずがん、がたん、どん、がたん、がたん、がたん。

 足がすこん、と下がるのを感じた。ああ。あのタイルの穴に入ったのだ。そのままずりずりと膝が穴のふちに擦られた。足が入り、上半身だけが地上に出ていた。彼は地面にしがみ付いていた。たとえからだの上下が分かれようとも引き摺られてたまるものか。

 その時ぐいっと強く引っ張られ、たちまち利助の全身は穴の中に入った。彼はどこまでもはてしない暗黒の奈落に落ち続けた。どこまでもどこまでも落ち続けた。彼の姿はやがて小さくなり消えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いったいどこに繋がっているんでしょう・・・・・・すごくコワイですね,日常にいきなり現れると
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