第29話 緊急避難命令と聖女の真の願い
神殿の聖女の部屋が襲撃された事件は、街全体に大きな衝撃を与えた。幸い、負傷者は軽傷のみで済んだが、神殿の権威は地に落ちた。
神殿長は、俺たちの能力を狙う『均衡の守護者』の存在を重く見た。
「聖女リリアと、その騎士ユウト。貴君たちの能力が、街に災いを呼んでいるのは事実だ」
神殿長は、俺とリリアを前に、苦渋の決断を下した。
「神殿長として、これ以上の危険を冒すわけにはいかない。貴君たちには、一時的に『ルーメンの街』を離れてもらう。目的は、隣国『エルダリア王国』の王都にある大聖堂への『緊急避難』だ」
隣国への避難。それは、リリアの公的な支配を、公の監視下から解放することを意味していた。
「リリア。貴君の『聖女』としての権威は、隣国でも変わらない。しかし、向こうでは、ユウトの騎士としての義務を、神殿の厳格なルールではなく、貴君の裁量で決定してもらうことになる」
つまり、リリアは絶対的な支配者という立場から、俺の成長と安全という二律背反を、自分自身の判断で解決しなければならないという、重い責任を負うことになったのだ。
カエデは不敵に笑った。「ハッ!シスターの鎖が緩むってわけか。隣国なら、俺たちの訓練もやりたい放題だぜ!」
ルナも静かに喜色を浮かべた。「隣国には、この国にはない古代の遺跡や、強力な魔導士のギルドがある。ユウトの能力をさらに高める絶好の機会よ」
リリアは、神殿長の前でうなずいたが、その表情は複雑だった。彼女は、俺を失うかもしれない不安と、俺の自由を制限する必要がなくなることへの微かな喜びを感じていた。
避難の旅は、極秘裏に始まった。俺、リリア、カエデ、ルナの四人のみで、馬車に乗って国境を目指す。
道中、カエデとルナは、隣国での俺の能力開発計画について、熱心に議論していた。
「雷のスキルを、俺の炎と複合させれば、雷鳴の炎弾という最強の遠距離スキルができるぜ!」カエデが興奮気味に言う。
「待ちなさい。雷光加速は、まず私の氷属性と複合させ、思考速度のさらなる向上に使うべきよ。そうすれば、全ての魔物の行動を予見できるようになるわ」ルナが反論する。
俺は二人の熱い議論を聞きながら、隣で静かに座っているリリアを見た。彼女は、何も言わなかった。
夜になり、馬車を降りて野営の準備をする。カエデとルナが先に火を熾しに行った隙に、リリアは俺を呼んだ。
「ユウトさん、少し、二人きりで話せますか」
リリアは、焚き火の光の中で、俺に背を向けた。
「神殿の厳格なルールから解放されれば、私は貴方の『専属の騎士』としての義務を、解除することができます」
俺は驚いた。「リリアさん…それは」
「貴方は、私を守るために、安全な道ではなく、最も強い道を選びました。貴方の力は、私を安息させるだけでなく、私を戦慄させます」
リリアは、涙ぐみながら、ようやく本心を打ち明けた。
「私の真の願いは、貴方を安全な場所に閉じ込めることではありませんでした。私の真の願いは…」
リリアは振り返り、俺の胸に両手をそっと置いた。
「私の真の願いは、貴方が、この世界で誰よりも、私を『必要』としてくれることです。貴方の強さが、私を守るためだけに、存在してほしいのです」
リリアの愛は、支配ではなく、絶対的な『必要性』を求めていた。彼女は、俺のチート能力を自分の存在意義と結びつけることでしか、この恐ろしい力を受け入れられなかったのだ。
俺は、リリアの悲痛な願いを理解した。彼女は、最強の力を得た俺にとって、最も必要な存在でありたいと願っている。
俺は優しくリリアを抱きしめた。
「リリアさん、僕にとって、貴方の光の魔力は、命の源です。そして、貴方の愛は、僕が暴走しないための、唯一の鎖です」
「貴方は、僕が最も必要とする人です。この旅で、それを証明させてください。僕の力は、必ず貴方のための、最強の盾になります」
俺の言葉に、リリアは深くうなずき、安堵したように俺の肩に顔を埋めた。
こうして、俺と三人のヒロインとの旅は、公の監視から離れ、個人の愛と願いが試される、新たな舞台へと進んだのだった。




