第18話 地下迷宮の安息と聖女の紋章
俺たちは、騎士団の追跡を逃れるため、『ルーメンの街』の地下に広がる『旧市街』へと身を隠した。
旧市街は、街が現在の規模になる前に使われていた地下通路や、違法な商人、正規の冒険者が避けるような危険な魔物が潜む、暗く湿った迷宮だ。
「フン、まさか神殿の聖女の専属補佐官が、こんな場所で息を潜めることになるとはね」
カエデは皮肉交じりに笑い、周囲を警戒しながら先頭を進む。彼女の剣には、炎の魔力が微かに宿り、闇を照らしていた。
「リリアの結界の弱点を、あんなにも正確に教えてくれた。あのシスターは、最後まで私たちを裏切らなかったわ」ルナは冷静に状況を分析していた。彼女は、この旧市街の古い魔力構造を調べ、安全な隠れ場所を探し当てていた。
「リリアさんは…僕を愛しているからこそ、僕の力を制限しようとした。そして、僕が危険に晒されるくらいなら、自分の職務(聖女としての役割)を裏切ることを選んだんです」
俺は、首元にあるリリアからもらった光の紋章のペンダントを強く握りしめた。彼女の悲痛な決断が、俺の胸を締め付ける。
「愛ねぇ…面倒くせえな」カエデは吐き捨てるように言ったが、その表情には、俺とリリアの強い繋がりに対する、わずかな嫉妬が垣間見えた。
ルナが見つけた隠れ家は、旧市街のさらに深い場所に存在する、古代の石造りの広間だった。ここでなら、神殿の騎士団が使う光属性の探知魔法も届かない。
ルナは広間の中心で、魔力の流れを調整し始めた。
「当面、ここは安全よ。ユウト、カエデ。ここ数日の戦闘で、魔力回路に負荷がかかっている。瞑想して魔力を落ち着かせなさい」
カエデは、ルナに促されるまま、俺の横に座り込み、目を閉じた。すぐに眠りについたようで、その呼吸は荒く、激しい戦いの疲れを物語っていた。
俺も目を閉じ、瞑想に入った。脳内で、『魔力演算』が自動的に稼働し、七つのスキルがバランスよく整えられていくのを感じる。
その時、ルナが静かに俺の隣に移動し、俺の右手を取った。
「…ユウト。神殿騎士団との戦闘で、貴方は光のスキルを使って結界を破った。闇のスキルで攻撃を弾きながら、ね」
ルナの指先が、俺の光のスキルをコピーした手の甲の紋章をそっと撫でる。
「私の計算によると、貴方は今、光と闇の魔力属性を同時に扱える唯一の存在よ。だが、その力のバランスは極めて不安定。少しでも制御を間違えれば、光と闇の反発で貴方自身が崩壊する」
彼女の冷たい口調には、俺の身を案じる真剣な感情が込められていた。ルナは、俺の能力を『傑作』としてだけでなく、『壊れやすいもの』としても見ている。
「私が、貴方の魔力制御を完璧にしてあげる。この旧市街で、闇と光を共存させる、私だけの訓練に付き合いなさい」
ルナの指導は、俺の能力を完成させたいという研究心と、俺を独占したいという強い欲求に基づいていた。
訓練が始まろうとしたその時、広間の奥の壁が、不自然な音を立てて崩れた。
ドォン!
壁の向こう側から現れたのは、闇属性の魔物でも、神殿騎士でもなかった。
全身に黒いレザーアーマーを纏い、顔の半分を仮面で隠した、三人組の男女だ。彼らの身に纏う魔力は、神殿騎士とは異なる、より冷徹で、殺意に満ちたものだった。
「…やはり、いたか、『模倣者』」
リーダー格の男が、低い声で言った。
「我々は、『世界の均衡を護る者』。お前の能力は、世界の法則を乱す『異物』だ。これ以上、勝手な進化を遂げられるわけにはいかない」
男は、腕に仕込まれた短剣のような武器を構えた。その動きは、カエデの『超速物理強化』に匹敵する、常識外れの速度だ。
「ユウト!新しい敵よ!神殿騎士とは違う…第三勢力だわ!」ルナが警戒を強めた。
俺の胸ポケットにあるリリアのペンダントが、微かに温かい光を放ち始めた。それは、リリアが遠隔で俺の生命力の危機を察知した証拠だった。
神殿騎士団との戦いに続き、俺のチート能力を狙う、新たな敵の出現。俺の異世界での逃亡劇は、さらに激しさを増すことになる。




