第78章
――総の白の布達を終えた夜明け前。
総鈴塔地下の図室。白い盤に**北窯場・塩門・北大路の三角が描かれ、各頂に小さな鏡鈴**が据えられている。
わたし――アリアは扇子の骨でとん。――基準の音。
「“冠の白”は三位同時。
一、『北窯場』――栄鈴・油煙粉・塩灰混入の事実三行→宣言→造。
二、『塩門』――越鈴・免鈴・通札後貼りの事実三行→宣言→関。
三、『北大路』――途鈴・標札先貼り・行鎖抜節の事実三行→宣言→行。
**三位同拍で“ちりん”**を合わせる」
レティシアは静かに頷き、細い指で塩門の鏡鈴を撫でる。
「ここは私が行くわ。号笛(前進三/停止一)で帯を刻む」
ウォルフラム公爵は無言で北窯場の鎖印に印刀を落とす――ことり。
「**火律**は私が持つ。炉を澄ませる」
ユリウス殿下は三つの鏡鈴の間に縁文字の白線を引き、わたしの方を見る。
「北大路は、君と私が行く。二人同時・一拍で三角を閉じる」
胸が、三拍。素直に揃う。
殿下がわたしの作業指環の向きを一拍・二拍・三拍で整え、襟をそっと上げる。
「解けていた」
「……はい。始めましょう」
* * *
三位同拍・準備。
鏡鈴三口へ、わたしは拾鈴の一拍の沈黙を順に宿す。
藻ヨードが小さく藍に咲き、白線が薄く脈打つ。
蒼印商会のサミュエル卿が箱を押して現れ、帽子を上げた。
「三位連絡鈴。遅延一拍補正と二度鳴り分離が可能。式公開・価格掲示だ」
「採用します。――帯の内で、速く、静かに」
朱が入る。
(……あなたはいつも間に合う。灰冠は内にも外にも“友”がいると言った。――疑いは脇に置く。いまは拍だ)
* * *
北窯場(父・ウォルフラム公爵)。
夜露の石畳、炉口から栄鈴が長鳴りを引く。
父は鎖をひゅと走らせ、梁の偏心錘をことりと落とす。
「事実三行――①栄鈴長鳴り②塩灰混入③油煙粉。宣言――偽り無し」
鏡鈴がわずかに鳴る。ち。
火律の札が捲られ、熾→熔→冷の三拍が炉へ戻る。
(父、あなたの三拍は、いつも短・短・短で迷いがない)
* * *
塩門(母・レティシア)。
海風に塩の香り。越鈴が梁裏で二度鳴りし、免鈴が門の影で長鳴り。
レティシアは号笛をきりりと落とす。
「事実三行――①越鈴②免鈴③通札後貼り。宣言――偽り無し」
関務卓で二色封――ぎゅ、こと。
外→関→内の一拍遅れが戻り、帯が静かに流れだす。
鏡鈴がわずかに鳴る。り。
(母、あなたの三拍は、前進三/停止一の律そのもの)
* * *
北大路(わたしとユリウス殿下)。
石畳に朝の影。途鈴が里程杭の根で長鳴り、標札には里先貼り、行鎖は抜節でよれている。
わたしは扇子の骨でとん。――基準の音。
「事実三行――①途鈴長鳴り②標札先貼り③行鎖抜節。宣言――偽り無し」
藻ヨード――藍。
殿下が縁文字で白線を引き、門→関→宿を繋ぎ直す。
「二人同時・一拍で受け」
鏡鈴がわずかに鳴る。ん。
ち・り・ん――。
三位の微鈴が、遠くでひとつに重なった。
* * *
だが、その一拍の底で――灰粉が舞った。
北窯場の煙に塩晶が混ざり、塩門の風に路砂が混じり、北大路の影には雲母が微かに光る。
白線がわずかに遅れる。一拍分の遅延膠。
噂鈴――警一。
「“三角は偽! 北で火事、門で疫、道で落橋!”」
群の肩がざわめく。
わたしは拾鈴で一拍の沈黙を置き、三方向の遅延膠の筋を浮かせる。
「遅れは“塗り”――塩灰・雲母・路砂。三つとも“灰冠の調合**”」
ユリウス殿下が短く頷く。
「分解する。三位分離――私が塩、君が雲母、鏡鈴に路を割り当てる」
殿下の指が白線に触れる。周・律・呂の三角がわずかに回転し、塩の筋が塔へ戻る。
わたしは扇子の骨でとん、雲母を藍に沈め、路の粉は鏡鈴に吸わせて二色封で封ずる――ぎゅ、こと。
遅延が、解けた。
* * *
北窯場――炉鈴が短・短・短。
父の低い声。
「熾→熔→冷、維持」
塩門――関鈴が短・短・短。
レティシアの号笛。
「外→関→内、維持」
北大路――道鈴が短・短・短。
わたしは途鈴の逆目を撫で直し、標札の里を書き戻す。
行鎖がかちゃんと噛み合う。
三位同拍――ちりん。
今度は遅れ無しで重なった。
* * *
灰冠は、それでも笑った。
北大路の家並の陰、灰色の外套が灰の冠を手の甲で弄ぶ。
顔は見えない。灰粉が光を削る。
「沈黙で拾い、鈴で結ぶ娘。……アリア。君の一拍は美しい。ならば――奪ってみよう」
無鈴帯――ばさり。
狭い路地へ、黒い布が落とされる。
道鈴が、黙る。
わたしは一歩、踏み出した。
「涙前置禁止。事実三行――①無鈴帯②冠粉(塩・雲母・路砂)③合図の影鈴。……宣言――偽り無し」
扇子の骨でとん。一拍の沈黙。
藻ヨードが路地の粉を藍に咲かせ、冠粉の**比**が現れる。
「塩三・雲母一・路砂二。……塩門の粉、強い」
レティシアの号笛が遠くから返る。
「受けた。――塩を私が。路は父が。雲母をあなたが落としなさい」
ウォルフラム公爵の鎖が短く鳴る――ことり。
「路、引く」
二人同時・一拍。
ユリウス殿下が縁文字で塩の筋を切り離す。
わたしは雲母へ拾鈴を落とし、藍に沈める。
路の筋は、遠く父の鎖へ吸い込まれる。
無鈴帯が、ほどけた。
道鈴が――ちりん。
影の外套は、灰の冠を掲げる。
「三位に勝れど、冠は“四”。総の上に冠がある。君の最後の一拍――ここで貰おう」
灰粉が渦を巻き、冠の縁に**黒い欠け印**が見えた。
(欠け印……蘭の香り。――偽造の印)
わたしは二色封を掲げる。
「反偽報台。掲示――ぎゅ、こと。
冠の欠け印裏、蘭、黒縁。……宣言――あなたの冠は偽」
噂鈴が遠のき、朝帯の風が戻る。
影の外套は灰の冠をくるりと回し、低く笑った。
「偽で足りる。本物は、塔にある」
灰がばさと舞い、影は屋根伝いに消えた。
* * *
鏡面・三位報。
書記が駆け寄り、鏡面板を掲げる。
事実三行(三位)――
①北窯場:栄鈴長鳴り・塩灰・油煙粉
②塩門:越鈴・免鈴・通札後貼り
③北大路:途鈴長鳴り・標札先貼り・行鎖抜節
遅延膠(三種混合)を分解。無鈴帯を解除。
「――宣言、偽り無し。冠の白・第一次は**“澄”**へ」
道鈴が短・短・短。
遠く、炉鈴・関鈴も同じ三拍で応えた。
* * *
路端・小さな休み。
影の去った屋根の上、灰がわずかに舞う。
ユリウス殿下が、わたしの作業指環を一拍・二拍・三拍で直し、指をそのまま絡める。
距離が、もっと近い。
「解けていた。……君の拍に、私の拍を合わせたい」
胸が三拍。今度は殿下の息と同じ拍で、静かに鳴った。
(終曲まで――あと二拍)
「本物の冠は塔にある」――影の言葉が耳の後ろでまだ冷たい。
総鈴塔の上、冠が黙っているのなら――次は、塔だ。
夕刻、道標の根で小筒がことり。
二色封――正規。桂皮と柑橘、青はラピス。
紙には、短い文。
『第一次は澄。
第二次――塔上にて“冠鈴”を外せ。
朝・昼・暮の三帯を合わせ、**“四拍目”**を鳴らせ。
――灰冠の“友”』
わたしは紙片を印影台帳に貼り、息を整える。
レティシアの号笛が遠くで短く鳴り、ウォルフラム公爵の鎖がことり。
ユリウス殿下が手を差し出す。
「塔へ」
「承ります。――“事実三行→宣言→冠」
(“鈴殺し”と嘲られた指先で、三位を合わせた。
残るは――塔の冠。最後の二章で、都の四拍目を鳴らす)