第77章
――関の白を整えた翌朝。
王都中央、総鈴塔。白石の塔は朝光を返すが、総鈴は沈黙し、広場の朝帯が前進三を忘れて渦を巻いていた。噴水の縁では噂鈴が警一を打ち、「配の遅延」「税の再徴」と嘘札が貼り増しされている。
わたし――アリアは扇子の骨でとん。――基準の音。
「本日の“総の白”は四点。
一、『総鈴』――舌根封・鈴封・座封、起し・働き・鎮みの三拍。二度鳴り・遅延膠は濁り。
二、『白札』――域・鈴・帯・掲の四行、半券噛合と小連判必須。二色封・香水紋(白百合/桂皮/柑橘)・波縁刻・欠け印。
三、『拍鎖』――各域の鈴を祭→宮→裁→税→配→医→工→学→道→関→総で継ぎ札、逆流・抜節を禁ず。
四、『総律』――朝帯・昼帯・暮帯の三帯を前進三/停止一で巡らせる。涙前置禁止、“事実三行→宣言→総」。――順に“公開”します」
ユリウス殿下が外套の裾を払って一歩。
「事実を先に。……涙はあとでだ」
* * *
総鈴・公開検。
鈴舌は重く、座裏に灰蝋、肩に蘭、梁に偏心錘――見飽きた細工。
事実三行――①灰蝋座封②蘭上書③偏心錘。
反偽報台に二色封。
わたしは拾鈴――一拍の沈黙で濁りの筋を浮かせ、藻ヨードで藍に咲かせて削ぐ。座封をぴたり、錘を外す。
ユリウス殿下と視線を合わせ――一拍。
総鈴――ちりん。
起→働→鎮の三拍が広場を渡り、荷車と人の肩が半音、落ちついた。
灰粉を纏った外套の連中が舌打ちを飲み込み、鼻で笑う。
「沈黙こそ礼。都は涙で動く。鈴はいらぬ」
噂鈴――警一。出所空白・小連判無し。
掲示。ぎゅ、こと。
囁きが一段、しぼむ。
* * *
白札・“帯”の後貼り。
塔下の卓で白札を改める。
香水紋――良。波縁刻――噛み合う。
――束に耳の違う一枚。
帯の行が上貼りで昼帯→朝帯に改められ、欠け印が裏、香りは蘭。
(配・税の時間を前倒しに見せ、朝帯を詰まらせる手)
掲示。二色封――ぎゅ、こと。
書記が「病の子が――」と出しかけるのを、殿下が短く断つ。
「涙前置禁止。――事実三行→宣言」
①上貼り②欠け印裏③蘭。
宣言――偽り無し。半券と小連判を揃え、帯を書き戻す。
小鈴――ちりん。
日の巡りが、音で水平になった。
* * *
拍鎖・抜節。
祭→宮→裁→税→配→医→工→学→道→関→総。
継ぎ札をかちゃん、かちゃんと噛み合わせると――一綴りだけ半目。
道→関を飛ばし、学→総を直結。総の封に薄鉛板、香りは蘭。
(往来の検めを抜き、見せ重で都の正当を飾る)
藻ヨード――藍。
ユリウス殿下が白線で鎖の路を引き直す。
「抜節を禁ず。“域→域→域”は一拍遅れで受け」
小鈴――ちりん。
各域の小鈴が、遠くで順に答えた。
* * *
総律・帯の乱れ。
昼帯の角で油煙粉が走り、朝帯が逆流。
母・レティシアの号笛(前進三/停止一)が塔上の欄からきりりと落ちる。
「“事実三行→宣言→総”。泣きは歩きながらで間に合うわ」
①油煙粉②帯後貼り③無鈴帯。
掲示。二色封――ぎゅ、こと。
朝・昼・暮が前進三/停止一に整う。
続けて――父・ウォルフラム公爵の鎖がひゅと走り、塔梁の偏心錘を石へことり。
「解けていた」
父はそのまま、わたしの外套の細紐を一拍・二拍・三拍で結び直す。
胸が三拍、素直に揃う。
ユリウス殿下はわずかに身を寄せ、わたしの作業指環の向きを一拍・二拍・三拍で整える。
「解けていた」
(指先が触れる一拍。――二人同時・一拍)
* * *
危急――“合鈴”の三重長鳴り。
塔の腹に仕込まれた薄小鈴が三つ――影鈴・越鈴・哀鈴。
総鈴の拍に長鳴りを三重で重ね、二度鳴りで**「非常・越権・臨終」を一度に偽装する合鈴の細工。
同時に灰粉の影が無鈴帯で鈴口を覆い、角から閃光粉**。
――拾鈴。
わたしは一拍の沈黙を置き、三つの音路を周・律・呂に分けて浮かせ、藍へ一つずつ沈める。鈴封の逆目を撫で直す。
レティシアが号笛で朝・昼・暮の帯を切り分け、ウォルフラム公爵が塔腹の合鈴をことり・ことり・ことりと落とす。
ユリウス殿下は縁文字で鎮音の白線を三角に置き、拍を閉じる。
(十八年前と同じ拍。――いまは、わたしが一拍の沈黙を置く番)
総鈴へ、殿下と視線を合わせ――一拍。
ちりん。
起→働→鎮。
広場の息が戻り、噴水の水面が短・短・短で細かく揺れた。
塔陰で、小さく。
「……ざまぁ」
(今日の“ざまぁ”は小さくていい。都の拍が戻るなら)
* * *
鏡面・総告。
書記が鏡面板を掲げる。
事実三行――
①白札:帯上貼り・欠け印裏・蘭
②拍鎖:抜節・薄鉛板・蘭
③総鈴:灰蝋座封・偏心錘・合鈴(三重)
「――宣言、偽り無し。涙前置禁止。総は**“白”へ」
総鈴が短・短・短**。
塔前の空気が軽くなる。
* * *
仮布達――「総印・臨」。
壇で、ユリウス殿下が短く布する。
「一、総鈴は舌根・鈴・座の三封、“起→働→鎮”で運用。二度鳴り・遅延膠・偏心錘・合鈴・黙錠は掲示。
二、白札は域・鈴・帯・掲の四行、半券噛合と小連判。上貼り・先貼り・欠け印裏・蘭を禁ず。
三、拍鎖は**“祭→宮→裁→税→配→医→工→学→道→関→総”の継ぎ札**、抜節・逆流を排し、一拍遅れで受け。
四、総律は朝・昼・暮を前進三/停止一で巡らせ、無鈴帯を排す。
付則――灰混じり粉末(路灰・窯煤・塩灰)の大量持込を“総域”で禁ず」
小鈴――ちりん。
そこへ蒼印商会サミュエル卿が、標準箱を積んだ台車で現れ、帽子を上げる。
「齒合わせ総鈴枠、白札箱(半券・小連判付)、拍鎖簿(域→域→域)、総律標(朝・昼・暮)、合鈴検出灯――式公開・価格掲示で即納可能」
「採用します。――帯の内で、速く、静かに」
朱が入る。
サミュエルは目尻を細め、「“都の拍”が合えば、君たちの拍も見える」と囁いた。
(……見える?)
* * *
塔裏・小さな休み。
鐘銅の匂い。
ユリウス殿下が、わたしの作業指環を一拍・二拍・三拍で整え、襟をそっと上げる。
距離が近い。
「解けていた」
胸が三拍、素直に揃う。
「……殿下。総は澄みました。けれど、灰はまだ混ざる。路・窯・塩――灰冠はどこで拍を壊す気でしょう」
殿下は旅鈴の**縁文字**を軽く叩き、低く答える。
「終わりではない。始まりの手前だ。……冠の白を、見に行こう」
* * *
夕刻、塔脚の影で小筒がことり。
二色封――正規。桂皮と柑橘、青はラピス。封の縁には雲母と塩晶、さらに細い路砂が混ざる。
紙には、短い文。
『総は白へ――半ば。
最後は“冠の白”。
北窯場・塩門・北大路――三つの拍を同時に鳴らし、冠を外せ。
――灰冠の“友”』
わたしは紙片を印影台帳へ貼る。
総鈴が短・短・短で本日の**下**を告げる。
レティシアは灰粉の瓶を掲げ、「三種の灰、濃度が上がっている」と眉を寄せ、ウォルフラム公爵は鎖を鳴らして短く言う。
「三所同時――拍を割く企みだ」
ユリウス殿下が手を差し出す。
「二人同時・一拍で行こう。……君と私の総を、合わせるために」
「承ります。――“事実三行→宣言→冠」
(**“鈴殺し”**と嘲られた指先で、都の拍を一つにした。
残るは――冠。終曲まで、あと三拍)