第76章
――道の白を整えた翌朝。
王都北辺、関務庁・外関。石門の顎に掛かる関鈴は沈黙し、外帯と内帯が互いに呑み合うように渦を巻いていた。砂除け溝には灰がうっすら、掲示台には「臨時閉鎖」「徴貨増」の札。遠巻きに噂鈴が警一を打ち、旅人の息が荒い。
わたし――アリアは扇子の骨でとん。――基準の音。
「本日の“関の白”は四点。
一、『関鈴』――舌根封・鈴封・座封、入関・検・通過の三拍。二度鳴り・遅延膠は濁り。
二、『通札』――外・名・荷・期の四行、半券噛合と小連判必須。二色封・香水紋(白百合/桂皮/柑橘)・波縁刻・欠け印。
三、『境鎖』――外→関→内の継ぎ札、逆流・抜節を禁ず。
四、『境律』――外帯・検帯・内帯の三帯を前進三/停止一で巡らせる。涙前置禁止、“事実三行→宣言→関”。――順に“公開”します」
ユリウス殿下が外套の裾を払って一歩前へ。
「事実を先に。……涙はあとでだ」
* * *
関鈴・公開検。
鈴舌は重く、座裏に灰蝋、肩に蘭、梁に偏心錘――見飽きた細工。
事実三行――①灰蝋座封②蘭上書③偏心錘。
反偽報台に二色封を打つ。
わたしは拾鈴――一拍の沈黙で濁りの筋を浮かせ、藻ヨードで藍に咲かせて削ぐ。座封をぴたり、錘を外す。
ユリウス殿下と視線を合わせ――一拍。
関鈴――ちりん。
入関→検→通過の三拍が石門を抜け、隊列の肩が半音、落ち着く。
門陰で灰の付いた外套の連中が鼻で笑う。
「沈黙こそ礼。境は涙で開け、声で閉じよ。鈴はいらぬ」
噂鈴――警一。出所空白・小連判無し。
掲示。ぎゅ、こと。
囁きが一段しぼむ。
* * *
通札・“荷”の後貼り。
関務卓で通札の束を改める。
香水紋――良。波縁刻――噛み合う。
――束に耳の違う一枚。
荷の行が上貼りで医薬品に化け、欠け印が裏、香りが蘭。
(雑貨を医薬品に見せ、検帯を素通りさせる手)
掲示。二色封――ぎゅ、こと。
役夫が「病の子が」と口を開きかけるのを、殿下が短く断つ。
「涙前置禁止。――事実三行→宣言」
①上貼り②欠け印裏③蘭。
宣言――偽り無し。半券と小連判を揃え、荷を書き戻す。
小鈴――ちりん。
荷車の軋みが真ん中で止まった。
* * *
境鎖・抜節。
外→関→内の継ぎ札をかちゃん、かちゃんと噛み合わせる。
――一綴りだけ半目。
関を飛ばして外→内を直結、内の封に薄鉛板。香りは蘭。
(検めの責を抜き、見せ重で通過の権を飾る)
藻ヨード――藍。
ユリウス殿下が白線で境の路を引き直す。
「抜節を禁ず。“外→関→内”の一拍遅れで受け」
小鈴――ちりん。
列の呼吸がそろった。
* * *
境律・帯の乱れ。
検帯の角で油煙粉が走り、外帯が逆流。
母・レティシアの号笛(前進三/停止一)が関楼の高窓からきりりと落ちる。
「“事実三行→宣言→関”。泣きは歩きながらで間に合うわ」
①油煙粉②荷後貼り③無鈴帯。
掲示。二色封――ぎゅ、こと。
帯が前進三/停止一へ戻る。
すぐさま――父・ウォルフラム公爵の鎖がひゅと走り、関門梁の偏心錘を石へことり。
「解けていた」
父はそのまま、わたしの外套の細紐を一拍・二拍・三拍で結び直す。
胸が三拍、素直にそろう。
ユリウス殿下はわずかに身を寄せ、わたしの作業指環の向きを一拍・二拍・三拍で整えた。
「解けていた」
(指先が触れる一拍。――二人同時・一拍)
* * *
危急――“越え鈴”偽装。
石門の楣の裏に薄小鈴――越鈴が仕込まれ、関鈴の拍に長鳴りを重ねて**「関越許可」を偽装、二度鳴りで人馬を押し流す仕掛け。
同時に灰を被った影が無鈴帯で鈴口を覆い、角から閃光粉**。
――拾鈴。
わたしは一拍の沈黙を置き、長鳴りの音路を浮かせて藍に沈め、鈴封の逆目を撫で直す。
レティシアが号笛で外帯・検帯・内帯を切り分け、ウォルフラム公爵が楣裏の越鈴をことりと落とす。
ユリウス殿下は縁文字で鎮音の白線を置き、掲示台に事実三行を刻む。
(十八年前と同じ拍。――いまは、わたしが一拍の沈黙を置く番)
関鈴へ、殿下と視線を合わせ――一拍。
ちりん。
入関→検→通過。
外と内の息が、ゆっくり入れ替わる。
門の影で、小さく。
「……ざまぁ」
(今日の“ざまぁ”は小さくていい。境の拍が戻るなら)
* * *
鏡面・関告。
書記が鏡面板を掲げた。
事実三行――
①通札:荷上貼り・欠け印裏・蘭
②境鎖:抜節・薄鉛板・蘭
③関鈴:灰蝋座封・偏心錘・越鈴
「――宣言、偽り無し。涙前置禁止。関は**“白”へ」
関鈴が短・短・短**。
人馬の影が整列し、砂塵が低くなった。
* * *
仮布達――「関印・臨」。
壇で、ユリウス殿下が短く布する。
「一、関鈴は舌根・鈴・座の三封、“入関→検→通過”で運用。二度鳴り・遅延膠・偏心錘・越鈴・黙錠は掲示。
二、通札は外・名・荷・期の四行、半券噛合と小連判。上貼り・借印・欠け印裏・蘭を禁ず。
三、境鎖は**“外→関→内”の継ぎ札**、抜節・逆流を排し、一拍遅れで受け。
四、境律は外帯・検帯・内帯の三帯を前進三/停止一で巡らせ、無鈴帯を排す。
付則――灰混じり粉末(路灰・窯煤・塩灰)の持込を“関域”で禁ず」
小鈴――ちりん。
外関の空気が軽くなる。
そこへ蒼印商会サミュエル卿が、関箱を積んだ台車で現れ、帽子を上げる。
「齒合わせ関鈴枠、通札箱(半券・小連判付)、境鎖標(外→関→内)、境律標(外・検・内)、越鈴検出灯、灰粉鑑別瓶――式公開・価格掲示で即納可能」
「採用します。――帯の内で、速く、静かに」
朱が入る。
サミュエルは目尻を細め、「“澄んだ境”は街の心拍を乱さない」と囁いた。
* * *
関楼裏・小さな休み。
風が砂を撫で、遠鈴がひとつ。
ユリウス殿下が、わたしの作業指環を一拍・二拍・三拍で整え、肩の外套をそっと直す。
距離が近い。
「解けていた」
胸が三拍、素直に揃う。
レティシアが灰受け盆を差し出した。
「この灰、**雲母**が混じるわ。窯場の灰に塩灰――塩門経由の品ね」
ウォルフラム公爵は盆の縁を指で弾き、低く言う。
「路・窯・塩。三つの灰が同じ手で混ざった。内にも外にも“友”がいる」
(灰冠は境で息をする。門が澄めば、次は――)
* * *
夕刻、門柱の陰で小筒がことり。
二色封――正規。桂皮と柑橘、青はラピス。封の縁に**雲母と塩晶**が小さく光る。
紙には、短い文。
『関は白へ――良し。
次は“総の白”。
総鈴・白札・拍鎖――都の拍を一つに澄ませよ。
――灰冠の“友”』
わたしは紙片を印影台帳へ貼る。
関鈴が短・短・短で本日の下を告げ、外関の影が細く伸びた。
ユリウス殿下は旅鈴の縁文字を指で叩き、笑みを薄く刻む。
「終曲だ。都の拍を、一つに」
「承ります。――“事実三行→宣言→総」
(**“鈴殺し”**と嘲られた指先で、外と内の拍を結べた。
ざまぁは――総の白で、全部まとめて)