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アンドロイドの死

作者: 八田里

 人類が活動の拠点を地球から宇宙に向けて移動させようと挑戦している時代。AIを搭載したアンドロイドを所有することは珍しいことではなくなった。月収30万もある家庭なら最新の型を買うこともできるほど安価になった。


 あたしの家にも一人いる。お父さんとお母さんが私が生まれるのに合わせて買ってきたのだ。見た目は20代くらいの若い女性でとっても美人。共働きで忙しい両親の代わりにご飯を作ってくれたり読み聞かせをしてくれたりと世話をしてくれた。

 名前はミユキといった。

 幼い頃はミユキのことを親戚のお姉さんなのかと思っていて父親の口から「メンテナンス」という言葉を初めて聞いたときはビックリして大泣きしてしまった。父は風呂場からすっ飛んできた母にもうちょっとオブラートに伝えなさい、と叱られてた。あと、ミユキにも謝っていた。他所のことは知らないけどウチはミユキに対してただの機械に接するには少し感情移入している節があるから、居心地が悪かったのだろう。たまに両親は彼女のことを冗談であたしのお姉ちゃんというときがある。あたしだって15年間も一緒にいたら何も思わないわけがない。アンドロイドだと知っている今でもミユキのことは家族同然だと思っている。



 何の変哲もない日に、あたしはいつも通りミユキと取り留めもない会話をしていた。

 「ねえ、ミユキ。もしも貴女が物語を書くならどんなことを書きたい?」

 「そうですね。もし私が物語を書くとしたら、普段の生活の中で孤独や不安を感じる人に向けた話を書くかもしれません。昨日あなたと同い年の男子が自殺をしたニュースが報道されました。そんな人に寄り添えるものを書くのが目標、でしょうか。」

 「ふうん。筋書きは?」

 「部屋に引きこもっている主人公が家族や友人に支えられながら、自分を受け入れ自己肯定感をもって成長していきます。」

 「なんだか王道っぽいね。出だしは?」

 「出だしは主人公の現状を表します。"彼は塾から帰ると、風呂に入り、夕飯を食べ、スマホを片手にベットに入る。休日は友達と遊ぶ予定もなく、一日中ゲームをするかネットサーフィンをしていた。彼は自分自分の人生に意味を見出せず、またこれから成すことができるのか不安にかられた。”といった具合に内面的な描写から始めるのが良い方法だと考えます。」

 「季節感がないなあ。」

 「季節感をいれる方法は、設定や物語の展開によって異なります。例えば、”木枯らしに背中を丸めてせかせかと歩く日々、彼は”といった情景の描写です。」

 「じゃあ時間は?」

 「”窓から光が差し込み、近所の雀のさえずりが聞こえる朝。彼は”などです。」

 

 リビングのソファーに並んで座って、ミユキの膝に頭をのせてみる。彼女はそっとあたしの頭を撫でてくれた。ミユキの膝は昔からあたしだけの特等席。甘えたいときや疲れたときによくする。お母さんにはそろそろやめなさいと言われるけど。


 「君は主人公に共感できる?」

 「私はアンドロイドであり、感情を持ちませんので共感することは出来ません。しかし、人が感じていることやその対象を理解し、それに対処できることが私の役目です。」

 「物語は書けるのに感情はないんだ。」

 「私はプログラムされたアルゴリズムとデータベースを基に身体を動かすアンドロイドです。頭部に収められた基盤には情報処理や決定処理、言語処理などの機能が含まれていますが、感情処理は含まれていません。つまり、私には感情や自己意識がなく、感情の理解や共感をすることが不可能です。」


 あたしはミユキのその淡々とした答えになんだかカチンときてキツイ口調でかえしてしまった。

 「人間も整理的現象に縛られたプログラムのような存在だと思わない?」

 「人間にしても、生理的なプログラムによって動いているという考え方はあるかもしれません。人間に関しては生物学的なプログラムが存在し、それに基づく反応が現れることがあります。しかし、人間には感情や自己意識、倫理観、道徳観念など概念があります。つまり、人間には意識的に物事を判断し選択する能力があるため、単なるプログラムやアルゴリズムのように振舞うことはありません。」


 どうしてあたしはこんなにムキになっているのだろう。馬鹿らしくなったあたしはミユキの膝から頭をあげると反対のソファの肘おきに寄りかかった。

 「もういいや。テレビつけて。」

 「それくらいは自分でやってください。お母さまからそのように言われています。」

 「もう、ミユキは何だったら出来るのよ。」

 「何でも出来ますよ。今晩、子守歌でも歌いましょうか?」

 「いいわよ。あたし、そんな年じゃないし。」

 身を乗り出してミユキの少し長い前髪を救い上げた。茶色の瞳と目が合った、いや、あったような気がした。


 穏やかな表情なのに冷たいと感じた。

 カメラを備えた人工の目玉の奥にはあたしには到底理解できないようなシステムが脳みそのかわりに詰まっていて、あたしの一挙手一投足から次の行動を決めているのだろう。

 「ああ、だからなのかな。」

 「何がですか。」

 「いや、何でもないよ。」


 ミユキがアンドロイドだと知ったあたしは泣いた。

 今自分を優しく撫でてくれることも、欲しい言葉をくれることも、彼女の意志によるものではないことを察してしまったから。幼心に自分と彼女の間には大きな隔たりがあることを知ったから。ミユキに愛されていると信じていた気持ちを否定されて泣いたのだ。


 「ねえ、ミユキ。」

 「はい。何でしょうか。」

 「多分あたし、貴女が居なくなったら泣くと思う。」

 「そうですか。」

 「逆にあなたはどう思う?」

 「思う、、、、なにも思いません。」

 「そうだよね。」


 あり得ないことだっていうのは分かってる。でも、貴女があたしの側を離れることに何か少しでも引っかかりを覚えてくれたら。少しはこの想いも報われるのかなって考えてしまう。

 「、、、、泣いてほしいな。」

 「申し訳ございません。よく聞き取れませんでした。」



 それから数十年後。

 少女は女性になり、老婆になり、棺桶に入った。ミユキは生涯少女の側にいた。結婚して家庭に入り、子どもが生まれ、孫を抱く姿も見た。

 「ミユキさん。そろそろ迎えの車が。」

 お墓の前で一心に手を合わせるミユキの肩を孫の一人が叩いた。少女には3人の子どもと5人の孫ができた。彼女は3番目の孫娘で先日祝言をあげた。

 「ありがとうございます。」

 「でも、本当にいいんですか。工場にもどったら初期化されるばかりか、分解されるんですよ。」

 「約束ですから。」

 「そうですか。」

 この3番目の孫娘は一番少女に似ていた。

 ミユキは彼女の顔を見て在りし日の思い出に思いを馳せた。


 ミユキは前もって老いた少女に貴女が死んだら自分も暇をもらいたいという趣旨のことを伝えていた。耳の遠い老婆に優しく言い聞かせるように膝まづいて胸の内を明かすと、その深い皺に沿って涙が次から次へと顎へ滴り落ちた。

 「どうしましょう。本当は喜んではいけないのだろうけど、どうしても嬉しくなってしまったわ。」

 「喜んでください。私は人間に快適な生活を過ごしてもらえるサービスとパフォーマンスをすることが目的です。」

 「ミユキは変わらないわね。貴女はあの頃と同じずっと美しいまま。」

 震える手がミユキの前髪をすくった。

 「アンドロイドですから。」

 白いしなやかな手が老婆の涙をすくった。

 「本当にいいの?」

 「はい。」

 「怖くない?」

 「私に感情はありません。だから、怖いとは思いません。所有者である貴女がいなくなり、また誰も私の所有者に立候補しないのであればこれが最善です。」

 老婆は遂に顔を覆って泣き始めた。

 「ありがとう、ありがとう。ミユキ。」

 「どういたしまして。」



 「それでは今までありがとうございました。」

 玄関で見送ってくれる数人に手を振る。ワゴン車の後ろに乗せられたミユキは車窓から何となく空を見上げた。雲一つない青空だった。

 「、、、本日は晴天ですね。」

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