第9話 商会の倉庫
商会の倉庫は、港のすぐ裏手にそびえる二階建ての石造りだった。
昼間は労働者がひっきりなしに出入りするが、夜になると人影は消え、代わりに鍵の音が響く。
ヴォルク商会長は、その音を背に受けながら、倉庫の中を見回していた。
樽、麻袋、木箱——どれも中身は穀物、干し肉、塩、そして時折混ざる武器。
商会の取引帳には、これらが「港の荷」とだけ記されている。
今夜は、港から戻ったばかりの部下が報告に来ていた。
「会長、港の税上げ、予定通り始まりました」
「よし。庶民の買い物は減るが、商会の備蓄は増える。……値を吊り上げるには、欠乏感が必要だ」
ヴォルクの声は落ち着いていたが、倉庫の奥では闇市の仲買人が笑いを噛み殺していた。
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(俺は今、帳簿の隣に積まれた金貨の山の中にいる)
仲間がこんなに集まっているのを見るのは初めてだ。
だが、人の手に渡る前にこんな場所で眠らされるのは、どこか息苦しい。
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ヴォルクは金貨の一枚をつまみ上げ、光にかざした。
「……港の荷運びの仕事を半分に減らせ。労働者どもは飢えさせておけ」
「はっ」
部下がうなずく。
港で働くガルシアや仲間たちの顔が、彼の頭には一瞬も浮かばない。
倉庫の隅で、別の部下が地図を広げた。
「次は北の町です。そこでも同じ方法を」
「いい。港の流れを握れば、街全体を支配できる」
ヴォルクの口元がわずかに歪む。
それは商売人の笑みではなく、支配者のそれだった。
外では、荷馬車の軋む音が近づき、倉庫の扉が再び開く。
木箱の隙間から、小さな顔が覗いた。
痩せた少年——タリオだ。
荷運びを手伝うふりをして、目は倉庫の中を素早く走らせている。
ヴォルクはまだ気づかない。
だが、この一瞬が、やがて街の裏側を暴く端緒になる。
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(俺は思う。
金は動かないと価値を失う——だが、この男はそれを望んでいる。
俺たちを眠らせ、街を飢えさせるために)
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その夜、倉庫から出ていった荷は港へ向かった。
表向きは「保管用」。
だが、本当は闇市に流され、翌朝には倍の値で庶民の前に並ぶ。
港の潮風が、その冷たい計算の匂いを、わずかに薄めていた。