第7話 学校の机
冬が近づくと、教室の空気は粉っぽく乾き、窓際の木机は冷たくなる。
リサはその机に指を滑らせながら、授業中も心ここにあらずだった。
「……リサ、ここ答えてみて」
算術の先生が黒板の横から声をかける。
「えっと……」
数字は目の前にあるのに、脳の奥に靄がかかっているようで、答えが出てこない。
教室の後ろから、くすっと笑う声がした。
——あと一週間。
マリナが学費を納められなければ、退学だ。
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(俺は今、先生の机の引き出しの中にいる)
数日前、保護者会で集められた学費の一部としてここに運ばれた。
だが、全員分が揃っているわけではない。欠けた名前が帳簿に並び、その中にリサの名もある。
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授業が終わると、友達がリサを呼んだ。
「ねえ、一緒に帰ろうよ」
笑顔に返したのは、ほんの小さな頷きだけ。
今日は、寄り道する余裕もない。妹分として面倒を見てくれる上級生のクララが心配そうに近寄ってきた。
「リサ、顔色悪いよ」
「……うん、大丈夫」
その声は、自分でも驚くほど小さかった。
家に帰ると、マリナが机に突っ伏していた。
「……ごめん、まだ学費、足りない」
手元の袋には、酒場の給金が数枚の銀貨と、俺のような金貨が一枚。
それだけでは、冬の学費と家賃の両方は払えない。
「やめる……?」
マリナの声は、冗談めかしていたが、瞳の奥は笑っていなかった。
「やだ」
即答だった。
学校は、リサにとってただの勉強の場ではない。
友達と笑える数少ない時間であり、いつか別の町で暮らすための唯一の切符だった。
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(俺は思う。金は冷たい。
けれど、そこに触れる人の手は、時に熱すぎるほど必死だ)
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翌日、リサは早めに学校に着き、教室の掃除を手伝った。
そこへ先生がやって来る。
「リサ、少し話せるか」
廊下に呼び出され、緊張で足が硬直する。
「学費のこと、聞いたよ。……諦めたくないんだろう?」
リサはうなずいた。
先生は少し考え込み、懐から帳簿と封筒を取り出した。
「規則では、学費が払えなければ退学だ。でも——町の寄付金から少し回せるかもしれない」
「……本当に?」
「ただし、来年の春までに半分は返せ。できるか?」
それは、子どもにしてはあまりに重い約束だった。
でも、リサは笑った。
「……やります」
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(俺は知っている。こうした小さな例外は、時に制度を壊すが、時に人を救う)
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放課後、帰り道で雪がちらつき始めた。
マリナが迎えに来ていて、手には小さな包みを持っていた。
「酒場の常連さんがくれたんだって。蜂蜜入りパン」
その甘い匂いに、リサの胸の奥で固まっていた氷が、ほんの少し溶けた。
来春までに、必ず返す。
それが叶えば、机の上の数字も、きっと今より鮮やかに見えるだろう——そう信じた。