プロローグ
――旅人カルバン著『キャラバンと砂の楼国』より
君は、夢を見たことがあるかい?
地図に載らない場所に、文明の遺した秘密がまだ眠っていると。
誰も足を踏み入れたことのない神殿の奥に、答えがあると。
砂に沈んだ王国が、今も息をひそめていると――。
私が見てきたものを、少しだけ教えよう。
例えば、ダラル砂漠の南端。どの文献にも存在しない、いつだれが建てたかもわからないあの巨大な三角建造物の内部には、とある記録が残された“中空の間”があった。まるで封印されたように密閉されたその空間には、黒い塊があった。
塊を掘っていたら、何重もの鉄で覆われていたので余計に心躍ったよ。
この中には一体どんなものがあるのだろうってね。
そうしてすぐに、それが大層なものか分かった。
あれは棺だ。おそらく人以外の。
もう一つは「黄泉還りの泉」。
東の国ジパングの大洞窟、通称「ホトケの緒」の最奥に御本尊が祀られているね。ここだけの話、あれは本当の御本尊じゃないんだ。本当に偉大で最も恐ろしいものはその真後ろにある。
皆が壁だと思っていた本堂の後壁は、実は大きな扉だ。本堂のホトケ像よりも大きい。取っ手のようなものの大きさからするに、「ホトケ用」とでも言うべきか。古い歴史の人々がどうやってあの大きさの扉を造ったのだろう。
真実はいつも一つだが、浪漫はいつも常識を超えてくる。
さて、ここからはお待ちかね、中身の話。まず、目に留まるはあたり一面に広がる湖だ。水色に自然発光し、その光彩が鍾乳洞を照らしている。きらきらと幻想的な輝きはまるで、地の底の夜空のようだった。
湖には柵があり、そばに小さな祠があるのが見えた。足元には積みあがった石の塔がいくつも並んでおり、崩さないように注意を払って進む。祠には「悉帰真仏」というボロボロの札に、子供の人形が大量にお供えしてあったのに不気味な印象を覚えた。
と同時に、湖の奥から強烈な視線を感じる。空気が押しつぶされるよ湖うな寒気が瞬間的に襲い掛かる。
目を凝らすと、薄暗い空間にうっすらと人の顔が見えた。相当遠いはずが、肩から下が湖に浸かっていて見えない。それほどの巨大な像だと認識した途端、ここは居てはいけない場所だと悟る。誰がいつ何のために?この時だけは考える余裕はなく、すぐさま洞窟を出た。
正しく「神域」、本物の「秘仏」の真相を知る。しかし、あれはホトケの顔をしていなかった。
そして、君は知っているかい?
砂の向こうには、まだ答えがある。
欲望の果てに消えた王国、前人未踏の夢の里、“黄金都市アルデラ”。
誰も見たことがないのに、どの伝記や歴史文献にも存在し、一夜にして一国そのものが消えてしまったという伝説の国だ。
かつて栄華を誇ったその都は、祈りと罪を抱えたまま、今も沈黙しているといわれる。
存在を否定された街、しかし誰もが夢に見る場所――
アルデラの神殿には、「生命の鍵」と呼ばれる秘宝があるという。
手にした者の願いをかなえ、万能の知恵を得る。生死の概念を超え、願いのまま生きる上位存在となる。
だから、私は旅をする。いかなければならない理由がある。これは私の旅の記録であり、証明であり、
一人の旅人が“本当にあった夢”を綴る、ささやかな回顧録だ。
目で見たものだけが真実というかい?なら次のページをめくるといい。
「キャラバンと砂の楼国」、その最初の一章を。
お読みいただきありがとうございます。