『龍災』“竜人” 其のニ
“竜人”について、おさらいしよう。
“竜人”とは、核となる魂の周りに、年齢、時代、次元を問わずに選ばれた大量の魂が、核を守るように貼り付いている。
例外をのぞいて、“竜人”は核となる自分の魂が無事であれば、死ぬ事はない。不死の兵として立ち続ける。
レビィンの魂には、五百以上の魂がレビィンの魂を守る壁になっている。だがしかし、既に五十以上の魂が消滅していた。
魂が消えるたびに、レビィンの体にある口が消えていく。
半ば無理矢理、『嫉妬の王』を使っているため、本来の呪いの出力よりも、かなり落ちている。今、彼女は呪いをまともに扱える状況下ではなく、わずかに使える呪いも、自身の魂を守るために使用している。
ジワジワと『円滅』の呪いが、彼女の魂を蝕みはじめる。彼女は『円滅』以外でベアルに対抗できる呪具は、今手元にはない。
「やっぱり……減ってる」
ベアルが目にしたのは、レビィンの体に無数にある口の一つが、消えた瞬間だった。
確かに彼女は、『嫉妬の王』の能力を十全に扱える事は不可能。攻撃も呪具だより、彼女自身の火力がこちら側とは、違いすぎる。
『円滅』の特性さえ注意すれば、負けない相手ではない。そう思っていたその時、どこからか歌が聞こえた……
最初は、蚊の鳴くような音で奏でられる、細々とした音。
それは、もう一つの音と混ざる事で、大きくなった。
互いに混ざり、喰らい合い、一つの音となる。
ーーそれは、奇跡の讃歌であった。
信じ、崇め、敬う者たちにのみ、贈られる……『教皇』の慈悲。
ーー『奇歌姫』戦場に響き、空を彩った、『教皇』の歌声だった
「なんだ、これ……」
大地が悲鳴をあげている。そんなふうに、思ってしまうほどの違和感ーー
「長いのよ、用意が」
先程とは明らかに違う威力で、唸り声をあげて『円滅』が振るわれる。
ベアルは咄嗟に反応したが、何故か体が重く、思うように動くことができなかった。
頭に鎖が当たる。グシャリと何かが潰れる音が、耳の中に鮮明に聞こえた。
ドロリと頭から、不思議と痛みが感じないが冷たいような、熱い何かが頬を流れている。
触れるとねっとりと、僅かな清涼感と共に指に執拗に、絡みつく不思議な感覚。
色がわからない。触れている所がよくわからない。音がわからない。足がふらつく。何故か力が入らない。生暖かい何かが、股を濡らす。不思議と、頭の回転が速くなった。
するとすんなりと理解した、あぁ……これ『血』か。
自分の指に、頬にあった物の正体を理解した時、視界が……バケツをひっくり返したかのように、バカみたいな“赤”に染まって、視界の右半分がおかしな方向を向いている。そして、気づいたら地面だった。
ーー意識が、遠のい……
その瞬間、何かを感じた。
凄まじいほどの、違和感。ずっと何かがずれていて、それに気づかず日々を過ごしたかのような、刷り込まれた僅かなズレ。
『勇気の王』の能力は、今現在の書き換え。しかし、あまりにも歴史からかけ離れると『世界』からの修正が入ってしまう。しかも書き換える能力は、自分が行動を起こした時限定。それを理解した時、ベアルは使えないなと思ってしまい、それ以上の能力の理解を放棄した。
ーーこの能力の本質とはなんだ?
この世界には、“治癒魔法”と呼ばれる魔法がある。昔、サマエルが一番使っていた魔法である。サマエルが使う治癒魔法は体が半分消えようと、嘘のように元に戻った。と言う記録が残っている。
この記録を見た時の当時の学者たちは、大いに笑ったと言う。
『治癒魔法だけで、そんな傷は治せない』
当時、最高峰の魔法技術を持っていた『魔術師』が呆れ顔でそう言った。
ましてや、呪いに侵された傷を治癒魔法だけで治す事は無理である。
もっと言うなら、たかがデコピンで、敵を吹き飛ばす事などありえないのだ。
『勇気の王』の本来の使い方。『勇気ある行動に賞賛を』これ単体では、非常に扱いにくくなっている。それもそのはず、この能力は別の能力と混ぜ合わせる事を前提とした能力なのだから。
「ゔゔぅあぁっっ…」
頭が抉れて、目玉が重力に従い下に垂れている。俺が動けばほのかに冷たい、丸い球体が頬に当たる感触がある。目の奥が引っ張られている感覚が、気持ち悪くて吐いた。
触れてわかる。血と共に髄液が溢れている、触ってみると、頭蓋が割れて穴が空いていた。残った気力で立ち上がるが、支えの剣がなければすぐに倒れていただろう。
髄液と血が混じったものが、腕を通って剣まで届く。刃に触れると、液体が音を立てて凍り始める。少し腕が冷たく感じた。
静かに剣を置く。巻き込んでしまうからだ。震えて、定まらない指を懸命に頭蓋の中に入れる。
メリメリと、骨を少しずつ剥がして、歪な形をしている脳髄に直に触れる。
(ーーなんだ、理解して仕舞えば……意外と怖くないな)
ケタケタと笑い出す。何がおかしいのか、俺にもよくわからない。ただ、新しい自分に対しての激励か、それとも今の自分に対する嘲笑か……
(どちらにしろ、俺が『愚者』である事には変わりはないな)
忘れていた、もう一つの能力。
「『神の悪意』、『錬金の王』」
魔力を喰らい、生物を分解する能力。頭から体、体から足、ベアルが消えた。
そのあと、何もかもが元の姿でベアルがパッと現れる。
勇気の能力は、『自身が起こした現象の拡大』要するに、今ベアルが起こした、スキルによる身体の修復だが、『錬金の王』だけでは、分解はできても再構築が難しかったが、『神の悪意』の恩恵によって強化され成功した。
「ちゃんと……出来てるな」
刺した剣を片手で引きずって、ゆっくりとレビィンの所に歩いて行く。真っ黒な髪を揺らして、仏のような顔で、自分の血溜まりの上を歩いて来る。
「なぁ……君はどうして死にたい?」
ただその顔は、綺麗な三日月のような笑みを浮かべていた。




