『龍災』激情が動かす
フェルと“悲嘆”が戦っている教会とは、別の教会でリシュナは負傷兵の治療をしていた。
「『愚かなる空想に憤怒を』」
彼女が一言。それを唱えれば、たくさんの傷付いた兵が、民が元に戻る。多くの人々が、その景色を見て喝采をあげる。
腕を失った人の腕が元に戻り、眼が見えなくなった人は、その両眼に光が戻る。
互いに肩を抱き合い、喜びを分かち合う。その光景の隅で……蘇らなかった遺体を前に、泣き崩れる人、ただ唖然としている人、リシュナに詰め寄る人など様々である。
『憤怒の王』の能力は、『自分以外の過去の改編』しかし『勇気』と同じように“死”は覆す事は出来ない。
どんなに褒められたとしても、目の前ではっきりと救えない命が見えてしまう。その事に悩み続けていた、慣れる事なんて二度と無いだろう。
「ーーごめんなさい」
それが、救われなかった人の親族に最初に言う言葉。
たった六文字。自らの口から話すその言葉が、親族の罵倒より、残された兄弟の泣き声よりも何よりも、彼女の心を大きく抉る。
何故、この能力を私に与えたのだろうか。
そんな考えが頭の中を、ずっと回り続ける。この力を授かってこの国の、『聖女』なんて地位に着いた時から、初めて死者を出した時から、道行く人々から讃えられる声を聞いた時から、ずっと、ずっと……
『ごめんね』
そんな時、頭の中から誰かの謝罪が聞こえた。今まで聞いた声の中で一番弱々しい、今にも消えてしまいそうな声で。
『君たちに、僕を背負わせてしまって』
『ーーごめんね』
その声が終わる時、私は何故か気を失って倒れていた。
ベアルの目の前にいるのは、あの日と寸分変わらないレビィンの姿。
「やっぱり、自由に動かされる体があると、便利なものね」
そう言って、彼女は自分の腕をまじまじと見る。そして、ベアルの方にゆっくりと振り向く。
「ねぇベアル……サマエルに代わってはくれないかしら?貴方は邪魔なのよ」
彼女が手にしている鎖を、髪の毛のようにいじり回す。その仕草だけなら、ただの普通の女の子だろう。
彼女が、死者でなければ。
ベアルはあの時、確かに目にしていた。彼女が目の前で消えてなくなってしまう所を、確かにこの目で。
「悪りぃな。最近、俺の相棒っ。反応無し、なんだよ」
肺に流れ込む血液のせいで、鋭い痛みがベアルの頭の中を侵食していた。紡ぐ言葉は辿々しく、呂律も上手く回らない。
ヨウヘイに代わった所から、何度もサマエルとの会話を試みたが、一向に出る気配は無くガブリエルに相談をしたほどでもある。
「……そう。なら、貴方を殺したら、出て来るのかしら」
恋をしている少女の顔から、獲物を狙う狩人の表情に切り替わる。見上げるように睨みつけ、手に持った鎖を大きく振って、曲線を描いてベアルに襲いかかる。
「!?」
ベアルは迫り来る分銅に『黒鉄鎧』で対抗する。鎖を弾けば、重厚な金属音と衝撃がベアルに流れた。
腕が少し、震えていた。
「私はね、ただあの時みたいに、サマエルと馬鹿して話したいだけなのよ」
レビィンにやられた胸の所から、血が溢れて黒色の鎧をほんの少し赤が流れて行く。それは決っして交わる事なく、下に、下に黒の鎧の表面を落ちて行く。
「苦しそうね……そろそろかしら」
肺が損傷しているので呼吸が出来ない。それに血を失い過ぎたようだ。
視界が端から黒に染められる、耳がうるさくて自分の呼吸音、心臓の鼓動が聞こえなくなっていく。世界が彼を遠ざけていく。
「ゔっ、あ……」
最後の瞬間、何処からか歌が聞こえた。
それが、消えかけたベアルの思考を、ほんの少しだけ動かす。
『本当に……それで良いの?』
脳内にガブリエルの心配する声が聞こえるが、ベアルはそれを押し切ってガブリエルを押さえ込む。
「やって……やるよ」
体の内から、ドス黒い何かが這い上がって来る。本来ならそれを抑えるのが、ベアルの役目なのだがそれをあえて放棄する。
黒い感情が、体に入り込む。異物であるそれは、何故か良く馴染んでいる。
ーー“勇気”が……いや、“憤怒”が目を覚ます。
目を覚ますと、そこは暗い、闇のようなものだった。しかし、不思議と一人では無いと感じてしまう。
その闇の一部が、人型になって語りかける。しかしその顔がモヤでわからない。
『もう遥か昔のあの時、“僕”を二つに分けてそれぞれを封印した』
『でも、ベアル君。君が来た事で、その封印を壊したんだ』
優しい手つきで、俺の頭を撫でて来る。その声には何処かを思い浮かべるような、過去を振り返るそんな雰囲気だった。
『“勇気”は、『自身のみの現在の改編』』
『“憤怒”は、『自身以外の過去の改編』』
『それが、僕の……『憤怒の王』のスキル『神の悪意』。これは僕が完全に一つにならないと使えないようにしてもらってるんだけど、現し身二人がそう遠く無い距離にいた事が影響したんだろうね』
闇の中にいる人型が徐々に輪郭を持っていく、今度はモヤが晴れて、はっきりと顔が見えた。
『ごめんね、リシュナ。君には、辛い物を背負わせてしまったようだね』
『そしてベアル君、“憤怒”は負の感情を糧にスキルを行使する。くれぐれも扱いには、注意してくれよ?』
しかし、またその輪郭がぶれ始める。
『そうか、もう時間か……ありがとう。僕に夢を見せてくれて』
ぶれて、霧のように消え始める。
『最後に……僕は“六王”の七番目『憤怒の王』サマエル。ただのサマエルだ。体も、魂ももう何処にも無い。これは……ただの“残滓”、残りかすみたいな物だよ。もうじき消える』
俺は手を伸ばして掴もうとする、しかし掴んだそれは指の間から粒子となって消えていく。
『最後に……僕の、弟をよろしくね。バカで、意地っ張りで、カッコつけで、誰よりも傲慢で、僕の可愛い弟を、よろしくね……』
優しく笑って、消えていった。
「ーー人よ、怒れ」
「ーー人よ、勇気を持て」
「ーー人よ、現実を見ろ」
「ーー人よ、過去と戦え」
「賞賛を捨て、空想を捨て、善意を捨て、残るは人の、純粋な悪意」
「呑まれるな、流されるな、負けるな」
「呑み込め、争い続けろ、勝ちに征け」
「ーーその激情が、人を動かす」
「【大罪狂化】『憤怒之王』」




