『龍災』“力”
(クソッ、このままじゃあ押し負ける)
『衰』と打ち合う最中、手に力が入らず、剣を落とす。足が震えて倒れそうになる。
ベアルは自身の身体機能が目に見えて落ちていくのを自覚していた。
『衰』の権能によって、身体機能が落ちていく自分と違い相手はどんどん調子が上がっていっている。今でこそ何とか食いついていけているが、いつまで持つのかわかったものではない。
「ドオシタ!モウ終ワリナノカ!?」
終わってほしくないと『衰』がさらに剣撃の速度を上げてくる。重なり合う度に互いの武器が火花を散らし、音を奏でる。すると、ベアル自身が今、纏っている鎧に少しヒビが入った。
「ヤベェ!!あーもう!こうなったらヤケクソだ!!!」
こんな時に、笑いが止まらない。絶望的状況であるのにだ。それでも……
……笑えてくるな、こんな時に笑うなんて、俺も末期だな。
心臓が跳ねる。痛みも疲労も全部、この一瞬は笑いに変わる。
亀裂が入った鉄の触手を見て、すぐさまベアルは懐から複数の魔石を取り出して割った。
「【耐久値強化】【衝撃分散】【反撃突破】【合成強化】」
【反撃突破】はカウンターを決めた時威力が上がり、【合成強化】で魔法同士の繋がりを強化する。
『衰』の権能の前では、焼け石に水だ。それでも、何もしないよりはマシだ。ヒビが消えたのを確認してまた今まで以上に果敢に攻める。
「やばい……体が、クソッ!!時間が無い!!」
『衰』は疑問に思っていた。何故、目の前の男はまだ動けるのだ?と。
『衰』が持つ【衰弱者】と呼ばれる権能は、周囲のモノ全てに衰え、劣化させる事を強制させる能力。【衰の旺】はこの範囲を狭めて自身の周囲に能力を集中させる技である。
だから既にコレは、異常事態なのだ。範囲を狭める代わりに、劣化する速度も通常よりも格段に早くなっている。それなのに彼はまだ立って、拳を握って、『衰』に立ち向かってくる。それが嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
ーーガブリエルの能力は、“呪い”のスキル化である。
そもそも“呪い”は、他者を呪った分自身にも返ってくる物。
ある者は失明し、ある者は足が動かなくなって、ある者は全身の感覚が消えた。
このデメリットが原因で、扱う者が少ないと言っても過言では無い。だがガブリエルは、それをプラスに考え修練し続けた。結果、“呪い”だけで無く、ありとあらゆるデバフに対する強い抵抗を持つようになった。
当然それは、現し身であるベアルにも適用される。それによって、『衰』の権能下であってもまともに動ける理由である。
ただし、ガブリエルの予想を大きく上回る『衰』の権能の能力。恐らく抵抗は長くて十分前後であると予想。それ以上過ぎてしまうと、たちまち崩れてしまうだろう。
ポロポロと髪の毛の端が崩れていく。風が灰を連れ去っていく。まるでこの体を置いて行くかのように。
ーー残り三分。髪の毛の先が灰のように崩れ落ちていく。このままではジリ貧で負けてしまう。ベアルはさらに追加で魔石を取り出して、地面に叩き割った。
【条件浮遊】【抵抗軽減】【最適行動】【筋力強化】
地面に落ちる前に空中で短く舞い、光を反射して消えていった。
今まで手を出さなかった、身体強化系統の魔法に手を出す。そして、さらに“呪い”を全身に込め直す。鎧が変色し、赤紫色に染まっていく。
「ここで決める!!天龍之空駆!!」
無駄のない踏み込みで『衰』の懐を抉る。次の瞬間、強化された体に力を入れて、蹴り上げた。
指先の感覚が無い。神経も既に消えかかってらのだろう。それでも一度握った手を離すことは無かった。
「最後の勝負だ!!見せてやるよ!お前の弱点を!」
俺はそれを追うように、笑いながら飛び上がった。
同時刻、ベアルが戦っている西側の反対側。カフジエルが飛ばされた東側。
一瞬。
目が見えなくなる程の光、それに追いつくように溢れ出る音。
『雷帝の王』のスキル。【雷鳴の慟哭】によって、戦場は“音”を置き去りにした、“光”が支配していた。
「んー?思ってたよりも拍子抜けですね」
『雷帝の王』そう名乗った男が見つめる先には、傷だらけのカフジエルがいた。
両の手に握っていた剣が容赦なく叩き折られ、左肩から右腹にかけて、ざっくり切られていた。
傷口からボタボタと血が溢れ出る。痛みで顔をしかめ、息も絶え絶えで今にも倒れそうな様子だ。
「……っ」
カフジエルは目を細め、鋭い眼光を目の前の男に飛ばすが、いまだに男は余裕そうな表情を変えずにいる。
「えぇそうです。貴女は速い、とてつもなく比類なき速さで他を圧倒する……最後はですよね?」
ーー速い。
私がこいつと戦った結果、抱いた感想だった。全体的に見れば、私の方が圧倒的ではあるが、さっき言われたとおり、最高速度になるまで十九秒はかかってしまう。
「コレが最強って、どんだけこの時代は平和ボケしてるんですかねぇ……」
「平和ボケ……言ったわね、アンタ」
そう言って、立ち上がるカフジエル。バッサリと斬られた所は既に修復が完了していたが、それでも顔には疲労が濃く見える。
ーー希望強化の反動。
さっきは合計で十秒、スキルを使用した。それに加えてこの傷を直すのに使った二秒間。
この疲労状態で使える残り時間は、二秒と少しだろう。
そう、二秒で決まってしまう。私の死も、この戦いの決着も。
「この状態で?、一回も成功した事ないくせに……」
焦る気持ちを抑えて、最後の一本に手をかける。
先程折られた二本と違い、禍々しい程の“力”が鞘から感じられる。
“墓標剣”と呼ばれる、虚飾の王が振るった五振りの剣のその一本。
「封印解除『力』……」
鍔を押し込む、ーーそれでも剣は沈黙を守った……静寂。風さえも鳴りを潜め、私を試すかのように見えた。
ーー息をするのも忘れていた。
何故抜けない?それを考えると、簡単に答えが出てきた。
『恐怖』ーーこの力が暴れてしまう事をどこかで恐れ。躊躇った。
「恐怖は捨てたはずでしょ?」
今更、何を躊躇っているのだろう。恐怖を感じているのだろうか。
希望の王?
ありえない
あって良いわけが無い
「恐怖に屈する希望があってたまるか!!」
さらに鍔に、力を込める。この剣を抜く資格が無いのは、よく分かる。だからそれがどうした
足を止める理由にはならない。
戦う事を辞める理由にはならない。
もう……守られるだけの“私”は終わったんだ。
だから……
ーー私が躊躇う理由はもう無い。
「私に従え!『禁錮剣』!!!」
鯉口から勢いよく抜刀したその剣は、いやその刀は剥き出しになった刀身に今までの戦いが児戯に思えるほどの圧を纏い。その刃には“力”そのものが宿っているように見えた。
世界が歪む。まるで拒絶しているかのように、怯えている。空が鳴り、天が曇る。風が止み、鳥も木々も……
しばらくして、全て息を潜めた。
まるで、この戦いの結末を見守るかのように。




