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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
2. 疑惑の夜襲
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3

 目を閉じてからどれくらい経ったのか、眠りに落ちていたロゼがふと目を開いた。


 顔を上げると外は暗いままだった。そんなに長い時間眠っていたわけではなさそうだ。

 目が覚めた理由は分からなかったが、何かを感じとったせいのような気がする。


 そう思って耳を澄ますと、どこからか微かな音がした。小さいが間断なく聞こえてくる。


 それが異常を示しているのは音の種類で分かった。少なくとも生活音のような落ち着いた音では無い。

 静かにベッドを降りると、隣の部屋に面する壁に手を当てた。


 この宿は平屋建てで、入り口を中心に道に沿ってくの字型をしていたはずだ。角部屋のロゼから見るとすぐ隣にはバナウの部屋が、さらにその奥にはレンシアが借りた部屋があった。


 音の出処もそうだが、一応魔術で二人に異変がないかだけ探っておくことにした。昨夜の宿舎の部屋での出来事を思い出すと、また夜更かししてろくでもない事をしている可能性もあるが。


 そう思ったところで。

 外から入り込む明かりに影が差した。

 付いて咄嗟に振り返ると中を覗き込む人影が見えた。しかも二人分。


 さらに背後にあった部屋の扉が軋む音を立てた。

 そちらにも目を向けると鍵の部分が刃物で壊され、扉が内側に開くところだった。


 全身に黒い服を着て顔に布を巻いた者達が部屋になだれ込む。窓も鍵を壊されて二人の侵入を許した。

 ロゼと比べても大柄な男達のそれぞれが手に棍棒を持っていた。


 人数は合計五人。

 何者かと問う暇も与えず、侵入者たちが棒を掲げて襲い掛かってきた。


――何だこいつらは。


 一振り目をやり過ごし、二人目が振りかぶった所でロゼが腕を払った。光が一条奔ったが、目の前の侵入者は咄嗟にしゃがみ込んで逃れる。遅れて相手の背後の壁に大きく亀裂が入った。


――なに。躱した?


 まさか魔術の一手が来ると読んだのだろうか。

 この状況で初発の魔術を躱されるとは思わなかった。


 侵入者達の振るう棒は鋭く空を切る音を立てた。強盗の類なら刃物を持っていない事が不可解だったが、相手のこの動きだとまともに食らえば無事ではすまないだろう。


 繰り出される棒を腕で弾き返すと、伸ばされた手の主を蹴り倒し、さらに振り下ろされる棍棒を飛び退いて避けた。


 この状況だと防御に回す程度の魔術しか使えそうにない。襲撃者達はこちらが攻撃する間を与えないつもりらしい。 

 さらに部屋が狭いので思うように動けないのも遣りづらい。


 魔術儀を着ていない事が魔術発動を遅らせたのもあって反撃を困難にさせた。

 あまり気にしたことは無かったが、やはり魔術儀を羽織っているだけで魔力の収束が早く行えるのだと、皮肉にもこの状況になって知る事になった。


 この男達は体つきや動きからも、近接戦に慣れた屈強な戦士といった様相だった。


 魔術は魔力を一点に収束させてから発動するまでに時間差があり、近接攻撃をされると分が悪い。僅かな時間とはいえ間合いを取って集中する必要があるが、この侵入者達はそれを承知の上なのだろう。


 頭上を振りぬけられた棍棒が背後の壁に当たって木っ端を散らした。それを避けたロゼに向かって別の一撃が振り抜けられ、魔術で防ぐも相手の力が一歩凌駕した。

 腕が弾かれ開いた胸元を突かれて、壁に背を打ち付けられた。


 息が詰まったところにさらに別の一撃で薙ぎ払われ、直撃は防いだもののロゼの体が飛ばされた。半開き状態だった扉に突っ込むと、破壊音とともに扉の破片ごと廊下に倒れた。


「誰だ! 騒いでいるのは」

 どこかで宿の主人の声がした。

 この部屋に向かって来ている足音に五人が反応する。


 その僅かな隙を逃さなかった。咄嗟に身を起こしたロゼが手元に意識を集中すると横一文字に大きく振り抜く。


 なおも襲い掛かろうとする男達を、空圧が重い衝撃となってまとめて打ち飛ばした。


 天井付近に渡されていた全ての梁が、圧力波に耐えきれず中央から折れた。さらに膨張した空気が屋根を突き破る。

 折れた梁の自重もあって、引き込まれた天井と共に屋根の穴から崩落が始まると、埃と共に木材が男達に降りそそいだ。


「うわあ!」


 狼狽する声を聞きながら、ロゼが扉の枠を掴んだ。


 崩れ落ちる天井の中に混じって窓際に逃げる侵入者達の姿を捉えると、ロゼが手を突き出した。 

 放たれた爆風が窓側の壁や部屋にあった物ごと男達を吹き飛ばす。

 間髪を入れずにロゼもその姿を追って外へと飛び出た。


 地面に転がった男たちはすぐに地を蹴って一斉に襲い掛かった。さらにロゼの追い打ちが、見えない鞭となって男たちを激しく打ち据える。

 体格の良い男達にあって、軽々と吹き飛ばされた。


 最初の一撃こそ躱されたものの、その後に続く攻撃は思ったよりすんなり入っている。つまり、襲った相手が魔術士だとは知っていたが、魔術に慣れていた訳では無いという事だろう。 


 効いてはいるはずなのだが、いくら魔術を叩きつけてもしぶとく起き上がってくる。今も真っ先に起き上がった男が棍棒を振り降ろした。


 勢いを無くした棒はロゼのぎりぎり横をかすめた。その腕を掴むと強く引いて、男の体が前のめりになったところでロゼが低く言った。


「お前らはどこの者だ」


 ロゼの手の中で腕が音を立てて折れた。上がった悲鳴に仲間の者達が足を止める。

 離されて崩れ落ちた男が、ここで初めて口を開いた。


「ああ……くそ……この野郎。……お前ら、こいつを早く捕まえろ」


 その物言いは、やはり端から殺そうと思ってやってきたわけではなさそうだった。


「何が目的だ。俺が魔術士と知っていたようだが」


 魔術儀を着ていなければ、誰もすぐにロゼが魔術士だとは気付かないだろう。特に簡素な私服である今なら。だが、最初の一撃を躱せたのは魔術が来るのを予測していたからこそだろう。


 質問に答える代わりに、男達は棍棒を振るい上げた。


 この打たれ強さはマンドリーグの人間ではなさそうだ。諦める気はないらしいが、生憎こちらも逃がすつもりはなかった。


 再び男たちと混戦となった最中、突然バナウの切羽詰まった叫び声が耳に入った。


 振り返りはしなかったがロゼの意識がそちらに向いた時、宿の建物の影から何かが飛んで来る気配がした。


 構えたロゼの腕に重りがついた縄が絡みついた。


 これには見覚えがある。魔獣の討伐時に使われるもので、頑丈な素材でできた拘束具だ。

 投げられた方向を見ると、隠れて隙を伺っていたらしい別の仲間の顔が見えた。


 ロゼが縄を切るよりも先に、男が反動をつけて強く引くと、抗いきれずにロゼの体が浮いた。

 体を地面に打ち付けられ、見上げた先には棍棒を掲げる男達の姿があった。


 この男達、動きはそれほど早くはないのだが力だけは異様に強い。魔術の力を借りても肉弾戦で対抗するには限度がある。命を奪うのは簡単だったが、後の処理を考えるとまずは捕まえて話を聞いてからでも遅くはないと思っていたのだ。


――あまり目立つことは避けたかったが。

 地面に着いていたロゼの両手が青白く光った。

 

 うっすらと地が光を帯びたのは一瞬で、ロゼを起点に青白い電光が周囲一帯を駆け抜けた。破裂するような大きな音が響いて、感電した襲撃者達が悲鳴を上げた。


 命に関わるほどの電気を集めたつもりはなかったが、力加減をする時間的余裕もなかった。


 身を起こして縄を解くと倒れて動かない男達を見た。さすがに耐え切れずに全員が気を失ったらしい。


「おい、あんた。大丈夫か」


 壊れた壁の影から覗き込んだ宿の主人が、起き上がって土を払うロゼに恐る恐る声をかけた。


「こいつらは一体何なんだ。盗賊か?」


 痩せた白髪の主人は怯えたように男達を指差した。平和そうなこの町では、こういった事件はあまりないのだろう。


「さあ……。俺にも分からないが多分そんなものだろう。砦の誰かに連絡したか?」

 ロゼが問うと、主人は首を振った。


「いいやまだだ。……そうだな、知らせた方がいいな」

「いや、知らせなくていい。俺は城の魔術士だ。少し調べてから俺が直接報告をしておく」


 身分証の国章を取り出して見せると、宿の主人は少し驚いた顔をしたがすぐに納得したようだった。


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