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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
2. 疑惑の夜襲
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 ロゼの部屋に入って火を灯すなり、レンシアが呆れたような声を出した。


「何もないじゃない。つまらない部屋ね」

「本当だ。何もない」

 バナウも続いて入ると唖然として言った。


 それもそのはず、部屋には元々備え付けられていたベッドと棚以外に、床に積まれた本が数冊と適当に折り重ねられた服が少しあるだけだった。


「別に無くて困ることはない」

 何を期待していたのか二人の不満げな様子に、面白く無さそうにロゼが呟いた。


 人の往来が極力減った時間を見計らって、三人はこっそり城の敷地内へと入った。要所には見張りの兵がいたが、そこはレンシアの魔具の力を借りて上手く通り抜けることが出来た。


 暗い庭園を抜けて宿舎の周辺まで来てしまうと魔術士団の領内となるせいか、見張りの兵もほとんどいない。お陰で部屋には堂々と入れるくらいに容易な道のりだった。


「結構広い部屋だね。何もないから余計にそう思うのかな。俺の部屋なんて狭くて足の踏み場もないけどなあ」

 バナウが殺風景な部屋とロゼを見比べて苦笑した。


 ある意味ロゼらしい部屋だと言えた。バナウから見てもロゼは何か趣味がありそうにも見えないし、こだわりがあるようにも見えない。それを顕現させたように室内は散らかってもいないし、きれいにしているという程でもなかった。


「もちろん寝る物もないよな。何もかけないで寝るには寒いよな」

 気候のいいマンドリーグとはいえ冬近い夜は冷える。収納がほとんどないこの部屋に余計な寝具があるはずもないのは見た目も明らかで、絨毯も敷かれていない板張りの床はいかにも寒々しく見えた。


「私はベッドで寝てもいいんでしょ? まさか女性に床で寝ろなんて言わないわよね」


「床で寝ろ」

 文句を言うな、とロゼが付け足した。


「嫌よ。こういう時は譲るものでしょ。寝心地悪そうだけど我慢してあげる」

 ロゼの反応などお構いなしに少女はベッドの上を陣取った。


 溜息をついたロゼが振り返ると、バナウが勝手に流しの周りを物色していた。


「何してる」


「食べる物は無いのかなーと思ってさ。何か無いの? 安心したら腹が減ってきて」

「私もお腹がすいた。抜け出してから何も食べてないんだもん。ねえロゼ、何か買ってきてよ」

 二人はじっとロゼを見詰めた。


 部屋を提供したのに、それだけじゃ飽き足らず要求を畳みかけて来る二人に、ロゼが露骨に不快な顔をした。


「あれこれうるさい奴らだ。今時に店が開いているか」


 夜が更けるのを待って宿舎に入り込んだのである、今から街に出た所で飲み屋くらいしか開いていないだろう。


「だよなあ。何か買ってから来れば良かったなあ」

「着替える暇があったんなら何であらかじめ買ってこなかったんだ」

「そこまで頭が回らなかったんだよ。下宿先に何も言わないで出て来たら迷惑がかかるだろ。ああ……腹が減ったままじゃ眠れやしないよ」


 ぼやいたバナウに、ロゼが渋々棚に置かれた箱を指差した。

「そこの箱に少しは入ってるはずだ。適当に食って寝ろ」


「えー! 何かあるの? 私にも頂戴」

「この箱? ……本当だ。少しだけどハムとパンがある。あとは……リンカばっかりじゃないか、これ。好きなの?」


 リンカは赤い皮の小振りな果実でりんごの仲間である。色々と種類のある中でもわりと甘みの強い種だ。箱にはそれがたくさん詰め込まれていた。


 ロゼは答えなかったが、バナウは空気から肯定である事をなんとなく察した。

 リンカを片手にバナウは再び流しの周りを漁り始める。ロゼが何をしているのかと聞いた。


「ナイフが見当たらないんだけど」

「そこには無い。呼べばいいだろ」

「俺、呼べないよ」

「……」


 『呼ぶ』とは離れた場所から魔術で物を手元に引き寄せる行為を指している。あらかじめ魔力を使って自分と結んでいた物に限るが、生き物や大きな物でなければ比較的何でも結べるものだった。


 壁際で床に腰かけていたロゼが、これ見よがしに床を手で強く叩いた。するとそこにはいつの間にか鞘に収まった短剣が置かれていた。


「おお。呼べるんだ。すっげー」


 感嘆の声に応える気も無くしてロゼは短剣を放り投げた。

「そんなんでよく中位に上がれたな」

 呆れたように言うロゼに、パンを切り分けながらバナウが苦笑した。


「そういうさ、理屈が明確じゃない魔術は難しいんだよ。その手の魔術は使えない奴の方が多いし。そもそも誰でも得手不得手の分野があるだろ。ロゼだって苦手なものぐらいあるだろ」


「知らない。どうでもいい」

「そうやって突っぱねると会話にならないだろ。まあいいけど。このパン、三人で分けるにはちょっと少ないんだけど」


「俺は要らない」

 断るロゼに、ハムを手にしたレンシアが不思議そうに首を傾げた。


「食べないの?」

「飯は食ったからいい」


「なにー!」


 その叫びはバナウとレンシアの合唱になった。


「静かにしろ! 自分達の立場を忘れたのか」

「何で自分だけちゃっかり食べてるんだよ。てか、いつ食べたのさ」

「自分ばっかりずるいじゃない。何を食べたの?」

 二人がかりで掴まれて揺すぶられてなすがままだったロゼは、いよいよ頭にきて二人を振り解いた。


「いい加減にしろ! お前らに会う前に食って来ただけだ。こんな面倒な話になるとは思わなかったからな!」

「しー、ロゼ。静かにしろよ。近所に見つかるだろ」

 真顔で制止されてロゼが絶句した。


 自分達の事を棚に上げるバナウにどっと疲れを感じる。まともに相手にすると精神が持たなそうだ。

 もう寝てやり過ごすしかないと、ロゼは背を向けて地面に転がった。


「ねえ、リンカむいて」

 レンシアが背中で拒絶するロゼの頭を何度もはたいた。

 無視を決め込んでも、体を揺さぶってくるレンシアの手は緩まなかった。


「そいつにやって貰えばいいだろ」


 低い声で背中を見せたままバナウを指差すが、当のバナウは深刻な表情で残念そうに首を振った。


「皮とか剥けないんだよな、俺」

「……。お前、本当に使えない奴だな」


 起き上がって短剣を奪い取るとリンカを二つに割って押し付けようとしたが、それを事前に察知してレンシアが不満げな声をもらした。


「皮は剥いてよ。女性は皮なんて食べないわよ」

「自分で剥けばいいだろう」

「私はいつもやってもらってたからあんまり上手じゃないの! 言わせないでよ、配慮ってものがないの?」


 もう遣り取りが面倒臭くなって、黙々と皮を剥くと今度こそ少女に押し付けた。


「顔に似合わず器用だな。雑そうなのに」


 感心したように呟くバナウの言葉は無視して、ロゼは残ったリンカを短剣ごと押し付けると壁側に退避した。そうして、ようやく大人しくなって食料を食べ始める二人を見た。


 ここまでたどり着くのに随分と精神を摩耗したような気がする。空に藍がさしたら即座に追い出してやろうと思っていた最中、バナウが思い出したようにさらりと言った。


「明日は神馬を借りてあるんだけど、二頭しか借りられなかったんだ。ロゼは神馬に乗れるんだよな? 俺とレンシアは一緒に乗る事になるから、少し時間が掛かるかもしれないけど仕方ないよな」


「……なに。どういうことだ」


「結構粘ったんだけど、空きが二頭しかなかったんだよ。あ、それで今日は約束に遅れたんだ。ごめん」

「そこじゃない。何で俺が一緒に行く話になってるんだ」

「ここまで関わっておいて、行かない方がおかしいだろ。ロゼの休暇も申し出ておいたからそれは心配いらないよ。病気で部屋から出られないらしいから三日ほどくださいって言っておいたからさ」


 得意気なバナウの様子に、投げやりな体勢で壁に寄りかかっていたロゼが勢いよく体を起こした。


「お前、勝手に……」

「あんまり信じてないみたいだったけど、駄目だとは言われなかったぜ」

「誰に言った」

「ルフト様。ロゼの上官はルフト様だろ?」


 苦渋の表情を浮かべたロゼが脱力したように壁にもたれかかった。


 ルフトはロゼが師事する高位魔術士で直属の上官にあたる。

 本来ならば中位の魔術士は師事する高位魔術士に付き従って任務をこなしつつ、その中で教えを乞うのが慣例となっていたが、ルフトはロゼを嫌悪していた。


 どう考えても休暇願いを快く受けたとは思えない。また不信感を抱く元になるに違いない。

 もう何もかもが億劫になって、考える事を放棄した。


「とにかく俺は行かないからな」


「レンシアを部屋に入れた時点で選択権は無いって分かってるんだろ?」

 リンカを齧りながら、やんわりと脅してくるバナウの事は無視する。


「自分の立場が分かってるくせに言ってみせたんでしょ。子供なんだから」

「そう言ってやるなよ、レンシア。ロゼなりの苦労だってあるんだろうから、そこは分かってやらないと」


 突っ込みどころが満載な二人の会話も全て聞き流した。取り敢えず、存在を忘れる努力をして寝る事にする。

 その後も二人の話が途絶えることは無かった。


「そういえば神馬って二人乗って走れるものなの?」

「神馬って凄い筋肉なんだぜ。普通の馬の筋肉よりもごついんだ。体もでかいし大丈夫だろ」

「魔術では飛んでいけないの?」

「魔術はそんな便利な物じゃないんだよ。理論が説明できないような事は難しいものなんだ。意外と魔術って理屈っぽいもので頭を使うんだよ。なあ、ロゼ」


 バナウが同業の苦労を分かち合おうと振り返った相手は、既に寝息を立てていた。


「ロゼ―!」


 騒ぎ立てて揺すり起こす二人に、虚ろな瞳のままロゼは振り回された。緩むことの無い手にいいかげんに頭にきて渾身の力で振り払う。驚いて見返す二人に向かって、地の底から這いあがってくるような声を出した。


「さっさと寝ろ。それとも寝かしつけてやろうか」


 不穏な気配とともに掲げられた片手に魔力が宿る。

「あ、やばい」とバナウの口が動いた。とっさに背後にレンシアを庇うと両手を挙げ、慌てて言った。


「結構です」


 どことなく緊張感をはらんだ空気が流れていたが、手を降ろしたロゼが荒く息を吐き出した。


 これでようやく静かになりそうだ。

 そうロゼが思った矢先、あっという間にその希望を取り払ったのはレンシアの呑気な声だった。


「ねえ、ロゼ。部屋、寒いから温かくしてね。魔術士ならそれくらいは出来るんでしょ」

「あ、それ俺からも頼むよ。寒いと眠れないだろ。俺、凍結関連の魔術しか使えないんだ」


 自分でやれと言われるのを予測してか、聞いてもいないのにバナウが自ら暴露した。


「バナウは暖められないの?」

「高い熱量を必要とする魔術は冷やすより難しいんだよ。そもそも魔術ってのは、まず物事の事象がどういう」

 取り留めのない自由な二人に、ロゼのやるせない怒りの叫びが部屋に響き渡った。


「分かった。分かったから、もう寝ろ!」



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