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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
1.目をつけられたロゼ
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「レンシアは知らなかったと思うんだけどさ、ガナは今グランケシュにいないんだよ。あいつ、第二団所属なんだ。ロゼは知ってるだろ、第二団は西のマイカイっていう町に行ってるって。だからそこに行かないと会えないんだよ。レンシアにそれを伝えたかったのもあったんだよ」


「それでさ」と続けたバナウに、ロゼの顔色が変わった。


「ロゼの家で一晩レンシアを預かって欲しいんだ。もしガナに会わせるなら明日の朝にここを出るしかないんだ。人が少なくて魔獣が落ち着く時間にさ」


「何で俺が。あんたの家に連れて行けばいい」


「俺は下宿だからレンシアを隠せないんだよ。どう考えても目に付くだろ。ロゼは城の宿舎なんだろ?」


「宿舎だって目に付くだろう。それなら夜陰に紛れて今すぐ行けばいい話だ」

「夜は魔獣が出るだろ」


 マイカイまでは足の速い騎獣である神馬でも半日を要する。

 マンドリーグ領内は積極的に魔獣の駆除が行われてはいるが、自然と発生するそれらの脅威が完全に排除されているわけではない。

 少なくとも魔獣が活発に動き回る夜に、国をあげて捜索されているような女性を連れてこの街を発つような危険は冒せなかった。


「そんなもの、あんたが守れば済む事だろう」

 魔術士の癖に、とロゼはそう言外に言った。


「言わなかったっけ。俺はヘタレだって。自分の身だって守れるか分からないんだぜ」

 威張ったように言い切ったバナウにいっそ潔さすら感じて、呆れすぎたロゼの口から溜め息がもれた。


 つまりここを抜け出すには一晩の間、レンシアをどこかに隠す必要があるということだ。

 宿に泊めるのはかなりの賭けになる。魔術士の監視の目が敷かれているかもしれないからだ。それよりはロゼの部屋に匿った方がいいだろうとバナウは強く言った。


「断る。これを連れて城内に戻ることなんて不可能だ」

「これって何よ」

 レンシアはいちいちロゼの言葉に反応して噛みついた。


 この少女はバナウやロゼと比べて幼く見える。顔つきもまだ子供を脱し切れていない。

 だがレンシアの成長しきっていない内面を承知しているのか、なだめるバナウは手慣れていた。


「わざとからかってるだけだから気にするなよ、レンシア。怒ったらロゼの思うつぼだぞ、諦めさせたいんだから。とりあえず俺に任せておけよ」


 少女の耳元に向かって囁いてはいたがロゼには丸聞こえである辺り、会話を隠す気は無さそうだった。


「そんでさ。ロゼの宿舎は東塔の裏だろ。あそこは城内を通らなくても庭園をぐるっと回れば行けたはずだ。レンシアの持ってるその布があればなんとかなるよ」


 だが、それを聞いたレンシアが声を上げた。


「この人と二人きりで同じ部屋なんて絶対にいや!」

「分かってるよ。俺も一緒に泊まるからさ。そこは俺が守るから大丈夫だよ」

「……本当に?」

「俺だって婚約中の女性に手を出したりしないさ」


 苦笑するバナウに、レンシアがあからさまに拒否の手を緩めた。


 この子供臭い女が婚約中。


 益々もって胡散臭い話だと鼻を鳴らすロゼの前で、二人は勝手に結論を出そうとしていた。


「それにまさかこのロゼの家に来てくれる女性がいるなんて、誰も思わないだろ。隠れるのにちょうどいいだろ?」

「うん……そうね。こんなんじゃ人が寄り付かなそうだし。確かに安全かも」

「意外に適任だっただろ」

「そうね」


 小声で勝手な話をする二人にロゼの目は据わっていた。


「というわけでロゼ、今夜は俺達を泊めてくれよ。な」


 何をどうしたらそういう訳になるのか。バナウの物言いにロゼは鼻を鳴らした。


「ふざけるな。断る」


「あーもー。そういうのも込みで報酬を全部やるんだから協力しろよ。な?」

「ここまで話を聞いて、まさか突き放したりしないわよね。今日一晩だけ、よろしくね」


 二人ががっちりとロゼにしがみつく。


「冗談じゃ……」

 言いさしたロゼに、二人が邪悪な笑みを浮かべた。


「いまここで悲鳴を上げてもいいわよ」

「そういえば今年の謹慎通算が三十日を越えそうなんだってな。実は結構崖っ縁なんだろ。あんまり日数が増えるとさすがに降格になるぜ」


「…………」

 ロゼは一瞬こいつらを吹き飛ばしてやろうかと思ったが、かろうじてそれは思い止まった。

 ここで魔術を盛大に振るっても、レンシアを匿っても、どのみち何かの面倒事が発生するのを回避することは出来ないのだ。


「近づいたのはそれが狙いか」

「結果的にはそうなるな」

 バナウとロゼの目線がぶつかったまま膠着した。


 黙りこくったままのロゼに、さすがにバナウの背には冷や汗が流れた。噂通りならばロゼは同僚にも遠慮なく手を下すことがあるという。そこまでされてしまうとバナウには打つ手がない。


 だが、意外にも先に視線を外したのはロゼだった。


「宿舎まで俺は手を貸さないからな」

「……本当か? やったぜ!」


 怒気を放ちつつ、またもや折れたロゼの目の前で、二人が息を合わせたかのように手を打ち合って喜んだ。


 露ほども笑えないままロゼは剣呑な雰囲気で二人を眺めて目を細めた。面倒事を避けたつもりだったのに結局招き入れてしまった自身の行為を恨みつつ。


 回避出来ないなら、代わりに術具を手に入れてやる。

 それがロゼの妥協点だった。

 

 実は報酬の術具に全く興味が無いわけではない。つられたかと言われれば完全に否定することもできなかった。レンシアを探す気など微塵も無かった自分が動いたのはやはり術具が関わっていたせいかもしれない。


 特に、国が用意するような術具は通常ルートでは到底手に入らない。


 それだけ魅力のある褒賞であり、他者に持って行かれるのは惜しい気もする。ある意味近衛騎士達の思惑にはまってしまったとも言えるだろう。


 近衛騎士団長であるディグナが笑うだろう。

 姿を思い出して、内心舌打ちをした。




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