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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
終章. 茜色の宴
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最終話

 争乱から一カ月後。


 ノルクトの集落では、宴会の準備が進んでいた。


 狩り場から獲られてきたラビアが集落の広場に並べられていた。

 薄桃色の柔らかい短い毛に覆われたこの獣は、大人の背丈ほどの大きさで、四肢は細く、すっきりした体はやや丸みがある。

 黒い瞳はつぶらで丸く、頭には桃色の二本の長い角がらせん状に弧を描いて向かい合っていた。


 この角は高価で取引されるため重宝されるが、同時に肉は加工され、皮は寝具や衣装に使われるなど、生活の糧として必要とされた。


 もちろん必要以上に狩られる事は無い。それは自分達の首を絞める事になるからだ。


 このラビアの生息地をノルクト族は代々守り続けてきたのだった。


「肉の剥ぎ取りが終わったらこっちに回ってくるからさ。そしたら、俺達が焼くよ。いつもは塩に漬けた後に干すんだけどさ。今日はいいんだ」


 特別な日だから、とバナウは笑った。


「生で焼いた方が干したやつより美味いよ。赤味が残る位が俺は好きでさ」


「僕はしっかり焼いた方が好きだな。中まで火を通しても柔らかいんだ、ラビアの肉は。脂身が少ないからあっさりしてるんだよ」


 広場に用意された大型の竈の火に木片をくべながら、ガナがロゼを振り返った。


 さっき集落に来たばかりのロゼは、せわしなく動き回るノルクトの者達を尻目に、家の脇に置かれた木の長椅子に寝そべって壁に寄りかかっていた。


 二人はしきりに話しかけていたのだが、ロゼは相変わらず返事を寄越さなかった。


 それどころか、どこを見ているのか肘をついたロゼの焦点は二人には合っていなかった。

 ただ身に着けてきた紺色の魔術儀の裾が風に吹かれて揺れるだけ。


 その余りにもやる気のない様子にバナウが吹き出した。


「何だよ。折角久しぶりにみんなに会えたのに。ウタラ達もロゼが来るのを楽しみにしてたんだろ」


 一応話を聞いていたらしいロゼが、つまらなそうにぼやいた。


「そんな事の為に来たんじゃない。ここに書類を届けろとかくだらない任務を強要されただけだ」


 高位魔術士の魔術儀を受け取ってから一カ月。

 足は治療の甲斐あってほぼ普通に歩けるようになっていた。


 怪我が全て治るまでの間は職務から外れる事を許されていたが、復職直後に降りかかったのがこの意味の分からない任務だったのだ。


「記念すべき高位魔術士の初任務がおつかいだったの? さすがはロゼ、一味違うな」


 調味料の入った篭を運びながら茶化したバナウが、いきなり足元を滑らせたように盛大にひっくり返って中身をぶちまけた。


「あいって……危ね。……おい、ロゼ! お前がやったんだろ! もっとましな事に力を使えよな!」


 ふん、とロゼが鼻を鳴らす。

 ぶつけた腰をさすりながら、バナウは散らかった瓶をかき集めた。


「それで、書類って何を持ってきたの?」

 火に風を送りながら、ガナがのんびりと聞いた。


 面倒臭そうにロゼが一度だけ椅子を叩く。その指には呼び寄せた封書が挟まれていた。


 取りに来いと合図するので、ガナがそれを受け取りに立った。


「読んでいいの?」

「お前らのだ」

「本当だ。名前が書いてある」

「どれ? あ、これ、アストワからの手紙じゃん」


 ガナとバナウが二人で折りたたまれた紙を覗き込んだ。


「魔術士団の事が書いてあるね」

「行くのか」

 そうロゼが聞いた。


 仰向けになって頭の後ろに腕を組みながら目を閉じたロゼに、バナウは頷いた。


「うん。アストワが新しく魔術士団を作るらしくてさ。俺達、そこに行く事にしたんだ」

「まあ、そうするのが妥当だよね」

 二人が頷き合う。


 そうか、と呟いたロゼにバナウが物珍しそうな顔をした。


「あれ。もしかして感傷に浸ってくれるわけ」

 バナウはマンドリーグの魔術士団を退団して、アストワ国の所属になる。そうなればもう会う事も無いだろう。


 このロゼがわざわざ会いに来るとも思えないし。


 肉を捌いていた一団が近づいてくる音に、ロゼが身を起こしながら皮肉った笑みを浮かべた。


「異国で下っ端のまま誰にも知られず骨をうずめるよりは賢い選択肢だ」

「相変わらず言う事がえげつないな」


 どん引きするバナウを、肉の乗った皿を抱えながら軽やかな足取りで駆け寄ったレンシアが覗き込んだ。


「何話してるの? ロゼも遊びに来たんなら一緒にお肉を焼けばいいのに」

「遊びに来たつもりはない」

 長椅子に片足を上げて腕を乗せると、ロゼが冷ややかな目線を向ける。


 レンシアとアストワの騎士が正式な婚姻の儀を挙げる前に、ノルクトの集落でも祝いの準備が進められていた。


 熱された網の上に、バナウ達が次々と串に刺さった肉を乗せていく。

 それと同時進行で、広場に並べられていた台に女達が大皿に盛った料理を乗せていった。


 さらに男達が大きな鍋をいくつも運んできて、竈の火にかけた。

 手際よく中央広場が料理で埋まる頃には、集落の者がみな集ってきていた。


「よう、ロゼ。来たか」

 一人でただ集落の様子を眺めていたロゼの元に、ウタラがやってきて声を掛けた。


「わざわざレンシアのために悪いな」

「別にそういうつもりで来たわけじゃない」

「相変わらずひねくれた奴だ。来てくれってマンドリーグの使者に伝えておいたはずなんだがな。じゃあどんな用事で来たんだ?」


 言われてロゼが椅子に置かれた文書を示す。

 手に取って読んだウタラが軽く吹き出した。


「こんなのお前をここに来させるための口実じゃないか。行けと言って素直に言う事を聞くと思わないから用意したんだろうよ」


 それはロゼも分かっている。

 だから余計に面白くないのだ。だらしなく座りながら頭の後ろで手を組んだ。


「どうせそれは、どこぞの権力者が余計な節介を焼いただけだ。どうでもいいが、あいつらのやかましい話を聞かされるのはうんざりだ」


 そう言いながら、ちらりと見る視線の先を追って、ウタラはもう一度吹き出した。


「レンシアに振り回されたようで悪かったな。まあ例のものはやるから勘弁してやってくれ」


 以前ロゼが交渉した黒い鋸は無事に貰える事になった。だが今となっては、それもどうでも良かった。


「ニルケはどうなった」

 どんどん人が集まって止まる事なく料理が振る舞われる。

 その様子を見ながら、ロゼが聞いた。


「ああ。トルサ達幹部はみんなアストワ軍に捕らわれたよ。残った者達はうちが引き取る事になった。皮肉なもんだな。憎んで奪ってやりたかった集落に縋るしか生きて行けないんだから」


 ニルケは負傷者こそ最低限に抑えられたが、首長も失ってこの地に生き残る術がもう残されていなかった。

 事実上ニルケ族は消滅するという事になる。


 とはいえ、ノルクト族の背後にはアストワ国がついた。

 しばらくは今のままかも知れないが、時が経てばいずれノルクト族は完全に国の一部になるのだろう。そうなればノルクトの名も消滅してしまうのかもしれなかった。


 それでも命を繋げないとな、とウタラが集落の皆を見つめて言った。


「今回はお前のおかげで多くの者が生き永らえた。感謝する」


 頭を下げるウタラにもロゼの関心は向かなかった。

 焼けては持って行かれる肉に向いている視線に、ウタラが苦笑した。


「おい。ちょっとはこっちを見ろよ。まあいいけどな。良く分からんが昇進したんだってな。お前の祝いも込みだ。食いたいもんは存分に食ってこいよ」


 広場の一角では焚き火がたかれ、みんなが歌い出すと、華やかな衣装を着た女達が踊り始めた。そこにレンシアも加わって、鈴を転がすような笑い声が響く。


 民族楽器を持って集まった者達が音楽を奏で、手拍子がひとつになってリズムを取った。


「なあ、なんであいつが来てるんだよ」

 作業を交代したらしいバナウとガナがやって来て、ウタラに向かって喧騒に負けない声でぼやいた。


 指差した先にはレンシアの婚約者である、アストワの騎士とその部下が輪に加わって手を叩いていた。


「なんだよあいつ。鼻の下をのばしやがって」

 敵意もむき出しのバナウに、ガナも半笑いで同意した。

「なんだかんだ言って、嬉しいんだよね。あいつ。無性に腹が立ってきた」


「後ろから魔術で湖に落としてやろうか」

「焚き火を頭に飛ばしてやればいいよ」

 冗談とも本気ともつかない会話に、ウタラが困ったように笑った。


「おい、やめろ。婚姻前にケチをつけるようなことをするなよ。大事にしてくれた方がいいだろ。それに、レンシアが自分で決めたことなんだからな」


「分かってるよ。ちょっと近くに行ってのぞいてきてやろうか」

「鼻先に氷をぶつけてやってよ」

「こら、手をだすなよ!」


 分かってる、という二人の言葉も人々の合間に消えた。


「あの二人も、なりは立派になっても中身が子供だな。まったく。なあ」


 同意を求めてウタラが振り向くと、ロゼは踊っている女達の輪をぼんやりと見ていた。

 相変わらずの態度に、仕方ないというように苦笑する。


 空には夕焼けが広がっていた。


 今の時期、この地方は雨が少ない。夕焼けは毎日空を焼いて、集落の全てを茜色に染めた。


「腹は減ってないのか。何か食うだろ? 適当に持って来てやるか?」


 そう言って食べ物を取りに行こうとしたウタラだったが、その背に向かって急にロゼが話し掛けた。


「ウタラ」

「うん? なんだ?」


「レンシアは後悔していなかったのか」

「え?」


 突然の問いかけにウタラが動きを止めた。


 それはウタラにとって、思いもかけない想定外の内容だった。

 思わずレンシアを見て、その表情を確認した。


 どうしてそんな事を聞いたのか。

 ロゼに目を戻すが、彼の目はウタラを見ていなかった。


 もしかしたら、レンシアの行く末を気にしてくれたのだろうか。

 意図など聞いても答えるような男ではないが。


 ああ、とウタラは戸惑いながら頷いた。


「そんな素振りは微塵も見せなかった。レンシアが何も言わないなら俺達も言わない。でも、もし嫌だと言うなら、一族が滅んでもやめさせたさ。俺達にとってレンシアはたった一人であり全てだからな」


「……そうか」

「何でそんな事を聞くんだ?」

「別に」


 納得したのかどうかは分からないが、ロゼはそれ以上口を開かなかった。


「肉を持ってきてやるから、待ってろよ」

 言い残して、大きな背中が山盛りの料理に向かって行った。


 残されたロゼは、人々が談笑しながら歌を歌い、はやし立てているのを一望した。


 バナウとガナは何か悪いことを企てているらしく、遠巻きに騎士を指差している。それも喧騒にまぎれて、完全に溶け込んでいた。


 歌に合わせて踊る女達からも、レンシアからも笑顔がこぼれている。


ーーお前が守ったものをその目で見てこい。


 そうアストワの手紙を渡しながら言ったディグナの顔を微かに思い出しながら。


 陽気な声が溢れる広場から、少し離れたこの場所で。


 時が過ぎるに任せながら、ロゼはただ一人でずっとそれを眺めていた。

 




[王国魔術士と金の姫君・完]


ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。

ご感想や評価などを頂けますととても嬉しいです。

では、また次のお話でお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
すごく面白かったです。 飽きない展開で一気に読んでしまいました。 ほのぼのした終わり方でよかった!
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