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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
9. 「グレダ」の転機
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5

 うんざりした様子のロゼに、レクサールが足元を目で指し示して言った。


「今日はもう、下がりなさい。……と言いたいところだが、足を負傷したらしいな。まずはこのまま医務室に行きなさい。マンドリーグにはクオール人を診ることができる医師がいる。後遺症でも残れば任務どころではないからな」


 ちらりと自分の足を見下ろしたが、ロゼは他人事のように言って踵を返した。


「放って置けば治る。必要ない」

 そう片足を引き摺り、さっさと退室しようとしていたロゼに、入り口近くで控えていたバナウが声を上げた。


「駄目だよ、ロゼ。医務室に行けよ。治らなかったらどうするんだよ」

 言いながらロゼに近寄った。


「要らない。邪魔だ」

 行く手を遮られて苛立ったロゼが手で押しのける。だが、バナウは全く意に介さないで続けた。


「治療しないと後遺症が残るかもしれないって、前にも言われてたんだろ。怖いなら俺が付き添ってあげるよ」

「誰が」

「ほら、また。本当にロゼって人の話を聞き入れないよな」


 呆れた声で言ったバナウに、レンシアが同意して頷いた。

 

「そうよ、行った方がいいわよ。全然大丈夫そうに見えないわよ、それ」


 ずっと大人しくしていたはずの彼らは、あっという間に自分達の空気を取り戻すと、いつもと変わらない調子でロゼに話し掛けた。


「ちゃんと言われた通りにしないと。何があっても自分なら大丈夫だって思ってるでしょ。自己過信が強すぎるのよ。人に頼る事も出来ないし。ほんとウラル山よりプライドが高いんだから」

 

 ねえ、とレンシアはガナに振り返る。

 そんな山知るか、とロゼが吐き捨てた。


 投げやりな反応にも気にした様子もなく、ガナがまじめな顔で頷いた。


「そうだよ。全然良くなってる様子がないじゃないか。よくこんなんで戦地を駆けたね」

「それがこれっぽっちも大丈夫じゃなかったんだよ。イレマと戦ってる最中に馬から落ちてぼけっと突っ立ってるから案の定狙われてさ。俺が行かなかったら死んでたと思うよ」


 うるさい、と非難したロゼの言葉は誰にも受けとめられなかった。


「でもイレマでもノルクトでも結構ひどい目にあったのによく生きてたよ。多少殴られても死なないのは見ただけで分かるけどさ」

「私のお守り、効果があったんじゃないかしら。ねえ、ロゼ。あの桃色の飾り。覚えてるでしょ」


 ラビアの角で出来た涙。

 そう言えばそんな物があったとロゼが今になって思い出す。

 族長の手に渡ってそれっきりだ。


「持ってるんでしょ?」

 目を輝かせるレンシアにロゼがそっぽを向いた。


「……なくしたのね」

 レンシアが胸元を掴んで詰め寄った。

 やめろ、とロゼがその手から逃れるように振りほどいた。


「お前の父親が持っている。嘘だと思うなら聞いてみろ」

「何でよ! せっかくあげたのに。そういう所が駄目なんだって言ってるでしょ。最初に会った時だってさ」


「そう言えばロゼの部屋にレンシアのあれ、置いて来たままだった」

 尚も絡みつくレンシアを振り払って、ロゼがバナウをきつく睨み付ける。

 言われたことで思い出したロゼが、神風のごとき速度でその首元を掴んだ。


「お前。本当に俺の部屋にろくでもない物を残してくれたな。お前のくだらない企みのせいでどれだけの迷惑を被ったと思ってるんだ。大体最初にお前が声を掛けてこなければこんな事にはならなかったんだからな」

「こっちが引くほど乗り気だったくせに」

「誰が!」


 彼らの遣り取りをずっと見ていたレクサールが制止をかけるが、それは誰の耳にも入りそうになかった。


「思い出話はまた後にしようぜ。今は取りあえず足の怪我だろ。ちゃんと治した方がいいよ。歩けなくなったら困るだろ」

「これだって、誰のせいだと……!」


「駄目よ、バナウ。行けって言っても聞かないでしょ、ロゼは。素直じゃないんだから」

「だから俺が付き添ってやるって言ってるのに。じゃあこうしたらいいんじゃないかな。ちゃんと行けたら後で酒粥を用意してあげるよ」


「それ、いいわね。すごく喜んだってお母さまが言ってたわ。でも、私作れないわよ」

「ガナが作れるよ。見よう見まねでよければ俺が作るけど」


 無言で逃げようとするロゼを、バナウとレンシアが掴んで引き戻した。


「ちょっと待った」と二人の声が重なる。


「離せ。もうお前らに用は無い!」

「ロゼから用があった事なんて無いだろ。俺達はあるんだから黙って行くなよ」


「都合が悪いと逃げるとか、ほんと子供ね。この間だってふて寝して逃げに入ってたわよね」

「そう言ってやるなよ。上手く返せないからそうするしかないんだろ。分かっても言わないのが」

「うるさい、もう俺に構うな!」


 ずっと面白そうに若者達を見ていたディグナと、困った様子のレクサールが珍しく顔を見合わせた。


 溜息をついて、レクサールはアキアと彼女に付き従う魔術士達に向かって命じた。

「連れて行きなさい」

 恭しく頭を下げたアキア達は、未だ騒ぎ立てる彼らに割り込むと、無言でロゼの両腕を掴んだ。


「おい、やめろ。離せ」


 そのまま抵抗するロゼを引き摺るようにその場を去る。


「行ってらっしゃーい」

 にこやかに手を振る三人に、怒りを抑えきれなかったロゼが月並みの捨て台詞を吐いた。


「お前ら、……覚えてろ!」


 ロゼが去って残った三人は、近づいて来た巨躯の騎士に気付いて急に静かになった。

 戸惑って見上げる若者達に、ディグナが我慢出来ずに声を上げて笑った。


「なるほど、あいつにしては手こずったわけだ」

 どうしてロゼが自分から素直に首をつっこんだのかずっと疑問だったが、この遣り取りを見ただけで容易に想像できた。


 委縮した三人にディグナが出口を指し示した。

「詳しい話は後で聞かせてもらう。今は酒粥とやらを作ってロゼを待っててやれ。食い物を与えたらあいつも少しは気が静まるだろうからな」


 はい、と頷くと三人が揃って頭を下げる。逃げるようにその場から退散した。

 そんな彼らを見送りながらディグナはレクサールに振り返った。


「厄介な役回りで悪いな」

 何がとは言わなかったが、レクサールはディグナの言わんとしている事をすぐに理解したようだった。

「貴方の為にした事ではありません」

 無表情のままレクサールは即答した。


「ですが……まさか、という気持ちが本音です。グレダがああいった行動を取るなど、正直予想もしていなかった」

 レクサールが複雑な思いで息を吐く。


 二人はロゼのとった行動を思い返していた。


 ノルクト族を救うためだけに、ロゼがわざわざ引き返した。

 それだけで驚くには十分なのに、彼はさらに想像の上を行く事をやってのけたのだ。

 

 今回の戦闘では当然死人が出なかったわけでは無いが、あの規模の戦いがあって全体の死者数は最低限に抑えられたと言ってもいい。

 それはロゼが先陣を切って戦闘の鎮圧に回ったからに他ならない。


 過去に戦で先陣を切って敵を殲滅させた魔術士なら数多くいる。

 現在マンドリーグにいる高位の魔術士達も、そのほとんどが争乱などで多くの命を討ち取って名を上げた者ばかりだ。


 ロゼのように戦場にあって敵を一掃するのではなく、命を奪わせないという選択肢を選んだ魔術士など類を見ない。


 少なくとも、そのような功績で高位に昇格した魔術士をレクサールは知らなかった。


 レクサールは確かにロゼに失態を挽回させる機会を与えた。だからといって彼に何かを期待していたわけではなかったのだ。


 それを察して、ディグナが小さく笑みを浮かべた。


「あいつは割と頭の良い奴だ。世間で言われているグレダほど考えなしじゃない。まあ、俺もロゼが昇格するほどの手柄を立てるところまでは考えていなかったがな。上手いことロゼの潜在能力を引き出せたようで何よりでしたな」


 ディグナの言葉はいつも皮肉めいていて、レクサールが苦笑した。


「上手くやったのは貴方の方でしょう。あのロゼを意のままに動かすことに長けているようだ」

「今回に関しては俺は本当に何もしていない。まあ、動く様子がなければそういう方向に持って行くつもりではあったけどな」


 今回レクサールがロゼの処遇に関する一切を引き受けたのは、ディグナが王立議会にそうするよう強く働きかけたからだ。


 どちらかと言うと、ロゼは降格のリスクの方が大きかった。


 もしもフレゲイトの判断のままに放置すれば、ほぼ確実に降格もしくは除籍されていただろう。

 フレゲイトだけでなく、他の聖導士であっても同じ結果になっていたはずだ。


 ただ一人、レクサールだけが種族に関係なく、平等にロゼを評価してくれる聖導士だとディグナは見込んでいたのだ。


「グレダが高位に昇格したのは初めての事です」

 レクサールが言うと、ディグナが小首を傾げた。


「そうだったか?」

「初めてです。マンドリーグの史上には何人かグレダがいましたが、全て中位止まりです。そもそもグレダを力ある地位に据えたことがありませんからね」


 聖導士はグレダもといロゼを高位に就けさせるつもりは無かったと言える。

 むしろそれを望んでいたのは魔術士団ではなくディグナの方だった。


「貴方が何を思って彼の昇格を望んでいたかは詳しくは聞きませんが。あまり肩入れするとまた同じ事を繰り返しますよ」


 ディグナはふと笑って、誰もいなくなった扉を眺めた。


「そんな大層な話じゃない。あいつがいれば退屈しないだけだ。何せお高くとまった魔術士団をここまで騒がせる奴なんて他にいないからな。それに、この先あいつは戦力としても重要な役割を担う事になる」


 そう言うディグナの目は笑ってはいなかった。


「それは我々よりも貴公ら魔術士団の方が分かっておられるんじゃ無いかと思いますがね」


 探るように言われて、レクサールはさあ、と曖昧な言葉だけを返した。

 それ以上触れることもなく、ディグナはロゼがいなくなった方向を顎で指した。


「まあ、今回はロゼを良く褒めてやってくれ。あいつはマンドリーグに来てから褒められた事なんか無いだろうからな」


「……それはもう十分でしょう。彼も分かっているはずです。それより」


 レクサールはわざとらしく咳払いした。


「もう一度言いますが、ロゼに関しては貴方のためにした事ではない。これは正当に評価した結果です」


「分かっている。これ以上貴公に迷惑をかけるつもりはありませんよ」


 ディグナが笑みを浮かべた。


 レクサールが白い魔術儀を翻すと、では、と会釈して部屋を後にする。


 ディグナは笑みを残したまま、しばらくその後ろ姿を黙って見送っていた。


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