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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
8. 荒野の防衛戦
37/44

5

 反射的にルベリオが空高く跳んだ。


 頭上の魔術士を下からロゼが狙い撃つ。

 数条の光が破裂したが、それは全て防がれた。


「マンドリーグの奴と遣り合うのは初めてだ。どこまで耐えられるか見せて貰うよ」


 ルベリオがまた嗤う。

 上からロゼを目がけて無数の光の雨が降った。

 あらゆる物を貫く光線が土を抉り、防御体勢のロゼの服を掠めて裂いた。


 頬に何かが触れた気がして擦ったロゼは、それが傷を負って流れた自身の血だと気付く。

 魔力の集束が、自分が思っていたよりも追いついていなかったようだ。


 また魔力を使い過ぎたか。 

 そう思ったのはその時だけで、ロゼは地に降り立ったルベリオに狙いを定めた。


 お互いに幾度も魔術の応酬を重ねて隙を伺う。

 

 何度目か相手の魔術を打ち消した所で、ロゼが目の前の魔術士に聞いた。


「お前はイレマの人間だったな。イレマが戦闘を仕掛けてまで本当に欲している物は何だ。これだけ手間をかけておいて、ノルクトの土地とか、そんな小さな物じゃ無いだろう」


 言いながら、ロゼの手は魔術を止めなかった。

 空気を切るような鋭い音がルベリオを切り裂く。

 完全に防ぎきれなかった青い魔術儀が大きく切れると、そこから流れる血が衣装に染みた。


「くそ……。イレマが欲しいもの? 下っ端のお前が一生手に入れられない物だ。俺達は国の犬になんかならない。怯えて暮らす獲物にもな」


「だから何だ」


「お前が知っても意味はない事だ。……これで死ぬんだからな!」

 

 ルベリオの周囲から大地を這うように火が一気に広がると、黒い煙と共に猛炎が立ち上る。ロゼを完全に飲み込んで、渦巻いた火炎が高い所まで昇って行った。


 目の前の炎は人ひとりを焼くには大きすぎるくらいだった。それは敵の魔術士にとってノルクトを威嚇するための見せしめの意味もあった。


 ルベリオは吹き出すと声を上げて笑い出した。


 目を凝らして、自身の起こした炎の中にマンドリーグの魔術士を探す。

 風に煽られてうねる炎と煙の合間に、微かな黒い人影が見えた。


 温度は千度以上に達しているはずだ。仁王立ちのまま動かないところを見ると、時間を置かずに焼け死んだに違いない。後には炭となった人の形が残るだけだろう。


「見ろよ。お前らもじきにこうなる。でも、一人も残さないから心配するな。みんな一緒だ」


 ルベリオは集落の中から戦いを見つめていた住人達の方を向いていた。

 みなが怯えているのを感じ取って、彼の笑いは止まらなかった。


 そんな青の魔術士の背後で、炎の中から人影が一歩踏み出した。

 ルベリオが気付いて振り返るより早く、背中に衝撃波が直撃した。


「くあ……!」

「何を笑ってる。魔術の炎なんかで、俺が焼けると本気で思っているのか」


 片足を引き摺ったロゼが燃え盛る炎の中から歩み寄る。火に巻かれてはいたが、それはロゼの黒服にすら及んでいなかった。


 視界が歪む高温のなか、少しも気にする様子すらなく平然としていた。


「お前……平気なのか」

 ロゼの魔術をまともに食らって、地を這いながらルベリオが声を絞り出した。

 その直前に立つとロゼがルベリオの肩を踏みつけた。


「う……この……!」

「口だけじゃないのは良く分かった。確かにそう拝める魔術じゃない。ただ、相手の力を読めなかったのはお前の落ち度だ」


 ロゼの手が上がる。

 だが。


「待て、貴様!」


 背後から鋭い制止の声がして、紫紺の男達が襲い掛かってきた。咄嗟にロゼが剣を弾き、槍を折ると、返す手で男達を吹き飛ばした。

 その隙にルベリオが逃れて距離を取ったのを感じ取る。


 青の魔術儀を目で追いかけると、さらに別の紫紺の男達の小団がこちらに向かって来ているのが視界に入った。


ーーまさかウタラ達が落ちたわけじゃないだろうな。


 ふと懸念を抱いた、その時。


 脇から槍を構えて襲ってきた男に気付く。

 振り返った先の白い衣装の男の顔に、手を向けようとしたロゼが一瞬だけ躊躇した。

 

 避けようとするも、槍が左腕を深く切り裂いた。

 口からは声にならない息が漏れた。


 意識の無いヤザの体は、槍を抱えたまま力なく地面に崩れ落ちる。

 倒れていた体を魔術で道具にしたルベリオが笑い声を上げた。


「どうした。何か気が逸れるような事でもあったのか。惜しかったな。いくらお前に力があっても一人じゃ何も出来ないのさ」


 紫紺の男達は駆けつけたものの、ルベリオが魔術を使おうとしているのに気付いて足を止めた。


「マンドリーグの魔術士。そこで見てろよ。集落が落ちる所を」


 ルベリオの周囲の風が渦を巻く。そして砂塵を巻き上げて土色の竜巻を生み出した。

 それは近くの岩や草や灌木、倒れていた馬や男達すらを徐々に巻き込んでいった。


 叩きつけるような風にロゼが目を細めた。


 腕の傷を強く握り込む。

 手の下では、服が濡れて広がっていくのを感じていた。

 

 加勢に来た男達はしばらく留まっていたが、ついに恐れをなして逃げ出してしまった。


「これが通った後は何も残らない。こんな集落など特にな」


 ロゼの目は細められたままだった。

 そして全く動じる事なく吐き捨てた。


「やれるものならやってみろ。そんな貧相なそよ風でやれるんならな」


「その状態でよく言えるな。希望通りもっと派手にいってやるよ」


 ロゼの煽りを受けて風がさらに強さを増す。

 天に伸びた竜巻は日の光を遮って周辺に陰を落とした。


 その渦巻く風の中に小さな光を見て、ロゼが笑みを浮かべた。

 

「これで終わりだ」


 言ったのはロゼだった。

 直後、周囲から青白い閃光が迸る。


 先程イレマの頭領に向かって放たれたものとは比較にならない一条の雷閃が、イレマの魔術士を撃ち抜いた。


 青い魔術儀から煙が上がって、男は固まったように直立していた。

 恐らく自身に何が起こったかなど考える暇は無かっただろう。

 やがて硬直したまま地面に倒れた。


 魔力の提供を失った竜巻が、すぐに解けるように霧散する。


 ロゼが鼻で笑うと傷を押さえたまま顔を顰めた。

 竜巻の生み出した電気を逆に奪い取って利用してやったのだが、お陰で威力の割に魔力の負担は少なかったように思える。


 嵐が完全に消え去ると、立っているのはロゼだけになった。


 そんな姿を、ノルクトの集落の者達がずっと逃げる事なく最後まで見ていた。

 彼らはこの短時間でロゼが負けたら自分達も命がない事を理解していた。

 そして今も、ロゼの事をひたと見ていた。


 しばし立ち尽くしていたロゼは、やがて足を引き摺って歩き出す。

 血の滴を落としながら、ヤザの脇で片膝をついた。


「起きろ。ヤザ」


 倒れた体に触れると揺さぶった。

 何度か声を掛けた所で、ヤザが小さな声を漏らした。


「……ロゼ」

「寝てる暇はない。まだ戦いは途中だ。……キアゾ、お前もだ」


 ロゼはキアゾの体も揺さぶる。

 呻く声を聞くと、ロゼは二人を残してその場から歩き出した。

 足を負傷し、腕に傷を負ってもさらに黒衣の魔術士は進もうとしている。


「ロゼ!」

 それを呼び止めたのは、族長の奥方だった。

 彼女は泣いていた。


「待ちなさい。戻るのかい。その腕じゃだめだ。せめて手当てくらいはさせておくれ」


 そう言って奥方は傷ついた方の手を握った。

 ロゼはただ見返しただけで、拒絶する事もしなかった。






 イレマの魔術士がロゼに敗れたのは、すぐに現場に知れ渡った。


 その情報は苦戦していたノルクトの男達に希望をもたらし、逆にイレマは戦意が低下した兆しを見せた。


ーーこの分だと押し切れるかもしれない。


 ウタラが剣で斬り掛かってき男の頭を槍で殴り倒しながら思った。

 数的にはまだ劣っているため断言できないが、もしかしたら集落を守り通すことができるかもしれない。


 魔術士を失った事が、イレマの士気に大きく影響している様子だった。


 いまだ両部族がぶつかり合い砂埃が舞い上がる中、次々と人影が馬から落ちてゆく。


 だが、敵の人馬は集落まで至っていなかった。


 ノルクト族の者達も、疲労が蓄積して勢いは落ちている。だが、気迫は未だ衰えることを知らなかった。


「気を抜くな! 敵は魔術士を失って逃げ腰だ。最後まで全力でいくぞ!」


 ウタラの声でノルクトの男達が気勢を取り戻す。

 地面のそこかしこに倒れた人と馬を飛び越して、集落を背後に武器を掲げ直した。


 負けじとイレマの頭領が叫んだ。

「怯むな! まだ戦力は我々の方が上だ。ノルクトの集落を破壊し尽くせ!」


 群衆がなおもぶつかるが、背に集落を負うノルクトの男達は一切引くことがない。


 この頃には馬を失った者達も大分多くなり、人々が交錯して駆け抜けた。


 そんな中、怒声と悲鳴が紫紺の群衆の後方から上がった。

 キアゾとヤザが率いる少数の戦闘員が、イレマの者達を背後から襲い始めていたところだった。


「中央を突破しろ! 敵の頭を討ちとれ!」

 ウタラが敵の中心を崩しにかかった。


 ここで急にイレマの男達の間で、敗戦の空気が流れ出した。


「族長! もうこれ以上攻めきれません。一旦退きましょう」


 イレマの頭領の近くにいた男も同様の空気を感じ取って声をかけた。


「何を言っている。ここで退くだと? ここで逃げ出すと言うことがどういう事だか分かっているのか?」


「今は、無理です。あの魔術士がノルクトについたせいで計画が狂いました。一度退いて態勢を立て直さないと、これ以上は無理です」


「くそ……」


 頭領が少し高台になっている所から戦場を見渡すと、馬に乗って主戦場に戻って来た黒衣の魔術士の姿を認めた。


「貴様……!」


 頭領が指をさした。


「あの魔術士だけは許さん。何としてでも殺せ! 行くぞ!」

「待って下さい、族長!」


 止める声も聞かず、精鋭を引き連れた頭領が坂道を馬で駆け下りた。


 その存在にロゼも気付いていた。


ーー来るか。

 

 あれを仕留めれば戦は終わる。


 そう思って手元に神経を集中したロゼは、その行為に同調するような耳鳴りを自覚した。

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