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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
8. 荒野の防衛戦
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4

 立て続けに起こった爆発でノルクトの群勢が混乱している声が聞こえた。


「始まったな。お前の後ろで何が起こっているのか分かっているんだろう。助けに行かないのか? うちの魔術士はヴォルテナで訓練を受けている。放って置けば集落の奴らが全滅するぞ」


 そう揺さぶりを掛けてきたが、ロゼは目の前の男から目を外さなかった。


 頭領の周りを固めているのはイレマや西方部族の精鋭とおぼしき一団だ。そして、彼らの後ろにはロゼを狙う別の騎馬の一団が足を止めている。


 背を向けたら襲い掛かってくる。さらにそのまま集落に攻め込むつもりだろう。それを阻んでいるのはロゼの存在だ。


 集落の方は見なくても分かった。恐らく集落背側から魔術士が奇襲をかけたか何かだろう。


 その場を動かなかったが、この頭領の言う通り止めに行かなければ集落は陥落する。しかも、集落だけでなくノルクトの戦闘員も全滅に追い込まれてしまうかもしれない。


 ヴォルテナ国はロゼも聞いたことがあった。同じ東大陸の遥か北にある、魔術で名の知れた国の一つだ。

 そんなに大きな国では無かったように思う。だから、特徴などは思い出せなかった。


 そんな国の魔術士とはいえ、ノルクト族が訓練を受けた者の魔術に対抗できるとは思えなかった。彼らはそもそも魔術に対する知識が余りにも乏しい。


 イレマ側の魔術士の力量がどれだけのものかは知らないが、ノルクト族は完全に無力だ。


 こうしている間にも集落の周りでは激しい戦闘が続いている。魔術士に対して人手を割く余裕などあるはずがない。


 かといって、 随分削ったとはいえまだイレマ側の騎馬はざっと見ただけでも六百くらいはいる。

 ノルクトの戦闘員だけでこれらの相手をするとしても戦力が足りないだろう。


 頭領が卑俗な笑いを零しながら言った。


「いくら魔術士でもお前一人で全部を守る事など不可能だ。お前は無関係な人間なんだろう。あいつらを見捨てて逃げ出すという手もあるぞ?」


 ロゼは目を細めながら鼻で笑った。


「確かにそれも有りだな」

 ロゼの目の奥が再び暗く光る。


 周辺の地面が薄く光を帯びると、瞬間的に大地から青い稲妻が立ち上がってイレマの馬群を駆け抜けた。一瞬の電光に打ち抜かれて、悲鳴と共に馬も人も硬直して倒れていく。


 頭領が苦痛の叫びを上げた。乗っていた馬が嘶いて仁王立ちになると数歩後ろに下がった。


「くそ。貴様!」

 頭領は苦しげに呻いたが、かろうじて失神を免れたようだ。同様に無事だった周りの仲間が守ろうと間に入る。


 ロゼが舌打ちをした。

 範囲が広かったせいか、魔力で周辺から集めた電気量が足りなかったらしい。

 頭領だけでなく精鋭達にもあまり効かなかったようだ。

 魔術に対する打たれ強さもあるのだろうか。いつかの夜に襲ってきたニルケの男達を思い出させた。


 ロゼはもう一度、手を掲げた。

「今すぐ全員を撤収させろ。それともこの場で死を選ぶか」


 脅し文句に敵の頭領は嗤ってみせた。


「馬鹿な事を。お前……最初より勢いが落ちているぞ。暴れすぎて魔力を使い果たしたんじゃないのか?」


「なら、試してみるか?」

 ロゼが馬を前進させると、頭領が避けるように馬を下がらせて言い捨てた。


「全員を相手に出来るならやってみるがいい」

 そのまま頭領が馬群まで退くと、引き換えに後方の騎馬が前に出た。


 双方が交戦すると見えた所で、突如ロゼの馬が大きく旋回するとノルクト族の集落に向かって走り出した。

 

「逃げる気か。あいつを追え。このままノルクトの集落まで追い詰めて、皆殺しにしろ!」


 背後で再び頭領の怒鳴り声が耳に入る。

 ロゼは深追いを選ばなかった。時間を掛けている暇が無いからだ。


 向かって正面では、集落の周りでノルクトの男達とイレマの戦闘員とで戦いが続いていた。

 その中を駆け抜けながら、ロゼが目的の人物を探した。


「ウタラ!」


 敵味方が入り乱れる中にウタラを見つけてロゼが叫ぶ。

 気付いたウタラが馬を近寄らせてきて言った。


「イレマの魔術士が集落の裏から襲ってきた。後方を守っていた奴らが全滅だ。今、別の仲間が向かってる」


 ロゼは頷いて代わりに言った。


「頭領の一団が来る。奴らはしぶとい。ここを死ぬ気で守れ。俺が魔術士を叩く、何とか耐えろ」

「分かった。頼む」


 ウタラはロゼに託した。

 彼らノルクト族にはそれしか選べる方法が無かった。


 言葉は聞こえてはいただろうが、ロゼの返事は無かった。

 お互いにそれだけ交わして、ロゼは一人集落後方に向かって行った。


 ノルクトの集落は元々千人規模が暮らしていた地であり敷地もそれなりに大きい。

 集落を囲う石の壁に沿って、見かけたイレマの者を狩りながら馬を駆る。

 

 ロゼの背丈よりも若干高い石壁は、馬に跨ると内部を覗く事が出来た。


 木の多いこの集落は見通しが良くない。

 ただ、中の人々が林の中を走っている姿が見えた。 

 内部の状況は分からないが、彼らは集落の裏手に向かっている様子だった。


 女子供も関係なく、敵に石壁を越えさせないように守ろうとしているようだ。手には持ち慣れないだろう武器を持っていた。

 

 イレマの頭領が言うように、ロゼが一人で全部を背負うのは手に余る。敵の群勢を相手にするだけならまだいいが、ノルクトの集落を守る事までは手が回らない。

 

 だが、元々そこまでするつもりで戻って来たわけではない。

 本来なら彼らを守ってやる義務もないのだ。


 そう思っていたのだが、だからといって投げ出す気にもなれなかった。


 ガナに散々言われたからではない。

 ノルクト族が全滅して浮かない気分でマンドリーグに戻るよりは、ウタラ達に恩を売って酒粥でも出して貰った方がまだましだと思ったからだ。


 そのためとは言わないが、それが一番気分良く終われる結末のような気がした。


 ようやく集落の裏手に出たロゼはイレマの騎馬集団を見つけた。

 その中の一人が青い魔術儀らしき衣服を纏っているのを見た。


 その一団に狙いを定めるや否や、ロゼの振り払われた手元から幾筋もの光が奔った。

 光弾は尾を引いて、馬上の男達にぶつかると次々と叩き落としす。


 一人だけ腕を掲げてそれを防いだイレマの魔術士は、自身の馬をなだめつつロゼの姿を認めた。


「何だお前。魔術士か」

 青い衣装の男が嘲笑う。

 茶金の髪に水色の瞳で童顔の、二十代くらいの魔術士だった。


 周りには傷ついたノルクトの男達がまるで蹴散らされて散らばったように地に倒れていた。

 その中にキアゾとヤザと思しき姿を見つける。

 集落の石壁は壊され、内部の物陰から弩や槍を構える女達や年老いた男達が見えた。


 二人の魔術士はお互いに距離を取りながら馬を歩かせた。

 探り合っていたのは少しの時間で、イレマの魔術士が先に口を開いた。


「その黒服……マンドリーグの奴が着ている物に似ているな。もしかしてお前はマンドリーグの魔術士か」


 イレマの魔術士の粘りつくような視線が絡みついて、ロゼが不快そうに顔を顰めた。


「どこだっていいだろう。それよりヴォルテナの魔術士だったらしいな。少しは楽しませてくれるんだろうな」


 挑発の言葉とともに、ロゼが突然両手の指を交差させた。周辺を白く染めるような強い光が相手の視界を奪う。


 目元を腕で隠したイレマの魔術士に向かって、ロゼが馬を走らせた。

 至近距離でロゼの魔術が炸裂すると重い音がして、イレマの馬の体がくの字に反った。


 かろうじて自身への直撃は防いだ魔術士が、跨っていた馬の転倒を避けられずに地面に投げ出された。


 体を起こしながら、イレマの魔術士が苦痛の声を出した。


「ーーく……。お前……汚い真似をしやがって!」


 吐き捨てた男に、馬上からはロゼの凍るような視線が降った。


「お前らは自分のやってる事が綺麗だとでも思っているのか。この集落を陥れるために随分と用意周到に裏でこそこそ動き回っていたみたいだが。小細工は全部出し切ったか」


 答える代わりにイレマの魔術士が薄気味悪い笑みを浮かべた。


「調子に乗るな」


 男が乗っていた馬は意識もなく動かなかった。それを少し見下ろしてから、両手を掲げる動作をした。


「俺は元ヴォルテナの魔術士のルベリオだ。国では割と知られていた方でな。お前も覚えておいた方がいいと思うぜーー」

 

 ルベリオと名乗った男がこれ見よがしに両手を握り上げる。


 氷が地面を突き破ってロゼを下から突いた。


 乗っていた馬が跳ねて嘶いた。自身への魔術の直撃は防いだが、立ち上がってそのまま倒れ込んだ馬体からロゼが滑り落ちて地を転がった。


 治りきっていなかった体の痛みに息を詰まらせる。土を掻いて身を起こすと馬を見た。


 脇ではひっくり返った馬体から伸びた脚が、力なく宙で痙攣していた。あっという間に土には血の染みが広がっていく。

 見れば馬の体は裂けていた。これではもう助からないだろう。


 足を失ったロゼはその場に立ち上がって、同じく地に立っていた魔術士と対峙した。


「逃げてもいいぜ。ここはマンドリーグの人間には関係無い場所だろう? 何をしに来たかは知らんが首を突っ込んだら後悔することになるぞ」


 そう告げるルベリオの顔は人間を見下すような、魔術士によくある高慢な笑みを浮かべていた。


 自国でいつも似たものを見ているロゼがつまらなそうに鼻を鳴らしつつ苦い笑みを浮かべた。


「どこに行っても同じような奴らばかりだ」


「何?」

 イレマの魔術士が訝し気に聞き返したが、ロゼは別に相手に向かって言ったつもりでは無かった。 独り言が漏れた程度の戯言だ。


 それより相手も魔術士なら手加減する必要もない。

「俺は急いでいるところだ。おしゃべりは終わりだ」

 

 言い終わらないうちに、ロゼが真似して伸ばした手を握り込む。 


 ルベリオの足元がいきなり陥没した。 

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