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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
8. 荒野の防衛戦
35/44

3

「ロゼ、お前……どうして戻ってきた」


 誰一人振り返る事なく逃げ去っていく紫紺の連中を見てウタラが振り返ると、ロゼがまだだと目を細めた。


「間もなくイレマが来る。奴らがノルクトとニルケを騙していたのはお前達の考えていた通りだ。残念ながら人数は違ったようだがな。さっきみたいな可愛い喧嘩で済めばいいな」

「何だって」


 やはり、とウタラは呟いた。

 実際に見てきたらしいロゼの様子にウタラが動きを止めて自分の仲間達を見渡した。


 この数で迎え撃つ事が出来るのかーーそう思っていた矢先に、ニルケとは別の方角の丘に馬群が現れた。


「兄さん、新手だ!」

「おい、あれは……」

 ヤザとキアゾの声が敵の一団を見て尻すぼみに消えた。


 次々と増え続ける騎馬の数も、徒歩の戦闘員の数も、遠目で見てもニルケの数を遥かに上回っていたのだ。


 ウタラもそれを見て息を飲んだ。

 どう見ても騎馬だけで軽く千を超えている。東の部族の戦える者全てをかき集めてもそこまでは達しないだろう。


 紫紺の衣装に金の帯は同じだったが、顔を隠していなかった。陽の光が反射する髪は赤茶の強い金のように見える。その髪が圧倒的に多く、西に住む民族達が中心である事は間違いなさそうだった。


「西の奴らを引き込んだらしいな。どこまでも用意周到な奴らだ」

 ウタラの声には絶望が混じった。


 西方には詳しくないが、大きな集落がいくつかあったはずだ。

 戦にも強いと聞く。お互いに警戒していたから、ほとんど関わりが無かったのもあった。

 それがまさかイレマと手を組むとは。


 結局はイレマの手の上で踊らされたまま終わる運命だったのか。

 そう瞬時に諦めを見せたウタラに、ロゼが鼻を鳴らした。


「ウタラ。昨日の言葉は飾りか。集落を失いたくないなら最後まで意地を押し通して見せろ」

 ロゼが馬の首を丘の方角に向かせた。


「お前、ちょっと待て……」

 突っ込むつもりかと伸ばしたウタラの手を、ロゼが払いのけた。


「降伏するとか、くだらないことを言い出すつもりじゃないだろうな。ここまで来て俺はごめんだからな。城では抑えつけられてばかりいたから、せいぜい憂さ晴らしでもさせて貰う」


「無理だ。魔術だって万能じゃないだろう」

「俺の近くに寄るな。巻き込まれたくなければな」

 それだけ言い残して、ロゼの馬が飛び出した。


「おい、ロゼ! ……くそ!」

 掴み止めようとした手は振り切られる。それで仕方なくウタラが自分の仲間を振り返った。


「みんな、奴等を迎え撃つ! ロゼが……魔術士が俺達の味方についた。だから、数の差は気にするな。総力を尽くせ。魔術に巻き込まれるからあいつには近寄らないように気をつけろ。集落を死守するぞ!」


 ノルクトの男達にあった戸惑いは鬨の声に変わった。

 ニルケとの第一戦はほとんどロゼが一人で蹴散らしてしまったため、ノルクト側の負傷者は十数人で済んでいる。

 まだ残っている善戦の空気が彼らを後押しした。


「キアゾ、ヤザ。イレマはきっと汚い手を使って集落の壁を越えてくる。奴等を近寄らせるな。裏にももっと人手を回せ。弩や投石機を使えそうな者は集落の中から応戦させろ」


「分かった」

 その場から二人が離れた。


 先行するロゼに遅れてノルクトの騎馬が後を追う。その後ろで徒歩の男達が集落を守る様に陣を構えた。

 さらに、弓をつがえた者達が敵の接近を待った。


 丘の上の一団が声を上げながら雪崩のように坂を駆け下る。

 彼らは端から会話する気などさらさら無いようだった。


 敵の先頭集団に単騎で突っ込む形のロゼが、馬上で立ち上がると片腕を水平に構えた。


 風や振動の影響などを受ける素振りも見せず。

 手を起点にして背後に光が尾を引いた。手中に魔力が収束するほどその光の筋も鮮明になった。

 さらにロゼの周囲を淡い光がたゆたった。緑の目の奥が一瞬だけ夜の獣のように暗く光を帯びる。


 双方が接近したところで、イレマの群勢が一斉に弓を放つと空を黒く翳らせた。それはロゼの腕の一薙ぎで全て粉々に打ち砕かれた。


 さらに突進してくる群勢に向かって、淡く光を帯びた腕が大きく払われる。

 距離にして百歩程度の半径で円を描くように一線の光が奔る。地面ごと敵の先頭集団を爆風が吹き飛ばした。


 馬を駆るロゼの周囲には再び、くゆるように光が宿っていた。


 魔力は現象として形になるまでは目に見えないものだったが、集束させる上である限界点を超えるとこうして光のように見える事があった。

 それはつまり、威力も規模も大きい魔術を放つ体勢にあるという事だった。


 それでも敵は先頭の惨状にも恐れる様子は無かった。

 倒れた馬群を飛び越して後続が迫って来る。

 それを二撃目の爆風が吹き飛ばした。


 紫紺の男達からは悲鳴が上がったが、怯むことを知らないのか敵の騎馬達の足は止まらない。


「あいつが魔術士だ!」

「あいつをやれ!」


 視界が悪い中で声がすると、砂塵の中から一団が飛び出した。それは槍を突き出そうとする前に、魔術で一掃する。


 さらに、数に物を言わせて掻い潜った男達がロゼの間近に押し寄せた。


「この魔術士が!」

 誰かが叫んだのが聞いた。それに振り向きもせず、周りを囲った敵をまとめて魔術で叩き伏せる。


 馬を止めずに駆り続けるロゼに、後ろから騎馬の男達が弓をつがえた。

 それも矢が放たれる前に、地表を吹き抜けた風が鋭い刃となって馬の脚を斬りつけ転倒させた。


「すごい……というか、滅茶苦茶だな」

 陣頭指揮をとりながらウタラは、イレマの戦闘員を掻き乱すロゼを見て瞠目した。

 きっとイレマはこんな状況になるなど想像だにしなかっただろう。


 ロゼを追うのとは別の騎馬群団が集落を目指して襲い掛かってきたが、彼らは守りを固めるノルクト族の群勢の勢いに押されて突破出来ないでいた。


 こうして見ている目の前でも、ロゼは凄まじい威力で力任せに敵を捻じ伏せていく。


 マンドリーグの魔術士の脅威を聞き知ってはいたが、実際はウタラの想像を遥かに超えていた。

 

 森でロゼを見つけた時の様子を思い出す。

 あの時は魔力を喪失していたらしいが、もし万全だったとしたら、やられていたのはノルクト側だろう。


 何故だ、とウタラが内心首を傾げていた。


 何故彼が戻って来て手を貸してくれたのかは分からない。

 頑なまでに人を受け入れず、任務を最優先にしていたロゼが。


 だがこの状況からして、今のロゼは完全に自分達の味方となっている。本来ならばマンドリーグ国とは相入れない自分達に力を預けるなどあり得ない行為だろうに。


 同時に、ロゼが味方でなくなった時の事をふと考えた。ノルクトなど瞬きの間に壊滅させられるだろう。


 このように訓練された魔術士達をマンドリーグは軍として擁しているという。

 魔導国家に逆らうという事がどういう結果をもたらすのか。それを考えた時、ウタラは現実味を持って畏怖を覚えた。


 イレマの民達の三分の一近くが削られた頃には、騎馬達が脚を止めて遠巻きにロゼを囲っていた。


 砂煙だけが漂う大地にはイレマとニルケの者達が、そこかしこに倒れたままになっていた。


「貴様はどこの魔術士だ。何故お前のような輩がこんな所にいる。ノルクトの者じゃあるまい」

 頭に多彩な布を巻いたイレマの男が一人、ここで初めて声を発した。


 槍でロゼを指し示す。


 この男が一団の頭領なのだろう。穂先を向けられたロゼが無表情に口を開いた。


「どこの部族の人間でもない。巻き込まれた運の悪い通りすがりだ」

 冗談混じりに返しながら頭領までの距離を目で測る。馬に換算して十頭分といったくらいだろうか。


 この男を仕留めれば一気に片が付く。


 そう剣呑な目つきで見る先で、イレマの頭領が訝し気に言った。


「巻き込まれた? それにしては随分ノルクト族の肩を持っているようだな。その戦闘服、まさかアストワ国の魔術士か?」


 問いかける声には疑うような音が混じる。

 レンシアがアストワ国に輿入れすればノルクト族は国の庇護を得られるというのはイレマ族も分かっている。だからそれを阻止するためにイレマ族はレンシアの捕縛に手を貸したのだ。


 対してロゼは笑みを浮かべて肩を竦めた。


「どこの誰だろうとお前の知った事じゃない。俺はあんた達とは無関係の人間だからな」

 その馬鹿にしたような様子に、イレマの頭領が声を荒げた。


「ふざけるな! ここまで介入して何を言う。お前はどう見ても訓練を受けた魔術士だろう。アストワ以外に誰が首を突っ込むというのだ」


「アストワの人間じゃないとだけは言っておく。だがノルクトの集落に手を出すなら俺が相手になる。こっちにも事情があるからな」


「事情? こんな辺境の集落がどんな事情に絡むと言うのだ。適当な事をぬかすな!」


「そんな事はお前らには関係ない。俺の脇を通りたかったら勝手に通れ。どうなっても知らないがな」


 頭領が手を上げると背後の者達が一斉にロゼに向かって弓を構えた。だが、当然そんな物が脅しになるはずも無かった。


「弓矢が魔術士相手に効くとでも思っているのか」

「思ってはいない。だが足止めくらいにはなるだろう」

 そう男が言った時、ロゼの後方で爆発音がして悲鳴が上がった。


 振り返らなかったが、集落の方向から魔力の波動を感じとった。

 ようやくガナが言っていたイレマの魔術士が出てきたらしかった。


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