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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
7. イレマ族の暗躍
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3

 邪魔をされて、何をするのかとロゼが睨み上げた。


「待ってくれ。このままだと君の話の通り、ノルクトとニルケがぶつかってどっちも終わる。君はあのマンドリーグの魔術士なんだろ」


 魔導国家と名高い大国、マンドリーグ。その国が擁する魔術士団の魔術士。

 人柄はともかく、精鋭の一人には違いないだろう。


 ガナが縋るような目でロゼを見た。


「僕がレンシアを探しに行く。だから、君はニルケの争いを止めに行ってくれないか。僕が必ずレンシアを見つけ出してマンドリーグに連れて行くって約束する。僕は昔からあの子の居場所を探すのが得意なんだ。そのために魔術に目覚めたようなものだしさ。だから、それは任せてくれ。代わりに君はどうにかして戦を止めてくれよ」


 何を言い出すのかと思えば、さすがのロゼも面食らった顔をした。


「無理だ。俺はこの国の人間じゃない。そんな事は不可能だ」


「力ずくでもいい。僕には戦えるほどの力はないんだ。今日、ノルクトとニルケのどっちが勝ってもイレマは関係なく攻めに行く。イレマには名の知れた魔術士がいるんだ。あいつが出て来たらみんな殺される」


「もう一度言う。俺に止めるのは不可能だ」


 武器を取った争いが起これば死人が出る。魔術が関われば被害も大きくなる。それは当たり前の話だ。


 このアストワ領土内においては長年に渡ってそうした諍いが続いていたはずだ。今更騒ぐような特別な例でもあるまい。


 そもそもこれはアストワ国と部族間の問題であり、他国の人間が関わるべきでは無い。そんな事をすれば自分個人だけの責任で済む話では無くなるのだ。


 迂闊に手を出せばマンドリーグからの懲罰は避けられないだろう。魔術士の地位を剥奪される事も。


「ニルケはノルクトを敵視していたんだろう。それで何を今になって止めたいと思うんだ」


 鼻を鳴らしながらロゼが掴む手を解こうとする。 それをさせるまいと、さらにガナが強く握り込んだ。


「確かに君の言う通りだ。でもみんな、殺したいほど憎んでたわけじゃない。そこまでして奪いたいなんて思っていたわけじゃないんだよ。ニルケとノルクトは話し合う必要があったんだ。イレマが横入りしなければそれが出来てたはずなんだ。このままだとみんな死んでしまう。頼む、見捨てないでくれ」


「……無理だ。ならあんたが行けばいい。上手く行けばニルケとノルクトの誤解くらいは解けるかもしれないだろう」

 それはため息混じりになった。


 ロゼはニルケの者がどれだけノルクトの者を憎んでいるかを目の当たりにしたのだ。あのニルケを部外者がどうやって止められるというのだろうか。


「僕が行って仮にニルケは止められてもイレマは止められない。頼む。みんなを生かしてくれよ。君の力は人を守る為にあるんじゃないのか? だからレンシアを助けに来てくれたんだろ。君には人を救うだけの力があるんだ。その為に訓練してきたんじゃないのか」


 ひたと自分を見るガナを見下ろして、振り払おうとしていたロゼの手が止まった。


 生かす? 守るための力?


 何を言っているのだろうか、こいつは。

 魔術士というのは破壊の力を極めんとする者達だ。

 魔術自体が新たにものを生み出す事はない。ひたすら壊して排除する力でしかないのだ。


 そんな力で一体何をしろというのか。


ーーみんなを生かしてほしい。

 その力で。


 無茶苦茶な事を言う。

 そう思いながら、ふと集落にいたウタラの顔を思い出した。そして、手錠を外して屈託なく笑いかけてきたキアゾとヤザの顔を。


 彼らも一人残らず殺されるだろう。

 ノルクト族に戦い抜く力が無いのなら。

 甘酒の粥を持ってきたレンシアの母親も、レンシアを可愛がっていた父親も。


「俺には関係ない」

 ロゼは切り捨てるように言い放った。


「関係無くないだろ。レンシアを救おうとしてるなら、ロゼはノルクトの仲間だ。ノルクト族は君に何かが起こったらきっと見捨てたりしない。それなのに君はみんなを見捨てるのか?」


 捲し立てられながら、またそれか……とロゼの目は明後日の方向を見ていた。

 そうして何も言い返さないまま、腕を掴むガナの力だけを強く感じていた。


「みんな殺されたら、君はきっと一生後悔するからな! やれたはずの事を投げ出したせいで滅んでしまった一族の事を、一生背負っていくんだ」


 恨めしげに言うガナの話はもう収拾がつかなくなりそうだった。


「君を信じている人達にも顔向け出来なくなるよ。冷たい目で見られて、溜息をつかれるんだ」


 黙って聞いていたロゼが突如腕を上げた。勢い良く落とす力でガナの手を振り解く。

 短く声を上げたガナに、怒り混じりで捲し立て返した。


「うるさい奴だ! そんなものを今さら気にするか。俺を当てにする前に、先ずはお前が努力をして見せろ! あいつらといい、勝手な事ばかりぬかしやがって」


「ちょ、ちょっと、待って、危ない!」


 ガナの手首にはまっている腕輪に鋸を無理矢理突っ込むと、感情に任せて力ずくで断ち切った。

 地面に向かって腕輪の欠片を乱暴に投げ捨てると、ロゼは何も言わず馬の元に戻ろうとする。


 捨て置いて行かれると思ったガナが慌てて声をかけた。


「なあ、待ってよ」

「もういい。分かった」


 振り返って遮るロゼの口調は、苛立った心の内に反して不思議なほどに淡々としていた。


「俺はノルクトの集落に戻る。お前は必ずレンシアを見つけ出して国境を越えさせろ。越えさせるだけでいい。マンドリーグ側からは迎えを寄越させる。俺の名前をそこで出せ。いいか、絶対にだ。絶対に失敗するな」


 それを聞いたガナの表情がぱっと輝いた。


「本当に? 本当にやってくれるの? ……分かった、レンシアは任せてよ!」


 何度も念を押したロゼが、先日レクサールが幻鳥を飛ばすのに使った石を取り出した。

 国境を越えればマンドリーグが対処できる。レクサールに直接一報を入れておけば後は何とかしてくれるだろう。

 そう思って、ずっと無意識に避けていた連絡をようやく取ることにした。

 

 黒鳥を放って馬に跨ると、ガナに一瞥をくれて手綱を握る。

 馬を出そうとした、まさにその時だった。


「あ、ちょっと待って」

 ガナがロゼの服の裾を引いた。


「離せ。まだ何かあるのか」

 この遣り取りに既視感を覚えると共に嫌な予感がして、ロゼが馬上からガナを睨み下ろした。


 レンシアやバナウといい、こいつといい、要求が多い奴らだと思う。


 見上げるガナは申し訳なさそうに言うが、口調に反してそんなに悪びれた様子は無かった。


「ノルクトに行く前に一箇所、寄り道して欲しいんだ」


 やっぱりきたかと、ロゼがうんざりしながら前髪を掻き上げた。






 日の光が山脈の稜線から顔を覗かせる頃、ノルクトの集落では男達が皮鎧を身に着けて、倉庫から武器を持ち出していた。


「急げ。奴らより先に動く。集落内に入れさせないように、外で迎え撃つぞ」


 長が指示を出す先で動き回る男達の数は、ぱっと見ただけでも心許ない。働き盛りの男達の多くを落盤事故で失ってしまったせいだ。


 最近はラビアが減ってきたため標高の高いガレ地である危険地帯にまで踏み込んでいた。その時にガスが生じている場所で爆発が起こったのだという。


 固い地盤は崩れ落ち、その場にいた男達を巻き込んだ。どれだけの家族が一家の柱を失ったことだろう。


 そう重い息を吐く族長は杖をつきながら自身の足を見た。

 彼もまた落盤に巻き込まれた一人であり、片足の自由を失ってしまったのだった。


 昨日から偵察に出ていた仲間の一人が北方に武装した一団を見つけて戻ってきた。

 あれから動きを追い続けているが、敵は随分近くまで迫って来ていた。

 

 最近は至って平和だったとはいえ、ノルクトも普段から闘争に備えているから戦闘準備に手間取る事はなかったが、だからといって時間に余裕があるわけでもなかった。


 集落内を見回りながら、長は女達に玄関に垂れ下がる布を全て取り除くように命じた。

 火矢を用いてくる事を想定して、少しでも燃えるものを取り除いておく必要があった。


「族長!」

 叫びながら父親の姿を探すウタラが通りを駆け抜けた。


「ウタラ」

 族長が声をかけるとウタラが急に足を止めた。

 息も切れ切れのまま、その顔は切羽詰まっていた。


「偵察からの情報です。奴らがもう丘の向こうまで近づいています。やはりニルケが主導だということです」

「何名ぐらいだ」

「およそ四百人はいるかと」

「四百」

 族長の手が一瞬震えた。

 

 ニルケの規模を考えれば戦える者は百と少しが限界だったはずだ。仮にイレマがそこに加わったとしたって二百程度が限界だろう。となると、それ以外の部族も加わっているとしか考えられなかった。


ーーあんたたちは他部族に見放されている。


 族長の頭の中にロゼの声が蘇る。

 やはりあの若造の言葉は真実だったのかもしれないと今になって思った。そうであって欲しくないとどこかで願ってはいたのだが。


 簡単に裏切られるほど浅い付き合いだったわけでもない。

 だが、実際はこんなにも脆いものなのだ。


「向こうの騎馬は何頭ぐらいいた」

 族長が絞り出すように問うと、ウタラがざっとですがと前置いて言った。


「二百はいそうです」

 それで族長がさらに顔に苦渋を浮かべた。


「同数か。出せる馬は全部出せ。ここには絶対に踏み込ませるな」



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