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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
6. ノルクト族の兄弟たち
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5

 何を見ているのか、未だ湖を眺めているロゼの肩をウタラが叩いた。


「お前は若いな。歳はレンシアと同じくらいか」

「あれと一緒にするな」

 顔を顰めて反論するロゼを三人が笑った。


「恐れを知らない年頃だが、危なっかしい歳でもある。お前には帰りを待っている家族はいないのか」


「そんなものはいない」

 そう言ったロゼの声は淡々としていた。

 ロゼには血縁者と呼べる者などどこにもいない。幼少時には唯一母親と呼べる存在がいたが、それもとっくに失われている。


「誰もいないのか」

「いない」

 突っぱねるように言ったロゼに、ウタラは念を押すように問いかけた。


「お前を心配する存在は一人もいないのか」


 心配する存在。そう言われて、数少ない知り合いの顔を何となく思い出した。


 かつて住んでいたレブ島で一人だけ、別れ間際まで自分の事を心配していた少年がいた。

 同じクオール人だった彼も、関係が途絶えて今は自分の事など思い返したりはしないだろう。


 そして、グランケシュ城にいる近衛騎士団長のディグナ。

 いつもちょっかいを掛けてくるせいか、先日もしょうもない夢を見た気がする。

 あの男はどうも自分が魔術士団を引っ掻き回すのを面白がっている節がある。心配がどうこうなど、ほど遠い話だった。


「……いない」

 結果、そう答えたロゼにウタラが笑い混じりの息を吐いた。


「今誰かを思い出しただろ。確かに心配なんてものは単なるお節介にすぎないが、それを全て否定するもんじゃない。誰かが待っていると分かればお前も簡単に死ぬことが恐くないなんて言わなくなるだろうよ」


「俺を疑って後を付けて来たのかと思ったら、まさかお説教をされるとはな」

 うんざりしたようなロゼの物言いに笑いながらも、ウタラが極めて真面目な顔で、さも当然とでも言わんばかりに口を開いた。


「レンシアを助けようって言うんならお前も仲間の様なものだ。俺達は仲間を見捨てたりしないからな」


 そのどこかで聞いたような言葉に、ロゼは思わず噴き出した。


「何だよ」

 面白くなさそうに呟くヤザに、ロゼが笑いを噛み殺して押し止めるように手を挙げた。


「……何でも無い。言いたいことはよく分かった。俺は死ぬことを恐れてはいないが、だからと言って死ぬ気なんかさらさら無い。くだらない命令に従って命を捨てるほど酔狂じゃない。それならもっと遣りたいように生きる」


 そう言ったロゼがふと真顔になった。先ほど飛ばした幻鳥が先日まで捕らわれていたニルケの集落に辿り付いたのを感じたからだ。


 あの集落はノルクト族の知っているニルケ族の本拠地から少し離れた場所にあるらしかった。確かに雰囲気からしても隠れ里というのが相応しかった。


 ロゼはもう一度あの集落に戻るつもりだった。


 そこに行けばレンシアの逃げた行程を辿っていけるかもしれないからだ。

 闇雲に探すよりはその方が確実だろう。

 それに、捕らえられているなら情報が得られる可能性もある。


 先日二人を探すべく幻鳥を使ってみたが、何の足取りも掴む事が出来ないまま見知らぬ場所で落ちてしまった。

 目印の無い人間を当てもなく探すのは、幻鳥には荷が重い話なのだ。


 三人が見守る前で、ロゼは難なく立ち上がった。


「俺はもう行く。奴らとは余計な争いをするつもりはない。できれば馬が一頭欲しいんだが。食料と地図も貰えると助かる。金は払う」


 いざとなれば必要な物は勝手に拝借するつもりだった。集落のどこに何があるかは人の流れで大体分かっていたから。


 三兄弟からは返事が無かった。

 駄目なら仕方がないと思っていると、ウタラが口を開いた。


「その足で本気で行くのか」


 見返すロゼの目が肯定を示した。

 足は引き摺れば歩けなくはない。何よりある程度の魔力が戻ってきている。

 ならばいつまでもここにいる理由も無いのだ。


「世話になった。あんた達にとっては俺が情報を得るための手段に過ぎなかったとしても、それは事実だからな」


「そうひねくれた言い方をするな。まあ確かにまだお前の事を完全に信じたわけじゃないが、今俺達が言った言葉に嘘は無い。どうしても行くと言うならばもう止めない。それにここにいれば争いが来るだろうからな。留まるよりは安全かもしれん」


 その言葉にロゼがはたと見返した。


「昼間に白い鳥が言っていたろ。この辺の部族が一か所に集まってるって。それを聞いて偵察の者を出した。どこに誰がどれだけ集まっているかはまだ分からんが、まあニルケをまず疑うべきだろう」


 ガナの報復は必ずあるはずだ、とウタラは断言した。


「本当に集まっているなら決起は間近だろう。明日、明後日の可能性だってある。だから、俺達ももう迎え撃つ準備を始めている。そこにお前を巻き込むわけにもいかん」


「戦うのか」

 ロゼが問うとウタラが苦い顔をした。


「それしかないだろうな。だが、以前ラビアを獲りに行った先で大規模な地崩れがあってな。随分男手を亡くしたんだ。そのせいで多くの戦力を失ってな。戦いは避けたいというのが本音だが、そうもいかんだろうな」


 キアゾが顔を顰めて頷いた。

「あの事故のせいで一番規模が大きくて強かったうちの集落も、一番脆い集落になっちまったな。そうでなければ農地をイレマ族に奪われることも無かったのに」


 イレマ、とロゼが繰り返した。族長の話にも出てきた名前だと思い出す。


 ラビアは崖地に棲息する、薄桃色の短毛に覆われた鮮やかな桃色の角を持つ獣なのだと言う。

 ノルクト族はラビアを狩り、それを食糧とすると共に角を加工して売ることで生計の足しにしていたのだと。


 ラビアの狩場はよく狙われるとウタラは言った。

 ノルクトの長もイレマが次に狙っているのはラビアの狩り場だろうと、確かそう言っていた。


「第三者はイレマというわけか」


 考えながら呟いたロゼの言葉を、ウタラが拾った。


「そう思うか。実は俺もそう疑っている。お前の話を真実と仮定すればな。全て一繋がりになるんだよ」


 三人の兄弟はみな同じことを考えていたようで、場の空気は同調した。


「イレマがガナの件を利用してニルケに協力する振りをした。それで俺達ノルクトとニルケをぶつけてからうちの土地を掻っ攫おうとしている。そういった魂胆なんだろうな」


 確かにそういう節があったと、ロゼはニルケの男達の会話を思い出していた。

 裏に何者かの存在を窺わせるあの空気を。


 イレマはニルケに手を貸してその実は操っていたという事だろう。


 ウタラがふと笑みを落としてロゼを見た。


「ニルケだけならともかく、イレマが一緒に出てきたらどうだろうな。あそこには確か一人魔術士がいた。そいつが出てきたら厄介だな。どんな魔術を使うのかも知らないしな」


 一般人が魔術に対して出来る備えなどたかだか知れている。

 実際に魔術士が出てきたとして、真っ先に叩くくらいしか作戦も練りようがない。


「弱気だな」

 鼻で笑ったロゼに、それでもウタラは反論出来なかった。


「そうだな。まあ、大国の魔術士のお前には分からんさ」


 でも、とウタラが肩に槍を担いだ。


「マンドリーグの魔術士が暗殺なんて話を聞いて振り回されたが、あの時お前に手を出さないで良かった。同盟の話が流れるだけじゃない。マンドリーグにアストワへの侵攻理由を与える事になりかねないからな。それに、それを阻止するために国がノルクトを滅ぼしに来たかもしれん。不戦条約は崩されたく無いだろうからな」


 それを聞いて、ああそうか、とロゼが一人で納得する。心の中のつっかえ感が取れた気がした。


 なんでわざわざ自分が引っ張りだされたのか。

 それはマンドリーグの魔術士を巻き込んで、国家間に軋轢を生じさせたかったという事だろう。


 魔導国家であるマンドリーグは魔術士を擁護する法律が強い。アストワ国内で襲われて亡くなるような事があれば、国家間の話は穏便には済まなかっただろう。


 マイカイで襲ってきたのはニルケだが、それを狙っていたのは実はイレマだったのではないだろうか。

 もしこの予想が当たっているならば、イレマは随分前から綿密な計画を練っていた可能性がある。


 とはいえ、ただ一つ腑に落ちない点がある。


 中位でかつグレダだと嫌悪される魔術士の自分が殺されたところで、そこまで話がこじれるような気がしないのだが。


「ニルケには勝てるのか」

 ロゼが意味深に聞くと、三兄弟は息をついて顔を見合わせた。


「襲ってくるなら迎え撃つしかない。俺達がガナを殺したと連中が信じている限り、話なんぞ通じないだろうからな。だが勝てるかどうかなんて正直分からん。ただ、幸いそんなに腕を鳴らしている者はいないから、上手くいけば何とかなるもしれない」


 ウタラの言葉に潜む感傷に勘付いて、ロゼがからかうように言った。


「向こうは滅ぼす気で来るだろう。情にほだされて戦えないんじゃ話にならないな」


 むっとして、槍で背中を小突いてきたのはヤザだった。


「ばっか。お前は何も知らないくせに。俺達はつい数日前までニルケを仲間だと信じてたんだぞ。しかもニルケはイレマに単に騙されてるだけなのかもしれないのに。それで、はいそうですかって槍を向けられるか。争いになればどっちも死人が出るんだぞ!」


 感情を露わにしたヤザをウタラがなだめた。


「まぁ待て。ロゼ、お前は言い方が下手な奴だな。でも言いたい事は分かる。だが意味が無い戦いだと分かっていて、士気は上がらんよ。お互い無駄死にするだけだからな」


 ウタラは湖面に映り込む月を見た。


「未然に止める手段があるなら止めたいところだ。あいつらと実際に対峙して手を出せるかは自分でも分からん。かといって、俺達はニルケを説得する事も出来んだろう。結局この国の人間は一度火が着くと燃え尽きるまで止まらないからな」


 息をついて口を閉ざしたウタラをロゼは見ていた。

「国は動かないのか」

 アストワ国は。

 そう聞いたロゼにウタラは首を横に振った。


「レンシアを渡さない限り俺達が救援要請しても国は受け入れんだろう。最近までずっと敵対してたんだからな。急に手の平を返されても、お前だって信じないだろう?」


 そう言われて、ロゼは城で話したアストワ国の騎士を思い出した。

 人質然としてレンシアが国に来るまでは、一切手を貸さないと言ったその顔を。


 確かにウタラの言う通り、あの様子だと現段階では国の兵士は動かないだろう。


「お前はレンシアをどうにか国へ送り届けてやってくれ。あの子が無事ならそれでいい。まあ、お前が間に合ってアストワ国軍が救援を出してくれる事を祈りたいところだがな」


 言って、ウタラは兄弟達の顔を見た。


「どうであれ俺達は最後の一人まで戦い抜く。例え最悪な結末が待っててもな。奴らに何も譲る気は無いからな」


「こんな話をしたって事、レンシアには言うなよ」

 キアゾが横から割って入る。それ以上は三人とも何も言わなかった。


「馬は用意してやる。それと……地図と食料だったな」

 付いて来るように促したウタラに、ロゼが出来ればと付け足した。


「あの黒い鋸が欲しい」


 兄の後を追いながらキアゾが笑みを零した。

「あの鋸が気に入ったか」

「あれは使える」

 即答するロゼに、キアゾは交換条件を持ち出した。


「じゃあ貸してやる。もしレンシアと生きて会わせてくれたらその時には正式にお前にやるよ。それが俺達からの報酬だ」


 軽口に近い交渉に、ロゼは鼻で笑って応えた。


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