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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
6. ノルクト族の兄弟たち
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2

 外は夕日でさっきよりもさらに赤く染まっていた。


 立ち並ぶ四角い石造りの家々はどこも奥行きがあって、入り口に当たる部分は色とりどりの布が掛けられてあった。その家と家が向かい合う間の道をまばらに人が行き交っている。


 夕方の仕事終わりの気だるげな解放感というのはどこでも同じものなのだと、ロゼが作業道具を片づけている人達を眺めながら思った。


 ヤザの示す椅子にロゼが腰かけると、キアゾが探し出してきた鋸を手錠の隙間に通した。


「よし、いけそうだな」

 黒い刃を持つ鋸は、引くと手錠に食い込んだ。


「おお。思ったよりも切れるな」

 楽しそうに鋸を引くキアゾの調子がどんどん上がってきたところで、手錠が急に離断した。


「切れたぞ。……でもこれ、反対側も切らないと駄目だな」

「じゃあ早く切れよ」

 次男と三男が手錠と奮闘している間、ロゼはその様子をただぼんやりと眺めていた。

 その様子にウタラが話しかけた。


「お前がニルケに捕まっていた事を仲間は知っているのか?」

 顔を上げたロゼは、聞かれた意味が分からないという顔をしていた。

「仲間? 誰の事だ?」


「レンシアを助けに行ったっていう仲間に決まってるだろう。まさか一人で行ったわけじゃあるまいに」


 言われてロゼがああ、と呟いた。

「俺は一人だ。仲間なんていない」


「一人で? 部族相手に一人で乗り込んだのか」

「わざと捕まった。勝手にレンシアの所に連れていってくれそうだったから」

「何だって? お前、そんな馬鹿なことをしたのか」

 ウタラが愕然として声を漏らした。


「それであんなに傷ついていたというわけか」


 ロゼにしても殺される可能性があればそんな手段は取らなかった。バナウの目的はそこにあるのではないと感じていたからだ。あの時はそれが最も手っ取り早くて確実だったのだ。


「ここら辺の部族は怒ると見境が無くなる連中が多い。舐めて掛かると殺される可能性だってあるんだぞ」

「城の魔術士はそう簡単にやられたりしない。命の懸かった任務だってよくあることだ」

「危険な任務をこなす事と、わざわざ自分の命を危険に晒すのとは別問題だろうが。呆れた奴だ」


「別に死ぬことを恐ろしいとは思わない」

 ロゼの言葉と同時に、手錠の半分が地面に落ちた。


「切れたぜ。ほら、外れた」

 長らく邪魔をしてくれた手錠がようやく腕から離れた。

 跡のついた手首を眺めているロゼに、ヤザが物珍しそうに言った。


「これがなければ魔術が使えるんだろ。ちょっと何かやってみせろよ」

「やめろ。こんな所でそんな事をしたら騒ぎになる。それにそれはもっと動けるようになってからだ」

 一見止めたようで完全に止めているわけでは無い次男の頭をウタラが軽くはたいた。


「面白半分でやらせるな。そんなすぐに見せろと言われても困るだろ」

 そう叱っているはずのウタラですらも興味深そうな目線をロゼに向けていた。

 それに気付きはしたが、ロゼは小さく笑んで首を振った。


「ニルケとやりあったせいで、今は魔力がほとんど残っていない。ご期待に沿えなくて悪いな」


 そう言って手の平に視線を落とした。普段なら魔力を一点に収束させようとすると体はそれに応えるのだが、試してみても手応えが非常に弱かった。怪我をすれば治癒のために自然と魔力を消耗するものだが、クオール人の血を持つロゼは特にその傾向が強い。そのせいもあるのだろう。


「今度見せろよ。うちの集落にも魔術を使える奴はいるんだけど、ほんと申し訳程度だからさ。本場のものを見てみたいんだよな」

 そう言って向けて来る期待の眼差しはまるで子供のようだった。


 見えない力で強引に押してくる三兄弟に、ロゼは肩を竦めただけだった。


「もう暗くなるから中に入ろうぜ。大分寒くなってきた」

 ウタラが言うと、ロゼを助け起こそうと手を伸ばした。


 それを拒んだロゼが自分で立ち上がると、近くの壁をこんこんと数回叩く。

 何をしてるのかと訝し気に見る兄弟達の目が、すぐに驚きに変わった。


「これは手錠を外して貰った礼だ」

 そう言って差し出されたロゼの手の中にはどこから取り出したのか、軽く握れるだけの金貨が乗っていた。





 ニルケ族はあれ以来静かだった。


 少なくともノルクト族に向かってすぐさま襲い掛かってくるような気配は無かった。


 大きな変化のないまま、ロゼが集落に来てから数日が過ぎようとしていた。


 三兄弟は時間を見つけてはロゼによく話しかけた。


 彼らの態度が気安かったせいか、それに伴って遠巻きに見ていた集落の者達もいつしかロゼに対して警戒を解くようになった。


 加えて部族の者と同じ服装をしているのもあり、ロゼの存在は徐々に目立たなくなってきていた。


「ニルケとは相変わらず連絡が取れないな」

 家の出入り口脇にある長椅子に腰かけて人の流れを見ていたロゼに向かって、顔を曇らせたウタラが声をかけた。


「薬はいらんのか」

 ウタラが聞くが、ロゼは小さく首を振っただけだった。

 彼が何度か飲ませようとしたが、どうせ飲んでも効かないからと、ロゼは薬関係には一切手を付けようとはしなかった。


「ロゼの話の通りならニルケの目論見は全て失敗に終わったはずだ。だが、それで全てが終わるとも思えない。奴らがガナの復讐をしたいと思っているなら、まだ何もできていないからな」


 ロゼはただ黙って聞いていた。


「せめてレンシアの無事だけでも確かめたい。それだけでも状況は大分変わるんだがな」


 この地域は口頭での情報が物を言う。だが手に入る情報の全てに齟齬があり、最早何を信じていいのかが分からなくなっている。レンシアの無事が分かれば、必然的に誰が敵で誰が味方かがはっきりするのに。


 そうぼやくウタラをロゼは横目で眺めていた。

 随分この場に長居してしまったが、いい加減マンドリーグに戻らなければならない。ここにいれば余計な揉め事に巻き込まれる事にもなりかねないのだ。


 それは個人的な気持ちの上でも、またマンドリーグの魔術士としての立場の上でも避けたい事だった。

 受けた任務はあくまでレンシアを保護する事だ。それ以上を行う義理も義務も無い。後はアストワの解決すべき問題だ。


 そう思って三兄弟の親し気な態度に反して、深入りしないように距離を置いているのだ。


 負傷した足は一向に良くはならない。歩こうとはしているが、痛みはともかく思ったように足が運べなかった。

 聞けば自然に治すこともできるが、完治までに数カ月の月日が必要なのだという。


 一般の人を基準に考えてそう言ったのだろうが、グレダであることを考慮しても、この治りの遅さからして月単位で時間が必要となりそうだ。


 だがそんなに待ってはいられない。

 かといって何かが出来るわけでもない。

 それでただ一人で近場を歩き回っていた。


 そんな自分に思う所があるのか、ウタラ達兄弟はこうしてたまに声をかけてくる。


 これ以上話す気もなかったが、それを察したのかウタラが息をつくとその場を離れていった。


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