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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
6. ノルクト族の兄弟たち
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 窓から覗く雲が何となく赤かった。


 どれだけ寝たのか、ぼんやりする頭を起こして空を見た。

 あの色は夕焼けだろうか。そう考えていた所に人の気配を感じて振り返った。


「ああ、やっと起きたみたいだね。ここがどこか覚えてるかい?」

 気付いた族長の奥方に目の前で手を振られて、ロゼは覚め切らない頭で頷いた。


「二日間眠りっ放しだったよ。起きて大丈夫かい」


 言われて体を動かすと痛みが走って顔を顰めた。腕を見れば殴られた痣も残っている。

 あちこちが痛んだが、ゆっくりならば何とか動けそうな気がした。


「大変な目に遭ったね。このまま目を覚まさないんじゃないかと思ったよ」

 そう言う奥方は心配してくれていたらしい。


 ロゼが何も言わないでいると、隣の部屋から慌ただしい足音が近づいてきた。


「起きたか。死んだみたいに眠ってたけど大丈夫か。全然起きる気配が無かったぞ」

 会話に気付いて三人の男達が部屋に入ってきた。見れば、先日この衣服を強引に着替えさせた者達だった。


「気分はどうだ。水でも飲むか」

 そう言って器を押し付けてきた男はおおよそ三十くらいだろうか、何も被っていない頭にはレンシアと同じ金の髪があった。同じ部族だから当然かと考えていると、別の男が口を挟んだ。


「この間の酒粥のほうがいいんじゃないのか。あれが好きそうだったろ」

 その男は二十代くらいか。彼に並んでさらに若そうな男がもう一人割って入った。


「食いたいって言えば多分作ってくれるぜ。どうせもうすぐ夕飯時だし」

「あんたが食べたいだけでしょうに」

 族長の奥方が呆れたように笑った。


 詰め寄る男達から顔を引いたロゼの手元で手錠が擦れて鳴った。


 音に気づいた男が怪訝そうにそれを見た。

「そういやその手錠は何なんだ。それだけは話し合っても分からないって皆で不審がってたところだが」


 男達が揃って覗き込むので、途中で切れた鎖を眺めながらロゼが初めて口を開いた。


「ニルケの奴らにはめられた。これを付けると魔術士は魔術を封じられる」

 説明しても信じるかどうかは分からないが、嘘を言う必要も無い。そう思って答えたのだが、意外にも男達は疑問に感じる様子も無く三人揃って眉を顰めた。


「そういうのがあるって聞いたことはあるな」

「ちょっと見せてみろ。……これならあの鋸で切れるんじゃないか」

「ああ、あの黒いやつか? そういえば金属も切れたな。隙間に刃が入ればいいけど、これならいけるか」


 ためつすがめつ外し方を議論する三人に、ロゼが片眉を上げた。


「疑わないのか」

 そう聞かれた三人が同時に不思議そうな顔をした。


「嘘なのか?」

「いや……そうじゃないが」

 自分を見返してくる男達を見て、この三人が似通っていると思った。顔も確かに似ている部分があるのだが、何よりも彼らの持つ雰囲気が共通していた。


「あんた達三人は兄弟か何かか」

 思わずそう聞いたロゼに答えたのは、族長の奥方だった。


「ああ。全然紹介してなかったから分からないよね。三人はレンシアのお兄さんだよ」

 つまりは族長の息子達だということだ。

 それを聞いてロゼがぎょっとした。


「そんな話をする暇は無かったからな。俺は長兄でウタラという」

「俺は次男のキアゾだ」

「俺が三男でヤザだ」


 そう顔を並べる三人を見てロゼは妙に納得した。このぐいぐいと押してくる感じが確かにレンシアに似ていると思う。


「お前の名前はなんだ」

 ウタラに聞かれて答えると、男達が首を傾げた。

「ロゼ? 花の名前じゃないのか。似合わないな。女の名前だろ、それ」

 自分の名前に関する感想に興味のないロゼは、別の話を振る事で流した。


「レンシアはあんた達とは歳が離れてるんだな」

 三人は少し考えて、ああと頷いた。


「確かにレンシアが生まれたのは遅かったからな。俺の娘よりも歳が下だ。でも男兄弟しかいなかったからな。気が強いけど可愛い妹だ」

「確かに可愛い妹だけど、ウタラ兄の可愛がりようなんて恥ずかしくて見てられないからな」

「よくそんな自分は違う感じでものが言えるよな。キアゾ兄の構い過ぎでレンシアが切れたのを何度見たと思ってるんだか」

「お前は黙ってろよ」


 弟二人に苦笑しながら長兄のウタラが話を戻した。


「まあこの位には可愛がってるって事にしておいてくれ。レンシアの事はみんな心配している。確か逃がしてくれたと言っていたな」


「ああ。今頃はマンドリーグに戻ったはずだ。上手くいっていれば」

「一人でじゃないよな」

「バナウと一緒に行かせた」

「バナウだって?」

 それを聞いて三人の顔色が変わった。


「それじゃあニルケに渡したようなものじゃないか」

「バナウはニルケには戻らない。ニルケを捨てたから」


 顔を見合わせた兄弟の間には不安そうな空気が流れた。

 三人を安心させる意図などロゼには無かったが、補足の説明を付けた。


「バナウはレンシアを救うために俺を利用したくらいだから問題ない。あいつがいなければ、俺は今ここにはいなかったんだからな。今も命がけでレンシアを守っているはずだ」


 何かを思い出してか苛立って吐き捨てたロゼに、三兄弟が顔を見合わせた。


 荒く息を吐いたロゼは自分の足を見た。


 早く状況を調べたいところだが、魔術で鳥を飛ばそうにも肝心の魔力が使えるのかも分からなかった。


 レンシアはマンドリーグに向かっているのだから、それを追って国に帰還すればいいのだが、足の具合はどうやら良くはなさそうだ。

 まだ少し動かすだけで亀裂が入ったように痛む。


 これでどれだけ歩けるかは分からないし、長距離の移動に耐えられるとも思えない。

 考えてみても、今やれる事は一つも無さそうだった。


「分かった。とりあえずそれで納得しておく」

 ウタラが髪を掻き上げながら息をついた。


「なあ、ロゼ。表までは出られないか」

 ふと次男のキアゾがそう聞いた。


「夕飯まで時間があるからその腕輪を外してやるよ。ここじゃ暗いから外に出よう」

 それはロゼにとっては願ったり叶ったりの提案だったので、特に拒否はしなかった。


「歩けないだろ」

「前に隣の爺さんが転んだ時に作った杖があっただろ。ヤザ、持って来いよ」

 騒ぐ兄弟に助けられてロゼは体を起こしにかかった。体が萎えている感じがあったが立つことはできた。


 すぐに三男のヤザが撞木杖を持って戻ってきた。脇の下に当てて体を支える形の杖で、確かにこれがあればすぐに歩く事も出来そうだった。


「遠くに行くんじゃないよ」

 台所から聞こえた奥方の声に、「分かってるよ」「俺らはガキか」と三人が似たような語調で答えた。


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