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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
5. レンシアのお守り
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3

 その場の者達が族長の目線を追って地面を見た。


 すぐに一人が桃色の欠片を見つけて拾い上げると、別の男を介して族長がそれを受け取る。


 しげしげと眺めて、驚いた声を上げた。

「この桃玉……。これは私がレンシアに贈ったものだ」

 桃色の涙。先日ロゼがレンシアから渡された、彼女の腕輪についていた装飾の一つだった。


 ロゼが肘をついて体を起こそうとしながら、僅かに目線を上げた。


「これはお前が持っていたのか。これをどこで手に入れた」

「……無理やり渡された」


 答えるロゼの声は掠れて、近くにいた者にしか聞こえなかった。


「誰にだ。レンシアか?」

「そうだ。……お守りだと言っていた。神様の涙だとか。俺に持っていろと……押し付けてきたんだ」


「あの子が自分で? 外して渡したというのか」

「……そうだ」

 肯定するロゼは再び俯く。

 肩よりも高く頭を持ち上げる事が出来なかった。


 族長が手の内で桃色の涙を転がしながら呟くように言った。


「これはここら辺でしか獲れぬものだ。崖に生息するラビアという動物の角だ。桃玉と呼ばれておるが、色が濃いものほど価値が高いとされている。私が最も色の良い角を選んでレンシアの腕輪を作らせた。この紋もあの子の吉凶を読んで、幸福を引き寄せるようにと彫らせたものだ。あの時の物に違いない」


 そう言って、小片を検分するように見詰めると、考え込むように目を閉ざした。


「奪った物じゃないのか」

 男の一人が疑うように言ったが、それを否定したのは族長の脇にいた男だった。


「もしそうなら腕輪ごと持ち去るだろう」

 それで、微妙な空気がその場に流れた。


 次に族長が口を開くと、語調には迷いのようなものが生じていた。


「これは一粒でも売れば高価な品だ。我々にはこれを世話になった者にお守りとして渡す風習がある。苦難につきあたった時にこれで乗り切ってほしいという神の慈悲の涙だ。それを知る者など多くは無い」


 それだけ言って、族長は再度口を閉ざす。

 男達の間にも戸惑いが生じて、ロゼと距離を置いていた。


 静まった彼らの前で、ロゼだけが一人身を起こそうと身動ぎする音が響いた。


「本当にレンシアは生きておると言うのか」

「そうだ」

 ロゼが見上げる。


 断言をするその言葉にも、族長は未だ半信半疑な様子だった。


「お前の話は全てにおいて、にわかには信じがたい。だが、一度言い分を聞いてみよう。それが信じるに値するかは我々が決める」


「誰かそいつを起こせ」

 族長の脇の男に言われて引き起こされたロゼは、衣服も髪も乱れて、ここに来た時よりもさらに無残な有様だった。


 族長が何かを問おうとするよりも先に、ロゼが真っ先に確認しなければならない事を聞いた。


「……あんた達がニルケ族のガナを手に掛けたというのは本当か」


 それで、その場にいた男達が目をむいた。

「お前、ガナを知っておるのか」


「ガナがレンシアとの婚約について話し合うためにこの集落まで足を運んだと聞いた。……その話し合いの帰り道、ガナはノルクト族の奇襲に遭い、殺されて連れ去られたと聞いた。それは本当か」


「なんだと」

 そう声を上げたのは一人では無かった。

 だが男達の反応を無視してロゼが続けた。


「ガナを殺した直後、ノルクト族はレンシアとアストワの騎士との婚約の話を進めたと。……それでニルケ族の恨みを買った。それは本当の話か」


「何を……」

 驚愕の表情で族長の脇の男達が立ち上がりかける。だが、それを止めたのは族長だった。


「待ちなさい。それは誰に聞いたのだ」

「……ニルケ族のバナウという男だ。話していたのはそいつだが……ニルケ族全員の認識はそれで間違いないと思う」


「バナウが……」

 族長が信じられないというように首を振った。


「バナウは知っておる。あの小僧か。我々がガナを手に掛けたと? まさか。そんな事をするはずがあるまいよ。確かにガナはこの集落にやって来た。招いたのは私だ。だが、話し合いはわりとすんなり終わった。婚約を解消する事も、レンシアがアストワに輿入れする事にも、彼らは理解を示してくれたからな」


 あの場所に同席したらしい両脇の男達が頷いた。


「お前は随分と我々の深いところまで関わっているようだな。どこまで知っているのかは分からんが、お前の話も真実では無い」


 ガナか、と族長は溜息を落とした。


「本当ならば二人の婚姻は両族を繋ぐ上でも反対する者はいなかった。我々もそれを進めてやりたかったのだ。だが、ノルクトはアストワと統合しないと生きていけない状況だった。ガナも同席した者達も、そんな我々の心情を汲んでくれてな。それなのにどうして手を出す必要がある」


「ニルケ族はアストワと手を組もうとするノルクト族を良くは思っていない様子だったが」


 ロゼの言葉は、さらに族長の大きなため息を引き起こした。


「昨年の秋に農地として使っていた水場がイレマ族に奪われて、生活の糧の大半を失ったのだ。冬は越せたが今年も越せるかは分からん。それにイレマが次に狙っておるのは、お前がレンシアに渡されたというその桃玉の狩り場だ。むしろそっちが本命かもしれん。だが我々にはそれを追い返すだけの力がもうない」


 そう話す言葉は苦渋に満ちていた。


「イレマもかつては冬を共に過ごした者達だが、立場を変えて襲ってくるほどに、どこも生活が苦しい。もうアストワの傘下に入る以外に道はない……本当はどこの集落も分かっているはずなのだ。ニルケの者達も、みな」


 族長は話し合いの光景を思い出してか目を細めた。


「ニルケ族とはガナとの一件以来連絡が取れておらん。元からそう密に連絡を取り合っていたわけではないから、誰も疑問には思わなかったがな。秋になって連絡が取れないのはおかしいと話しておったところだ。まさかそんな話になっておったとは……」


 族長の隣の男が口を挟んだ。


「もし本当にガナが殺されたとして、それは誰がやったのでしょうか」


 ふむ、と族長が考える仕草をした。


「バナウは確かにガナを殺ったのがノルクト族だと言っておったのだな?」

 問われてロゼが頷く。それで、男達が首を傾げた。


「襲ったのは無論我々ではない。だとすれば何をして我々だと判じたのでしょうか」


「……髪の色じゃないのか」

 その可能性を示したのはロゼだった。


「夜の闇の中でも、あんた達の髪の色はどうしても目に付く」

「そうかもしれんな」

 それに族長が同意した。


「ニルケが黄金色の髪を見て真っ先に疑うのは我々だろう」


 東のアストワの中心都市には他国の人間が入り込んでいて茶色や茶金の髪が多かった。西の方も赤茶の強い金だと聞く。黄金色の者もいなくはないが、非常に少ないはずだ。 

 ノルクトとニルケ。黄金のような明るい金の髪はこの二つの部族に最も多いとされていた。


「だが、仮にそうだとしても誰がそんな事を」


 それに答えたのはロゼだった。


「第三者が……いるのかもしれない。あんた達に情報を持ってきたというアストワの人間も、その第三者が化けていた可能性がある。髪も目も肌も、色なんかいくらでも変えられる。……あんた達はそれをよく知っているんじゃないのか」


 部屋の中に沈黙が降りた。アストワの城下町に出る時、目立たないように魔具を使って変装するのは当たり前に行われているとバナウも言っていた事だ。


 ノルクト族でもニルケ族でもない誰かが、両部族を陥れるために仕組んだと考えるのが妥当か。


 そこで話は途切れてしまった。あれだけ騒がしかったのが嘘のように。


 それで、と族長が語り掛けた声には、既に敵意は収まっていた。


「もう一度聞く。お前は何者なのだ。レンシアとどういう関係だった」


「マンドリーグの魔術士だ。あんたの娘さんが行方をくらました事で国から捜索命令を受けた。アストワ国からの……非公式の依頼を通じてだ。レンシアはニルケに捕まっていたから、奴らの集落に行って逃がした」


「そうか……」


 ロゼがようやく身元を明かしても、もう男達が手を上げる事は無かった。


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