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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
1.目をつけられたロゼ
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2

 案の定、講堂にはまばらにしか人が集まらなかった。


 数台の机につき一人の割合。人数はぎりぎりの線だったが講義は予定通り行われるようだった。


 部屋に入ってきて壇上に立った男は、指導官というよりは技術者に近い服装をしていた。

 講義の内容は「竜槍の機能」だったはずだ。


 前触れもなく淡々とその竜槍の構造や特性について説明を述べていく講師を、ロゼは退屈そうに眺めた。


 竜槍は竜騎兵が用いる武器の一つである。

 といっても人が使うのではなく、竜に命じて使わせるものだ。大型の槍で人には扱えないため、竜自身に投げ落とさせるか、竜に携行させた発射装置に装填して射出させる。


 その破壊力は凄まじく、石造りの城塞を貫通する。

 主に攻城に用いられるため攻城槍とも呼ばれていた。


 ロゼの目線が宙を彷徨う。

 話の主題に興味が無いわけではない。

 ただ、話のうまい下手は人それぞれで、抑揚のない声で朗読しているような男の話は、ほとんど耳に入らなかった。


 中止にならなかったのは良かったものの、はずれを引いたようだ。

 早朝に起こされたことも相まって、やたらと眠気を誘われる。軽くまぶたが落ちた所で、誰かが背後から肩をつついた。


 煩わしそうに軽く振り返ると、同じ歳くらいの青年が手に持った筆記具を伸ばしてきていた。

 睨みつけても怯むことなくその男は小声で囁いた。


「なあ、あんたロゼだろ。俺はバナウって言うんだ」


 若干間があった。

 それに返事をすることなくロゼは首を戻したが、バナウという男は背後から勝手に話を続けた。


「あんたより少し前に魔術士団に入ったんだけど、最近やっと中位に格上げになったんだ。俺の事、知ってる?」


「知らない」


 馴れ馴れしい男だと思う。関わるのは面倒なため、ばっさり切った。

 それでもバナウは全然めげなかった。


「中央広場での人探しの話は聞いた? ロゼは探しに行かないの?」

「行かない。興味もない」


 あくまで突っぱねると、背後で笑った気配がした。


「噂通り無愛想な奴だな。誰かと手を組みたいんだけど、俺もまだそんなに知り合いがいないんだよ」


「知るか。他を当たれ」

 ロゼが話の先を奪って誘いを一蹴した。


 どこでどんな噂を聞いたのかは知らないが、ろくなものでないのは確かだろう。

 ましてやそんな話を耳に入れてなおかつ手を組もうなどと言い出す輩を信用できるはずもなかった。


 この人の少ない講堂でわざわざ後ろに座っていたのは、声をかけようと狙っていたようだ。それも不信感を煽る原因の一つだ。


「えー、そこ。周りの邪魔になるから話すのをやめなさい」

 講師が覇気のない声で、バナウの行為を見とがめて声をかけた。


 周囲の視線が飛んでばつが悪かったのか、それでようやく諦めたようにバナウは声をかけてこなくなった。


 午前の講義は基本的に二本立てで、二つ目が終わると昼の休憩に入る。


 講義の日はただ話を聞けばいいだけだから緩いし楽だ。今日みたいに目新しい話を聞けず暇な時もあるが。

 同じ講師によるもう一つの「翼竜の飛翔原理」の講義を終えて昼食を摂ろうと講堂を出た所で、いつの間にかロゼの隣にはバナウが並んで歩いていた。


 ロゼが足を止めると、バナウも止まる。


「一緒に昼飯を食べようぜ」


 にっこりとバナウが笑みを浮かべた。


 あれから後ろを見もしないでさっさと講堂を出て来てしまったロゼだったが、その姿を改めて見ざるを得なかった。


 最初に思ったのはどこかの民族的な雰囲気を持った男だという事だった。

 格好こそ同じ緑の魔術儀を身に着けた魔術士だったが、肌が小麦色で黒い髪に灰色の瞳をしたその姿は明らかにこの辺の出身では無かった。


 頭には小さな赤い石に金の縁取りをした髪飾りが揺れていた。


「ロゼは第五団所属なんだろ? 俺は第四団なんだ。同じ団の奴らはほとんど報酬につられて人探しに行っちゃってさ」


「あんたは行かないのか」


 顔を向けずに歩きながらロゼは聞いた。

 その反応が嬉しかったのか、バナウは喜々として言った。


「それがさ、俺も行きたかったんだけど前にも講義を蹴ってるからさ。日数が足りないと格下げになっても困るだろ」

 それに、と若干声を潜めた。

「さっきも言っただろ。手を組む奴が欲しいんだ。俺、この捜索されてる女の子と知り合いなんだよ」


 ロゼが急に足を止めたので、バナウが驚いてつんのめった。


「おっと……。気になる? この話」


「何を企んでるんだ」


 どうにもこいつは胡散臭い。睨み付けながら、面倒なやつに絡まれたとロゼは内心うんざりしていた。

 こういうのは一度くっつくとなかなか離れてはくれないものだ。


 剣呑な雰囲気で問われて、バナウがかぶりを振った。


「ちょっと待ってよ。何か誤解させたかな」

「そんな怪しい話に乗る奴がどこにいる」

「まあ、そう思うよな。分かる。でもまず話を聞いてみてよ。それから怪しいかどうか判断しても遅くは無いだろ」


「時間の無駄だ」


 そう言って速足で歩き始めたロゼだが、何とか気を引きたいバナウは半ば必死に食い下がった。


「報酬の術具、欲しくないのか? 報奨金だけじゃなくて、術具だぞ。この先、いつまたこんな機会が来るか分かんないだろ」


 それを聞いたロゼが再度急停止したので、速足で並んでいたバナウが盛大につんのめった。


「うわっと。……あれ? 初耳だった?」 

バナウが問うも、何故か沈黙が流れた。


 俺、また何か気に障る事を言ったのかな……とバナウが一人で不安になった所に、不意にロゼが鼻を鳴らした。


「報酬の内容は詳しく言ってなかったはずだ」


 もしや食いついてきたのだろうかと、どきどきしながらもバナウは説明を付けたした。


「言ってたぜ。もしかして広場での話を全部聞かなかったのか? 騒ぎになったから公表してただろ。半年の賃金相当の報奨金に加えて、魔術士には術具、兵士にはお高い剣だってさ。だからみんながやる気を出してほとんど出払ってるんだよ」


 術具は魔術を使う際の補助となる器具で、魔術士ならば誰もが欲しがる物である。

 高位の魔術士ともなれば当たり前に所持しているものだが、中位の魔術士が手にするには敷居が高い。


 なにぶん高価だし、購入するには所有許可だの所持登録だの面倒な手続きを踏まなければならないのだ。


 無条件に所持出来るとなれば、中位以下の魔術士達がこぞって捜索に参加しても不思議はない。


 恐らくこの報酬を考えたのは近衛騎士達だろう。

 そう思ったロゼの脳裏をディグナとテウの顔が一瞬だけ過ぎっていった。

 奴らの考えそうなことだ。


 魔術士は基本的に騎士とは協力体勢をとりたがらない。だから、魔術士達を動かすのにもってこいな餌を準備したというわけだ。


「興味あるだろ。だからさ、報酬は全部やるから俺と手を組まないか?」

「何を――」

 言っているんだという非難を全て言わせず、バナウはロゼの腕を強引に引っ張ると廊下を駆け抜けた。






 城の内外で兵士達が慌ただしく動き回って少女探しに没頭している中。


 市街地の一角に造られた緑地、その木の枝に隠れるように通りを窺う姿があった。


 真っ白なローブを頭から被っていたが、金糸のような髪が零れ落ちて、それを慌てて隠すように首元に押し込んだ。


 濃い水色の瞳が辺りを見渡す。


 その時、ごく近くで兵士らしき男の声がした。


「ここは探したのか」


 驚いた少女が反射的に首を竦めると息を殺した。

 このローブを被っている限り見つかる事は無いはずだ。

 そうは分かっているが、それでも緊張で体が強張った。


「もうみんなが探した後だろ。……でもこういう所が一番怪しいんだよな。奥も見て行こうぜ」

「そうだな。おい、手分けするぞ」

 ああ、と賛同したのは若い兵士の一団だった。


 彼らは少女のすぐ近くを、気付くこと無く駆け抜けて行く。


 遠ざかった声にほっと息をつきながら、少女は空を見上げた。


 日は西に傾いたばかりで、夜まではまだ遠い。先ほど地面に落ちていた人相書きで自分が捜索されていることを知った。

 

 これが自分だとは思いたくもない侮辱的な絵だったが、状況的には自分を指しているとしか考えられない。

 それを知ってからはここから一歩も動けなくなってしまったのだ。


「どうしよう……」


 少女は溜息と共に呟いた。


 別に逃亡するつもりも、このまま姿を眩ますつもりだったわけでも無い。

 だが強引に抜け出してきたせいで大騒ぎになってしまったようだ。一時的なつもりだったのだが。


「なおさら出て行くわけにもいかないし……」


 その目線の先にはグランケシュの王城があった。


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