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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
4. 救出への限界点
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5

 部屋の中も外も静かだった。


 窓がないから時間の流れは分からないが、大きな動きがない事だけは場の空気から読み取れる。

 会話が途切れると静寂が耳に重かった。


 やがてその空気を断ち切ったのはロゼだった。


「レンシア。とにかくそれを食べろ」


 そう顎で床の食べ物を示した。


「そんな気分じゃないの。……喉を通りそうにないわ」

「お前がもう一度、父親に会って話をする気があるなら食べろ」


「……それって、あなたがお父様に会わせてくれるって言ってるの?」


 それを聞いたロゼが底意地の悪い笑みを浮かべた。


「お前が奇跡を起こして俺をここから出してくれたらな」

「また始まった。あなたって本当に嫌な奴」


「バナウの言う事が信じられないなら、自分で真実を確かめろ。そうでなければ考えても仕方がない」

「それって、お父様が嘘を言ってないって事?」

「そんなこと俺が知るか」


 投げ槍に言ってロゼは深く息をついた。壁に寄りかかったままずっと目を閉じていたのは変わらずだったが。


「お前は父親を恨まないのか」


 突然聞かれて、レンシアが目を瞬かせた。

「どうして? 何を?」


「敵対していた国に嫁入りさせるなんて、一族のために売られるようなものだろう。父親だけじゃない。一族全員が憎くはないのか」


「ないわよ。自分で決めたんだから。私は一族のみんなが大事だもの。それに相手はご身分の高い騎士様だって言ってたから、せいぜいいい暮らしをさせてもらう事にしたの」

「お前にとっては、ガナよりもその方が重要だったという訳か」


 それを聞いたレンシアがロゼを睨み付けた。


「違うわよ。本っ当にあなたって意地悪な聞き方をするのね。お父様は一族のみんなを大切にしていたの。その娘である私だって大切に思うのは当然でしょ? お父様はニルケの人達だって大切な仲間だって思ってたはずだわ。きっとガナの事だって……」


 レンシアは何を考えてか、無言でロゼを眺めていた。

 だが時を置くと、レンシアはそうね、と独り言ちて床に置かれていたスープを見た。


「多分ロゼが何とかしてここから出してくれるんでしょ。お父様に直接聞くまで、何も信じない事にする。だったら、それまでは頑張って生きることにするわ」


 それが空元気なのかは知らないが、何かの決意が発露したようにも見えた。

 少なくとも泣くのはもうやめたらしかった。


「だから、小憎らしいけどロゼにもちゃんと食べさせてあげる。生きていて貰わないといけないもんね」


 目を閉じたまま、ロゼがふと鼻を鳴らした。


 しばらくレンシアは黙って食事をとっていたはずだったが、いつの間にかまた眠っていたロゼはレンシアの気配を感じて意識を呼び戻した。


「ねえ、ロゼ。これを持っていてよ」


 何かを言い出したレンシアを聞き流していたが、しきりに頬を叩くので、そのしつこさに諦めて横目で差し出してきた物を見た。


 指につままれたそれは濃い桃色をした滴だった。

 滑らかな素材で出来た親指の先程の大きさの物で、固そうだが宝石には見えない。どちらかというと動物の角や骨のように見えた。


「これはお守りなの。集落を去る人に渡す物でね、私たちの里を守る神様の涙を模った物なの。この腕輪に神様が描かれてるでしょ」


 言いながらレンシアが差し出した腕には金の腕輪がはまっていて、同じような飾りが数個下がっていた。どうやらそのうちの一つを外したらしい。腕輪の中央には神様と呼ばれた女性の姿が彫り込まれていた。


「腕輪についた滴を一つ外して相手に渡すの。この涙の形はね、神様は貴方の苦難を思って泣いてます、って事なんだって」


「重い神様だな」

 率直な感想を述べるロゼに、レンシアが苦笑しながら憤慨した。


「辛い事を身代わりして道を開いてくれるっていう、有り難いお守りなの! いいから持っててよ! あなたが無事でいてくれないと困るんだから!」


 そういうと、レンシアがロゼの懐に強引に石をねじ込んだ。


「そんな所に入れたら落とす」

「落としたら私が呪ってやるからね」

 そう言って睨み上げたレンシアにロゼが鼻で笑った。


「見えない神より人間の方が厄介だ」

 そう呟くと、黒服の胸ポケットを示した。





 事が動いたのは翌日の昼間だった。


 部屋に覆面達が踏み込むと、真っ先にレンシアの腕を引いた。


「ノルクトのお嬢さん。そいつに別れの挨拶をしろ」

「やめて、何する気よ!」


 男達を率いてきた首領格の覆面が、掴んだ細い腕を引っ張り上げながら笑った。


「準備は整った。あとはお嬢さんの死体と共にその魔術士をノルクトの集落に放り込むだけだ。あとは奴らが勝手にやってくれるだろう」


「どういう意味だ」 


 ロゼが聞くと男達は手を止めてロゼを見た。その目にはレンシアの思い出語りとは程遠い、非情な笑みを浮かべていた。


「アストワ国とノルクト族が手を組むのを知り、それを阻止するためにマンドリーグの魔術士がレンシアを暗殺した。マンドリーグにとって、アストワが肥大したらますます都合が悪くなるからな。ーーそういう話がここら一帯に出回ってるのさ」


「その魔術士が俺だということか」

 聞いたロゼに、男の一人が声を出して嗤った。


「そうなのか? 俺達は知らんな。まあ、ノルクトが判断する事だろうよ。アストワとの繋がりが絶たれて連中もさぞかし血の気が引いてるだろうなあ。それにここら辺の部族はみんな血の気が荒い。仲間を殺されれば必ず追い詰めて報復する。マンドリーグの者が入り込んでそんな事をしでかしたなんて、お前生きて帰れたらいいがな」


 その白々しい物言いに、ロゼが笑みを見せた。


「それが俺を攫った目的か」

「さあ。攫ったなんて事実はどこにもないからな」

 あくまでしらを切ると、首領はレンシアの髪を引いた。


「レンシア。ノルクトの姫君さま。裏切り者の代表としてどんな気持ちだ。うちの者を手に掛けただけじゃ飽き足らず、アストワなんぞにへりくだるとは落ちるところまで落ちたものだ。共に冬を越した同志と思っていたことが恥ずかしい」


「やめて、離して!」


 もがくレンシアの顔を男が叩くと、場が一瞬だけ静かになった。


 男を見据えたロゼが聞いた。


「何が目的だ。ガナの報復をしたいなら俺に関係なくこの女を殺せば済む話だ。それを随分回りくどい事をしているようだが」

「そうか? 俺にはよく分からんが」

 男が嗤った。


「マンドリーグを動かしたいのか。もしそうなら、残念だが俺一人をノルクト族に殺させたところで国は動かない。あんた達が勝手に俺をマンドリーグの魔術士だと言っているだけだからな」


 ロゼはマンドリーグの魔術士であることを伏せてここに来ている。それはすなわち、ロゼがこの地で命を落としたとしてもマンドリーグは国として関わらないだろう事を意味しているのだ。


 聞いていた別の男が鼻で哂った。


「それはどうだろうな。お前は紛れもなくマンドリーグの魔術士だ。マンドリーグは昔からアストワを支配下に置きたいと狙っていただろう。お前が殺されたらアストワ国土に踏み込むためのネタにする可能性は十分にある。国ってのはそういうものだろう?」


 同意を求められて、ロゼは無言で見返した。

 つまり、ノルクト族をマンドリーグに滅ぼさせたいのだろうか。

 それとも別に目的があるのだろうか。

 いまいち男達の目的が読み切れなかった。


「まあ俺たちはレンシアが死んで、アストワとノルクト一族の統合が無くなればば別にそれでいい。もしノルクトの奴らがお前を殺ったら、アストワはマンドリーグの報復を恐れてノルクトを滅ぼすかもしれんがな。それならそれで面白い」


 男の物言いにロゼが目を細める。

 なあ、とレンシアを掴み上げて首領が言った。


「そろそろガナの無念を晴らさせてもらおうか」


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