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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
4. 救出への限界点
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4

「大丈夫か? おい、ロゼ」


 肩を強めに揺さぶられて眠りが覚めた。

 強い倦怠感の中で目を向けると、間近で覗き込むバナウと目が合った。


「どうした、疲れたか。無理して魔術でも使おうとしてないよな? 腕輪がはまってるんだから余計な力は使うなよ」 


 水の入った器を口元に寄せられたが、ロゼは顔を背けて露骨に拒否した。


「いらない」


「飲めよ。毒は入って無いって。飲んで見せようか? ほら」

 そう言ってバナウは水を口にして見せた。そうして飲ませようとしても拒否するので、バナウは半ば強引にロゼの口に流し込んだ。 


 抵抗したロゼの足がバナウを蹴り飛ばすが、力が入っていないそれは体を押しのけるには至らなかった。


「だから無駄な体力は使うなって。飲める時にちゃんと飲んでおけよ。後で食べ物を持ってくる。不安ならまず毒見してやるよ。だから、ちゃんと食えよ」


 バナウが無言で見返してくるロゼを見て顔を曇らせた。

 あえて触れなかったが、ロゼの顔には覆面達に殴られた痣がある。恐らく見えないだけで、それは体にもあるだろう。


 長時間ロゼを歩かせたのは確かに体力を消耗させて、抵抗力を削ぐためでもあった。

 それにしてはやけに疲弊しているように映る。


 魔術士は肉体を鍛えるような訓練をしない。魔力が強いと噂されるロゼであっても、そこまで体力があるわけではなかったという事だろうか。


 だとしたら、怪我を負った状態で長距離を歩き続けたのは相当きつかっただろう。


「バナウ」


 離れて様子を窺っていたレンシアが細い声を上げた。少女は多くは言わなかったが、不安と戸惑いと、悲しみが混じっているのが声音からも明らかだった。


「レンシアもだ。この水は置いていくから」


「何で、バナウ。どうしてこんな事をするの? ガナは? ガナに会わせててくれるっていうのは嘘だったの?」


 立ち上がろうとしたバナウの足が止まった。

 怯えながら見上げるレンシアが、感情を押し殺したようなバナウの顔に気付く。


 じっと見下ろすその瞳にさらにレンシアの不安がかき立てられたが、やがてバナウが絞り出すように告げた。


「ガナは、もういないんだ」

 その言葉の意味が分からずに、レンシアが何度か目を瞬いた。


「ノルクト族に殺された。もうすぐ一年になる」


 その意味も理解できず、レンシアは頭の中で何度も反芻した。


「ーーどういう事……?」

 やっとで口に登らせた言葉が震えていた。それは一つの予感がレンシアの中に宿った証拠だった。


 その予感を確かなものにしたのは、バナウだった。


「君のお父さんは僕らニルケ族を裏切った。本当だったらレンシアとガナを結婚させて両部族の結びつきを固めようっていう話だったろ。だけどガナは話し合いと称してノルクトの集落まで呼び出された。その帰り道、追って来たノルクトの奴らに襲われたんだよ。生き延びて帰って来た仲間が見たんだ。ガナを殺して連れ去るところを」


「嘘よ」


「俺だってすぐには信じられなかったよ。でもその後すぐに、レンシアとアストワの騎士との婚姻の話が決まったんだ」


「嘘よ!」


「ガナはノルクトの奴らに殺された」

「そんなはずないわ!」

 レンシアの叫びは悲鳴に近かった。


 だが、それを見下ろすバナウの目は冷ややかだった。

「ニルケはノルクトの奴らを許すつもりは無いんだ。……俺も、ガナを奪った君らを許すつもりはない」


「嘘よ! 嘘でしょう、バナウ!」


 だが、扉に向かったバナウはそのまま振り返らなかった。


「ガナはレンシアの事を本当に大切に思ってたよ。あいつと一緒に育った俺はそれをよく知ってる。いつも楽しそうに話してたから……レンシアの事を」


 それだけ言い残すと、バナウは部屋を出て行った。


「嘘! バナウ、待って!」


 振り返る事もなく、扉が無常にも閉められる。


 レンシアの絹を裂くような悲鳴と、次いで泣き声が牢の中に響き渡った。




 部屋に備え付けられた寝台に突っ伏したまま、レンシアは全然動く気配が無かった。

 もう随分前に泣くのはやめたが、それでも顔を上げる様子は無い。


 近くの床には二人の食事が置かれていた。


 あれからバナウは言っていた通り、パンとスープを持ってきたのだが、黙々と毒見だけして無言で去ってしまった。

 そのまま放置されているので、スープはすっかり冷めきってしまっただろう。


「それを食べろ」


 ずっと目を閉じたままだったロゼが口を開くが、レンシアは反応しなかった。


「ガナとバナウはニルケ族か。この集落はニルケ族というわけだ。お前の知らない所でノルクト族とニルケ族の諍いがあったということだな」


 ロゼの言葉をレンシアは背中で聞いていた。


「宿で襲ってきた覆面達もニルケ族で間違いないだろう」


 それを聞いたレンシアが勢いをつけてロゼを振り返った。

 その目は泣き続けたせいで赤くなり腫れ上がっていた。


「ニルケとは毎年冬になると一緒に過ごしていたの。みんな優しかった。アストワの話をするときの顔は怖かったけど、私達にはいつも笑顔だったわ」


「ノルクトが裏切ったというのが本当ならば仕方ない。奴らにしてみれば国におもねる連中はみな敵に相当するだろうからな。ましてや仲間を手にかけられたなら恨みを買って当然だ」


「お父様はそんな事しないわ……」


 止まったはずの涙を再び流しながら否定したが、その言葉には力が無かった。


「アストワの騎士との婚約が決まってから、ガナとは連絡がとれなくなったの。お父様達は……ガナが諦めたのだから……もうこの先は会わない方がいいって……」


 言葉に嗚咽が混ざって、言葉が途切れ途切れになった。


「ガナが……突然マンドリーグに行ってしまったって……バナウが言うから。もう、会ってはくれないのかなって思って。でもどうしても……ガナともう一度会って話したかったの。だから、最後に一度だけ、マンドリーグに行きたかったの……」


「連絡が取れなくなった時には既にガナは殺されていたということか」


「そんな事を……お父様がするはずないわ。私が婚姻のためにアストワに行く事になってた前の日の夜にね。お父様は言ったの。どうしてもガナが良かったら、ガナを選んでもいいんだよって」


「父親がそう言ったのか」


「そうよ。でも、私はいいの、って答えたの。ガナに会えたらごめんなさいって謝って、それで最後にしようって。でも、アストワの兵隊さん達には……そんな事は言えなくて。誰に会いに行くとも言えなくて、結局抜け出したら騒ぎになって……」


 もし父が嘘を言っていたのだとしたら。


 そう考えるとレンシアの心は冷たく凍り付くような感覚がした。それで、これ以上は何も言えなかった。


 ロゼは何かを考えているのか、そこで黙り込んでしまった。


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