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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
4. 救出への限界点
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3

 魔獣が仁王立ちでロゼとの距離をとった。


 魔術を初めて受けた魔獣によくある事だが、得体のしれない攻撃に警戒している様子だった。


 レンシアは委縮しているのか、ロゼの背にしがみついている。


 魔獣は基本的に、野の獣が歪んでできた生命体であり知能の低いものが多い。無差別に襲うことしか頭に無いような存在でも、こうなっては簡単に逃がしてはくれなさそうだった。


 ロゼが下がると魔獣は同じだけ距離を詰めてくる。

 どうするかと魔獣と睨みあったままロゼが数歩後退した。


 その時。

 どこからか馬を駆る音が耳に入った。


 目を離せないロゼに音の方向を確認する余裕は無かった。


 背後で魔力の波動を感じる。

 数条の何かがロゼ達の両脇を通り抜けた。

 二人の眼前で朝日を受けて光った鋭利な氷が、魔獣の顔に何本も突き立った。


ーー魔術士か。


 魔獣の両目から鼻先にかけて刺さったそれに、一呼吸遅れて魔獣が切り裂くような悲鳴を上げた。


 視界を奪われた巨体があわてて踵を返した。

 急に敵意を失って逃げる様は獣の動作と変わりない。素早い速度で茂みの方へと飛び込んだ。


 藪を分ける音を残して逃れて行くその姿にこれ以上襲って来る様子が無いのを見てから、ロゼが背後を振り返って力の主を探した。


 少しして朝日の方向から馬で駆け付ける姿があった。


 最初に声を上げたのはレンシアだった。


「ガナ!」


 馬は三頭、そのうち一頭には魔術儀のような装束を纏った人物が乗っていた。


「レンシア!」

「あ……」


 少女の名を呼んだのはバナウだった。それで、レンシアは喜びを浮かべたはずの表情をわずかに曇らせた。


「レンシア、無事か」

 馬を降りるとすぐさま駆け寄ったバナウに、それでも少女は安堵の笑みを見せた。


「バナウこそ無事だったのね。さっきの光、バナウがやったの?」

「ああ。魔獣が出たって言われて助けに来たんだ」

「ありがとう。バナウが無事でよかった」

 それを聞いて、今度はバナウが顔を曇らせた。


 彼と一緒に来ていた馬は二頭、それぞれに跨った男が幌馬車の周りを回ると戻ってきた。


「一人やられたな。もう日も上がっていたのについてない」

 その男達は黒い服を着た覆面の仲間だった。


「ここまで来ればもう人目を気にする事もないだろう。バナウ、そのまま二人を連れて来い」


 覆面が声をかけた相手はバナウだった。

 その意味を理解できないレンシアが、ロゼとバナウを交互に見た。


「行こう、レンシア」


 差し出されたバナウの手を、レンシアは一歩下がって避けた。


「あの人達、宿で襲ってきた人だよ。何で」

「……理由は知らなくていい。一緒に来てよ、レンシア」


「何で、あの人達と一緒にいるの、バナウ」

 さらに下がって、少女はロゼの後ろに回った。

「ねえ、バナウ。あの人達、まさか……」


 言いかけたその先を覆面の男が遮った。


「さっさと行くぞ」

 そう言って男の一人が少女を強引に捕まえて抱え上げると乱暴に馬に乗せた。


「バナウ!」


 叫ぶ声は無視されて、そのまま馬は歩き出す。

 バナウも覆面の男に睨まれて促されると、隣に立つロゼに言った。


「このまま一緒に来てよ。今なら俺の魔術でもロゼの首を切り裂くのは簡単だから」


 脅して強引にロゼを押し出すが、その言葉に反してバナウの声には一切の覇気が感じられなかった。




 

 男達がノルクトの集落に向かう事はなかった。


 幾つかの分かれ道を経て進み続けると、森はやがて草原になり、さらに砂礫が広がる荒野へと出た。


 赤い土と岩が混じり、枯れた大地には細い草が申し訳程度に伸びている。


 ひたすら歩を進めて日が丘の向こうに沈む頃、足元は痩せた草原と呼べるくらいの場所に出て、ようやく彼らは一つの集落へと辿り付いた。


 中央には小さな湖があり、その命の水に縋るように石造りの四角い家屋が肩を寄せ合っていた。


 住人が少ないのかあまり人影が無い。たまに見かけた人達は性別に関係なく、みな覆面をしておりまるで隠れ郷の様だった。


 一行は一つの建物の前で脚を止めた。


 入り口の脇には古い革鎧を着た男が槍を持って見張りをしていた。

 男達は目線だけで会話をすると、そのままロゼとレンシアをその建物に押し込めた。


 内部はむき出しの土に絨毯が敷かれ、壊れた寝台や簡素な暖炉が備え付けられていた。

 建物の造りは集落内の他の物と同じ様式だったが、ただ一つ出入り口が頑丈な鋼鉄で出来ていた所だけが異なっていた。


 窓や煙突もなく、小さな換気口だけがあって、いかにも幽閉小屋として使われているような代物だった。


「ねえ、ロゼ。どうなってるの。なんでバナウはあの人達と一緒にいるの? あの人達……」

 疑問を畳みかけていたレンシアが語尾を途切らせた。


 部屋に入るなり、ロゼが壁際に体を投げ出した。そして座り込んで俯いたかと思うと、そこから微動だにしなかった。


 後ろ手に縛られたまま、冬近いとはいえ日差しの中を僅かな水を与えられただけで延々と歩かされていたのだ。


「大丈夫? ロゼ、今水を貰ってくるからね」

 肩に触れて離れたレンシアの声を、ロゼは酷い眠気の中で遠くに聞いていた。





 ロゼの意識は記憶を彷徨った。

 

 自分が起きているのか眠っているのかすら分からずに。


 冷たい石壁の続く城内通路が奥まで続いていた。


 明かりがあっても薄暗い石の廊下、そこはグランケシュ城の見慣れた光景だった。


 ルフトに詰め寄られていたロゼが、白い術装を着たレクサールの存在に気づいて振り返った。


 聖導士が自分をひたと見る。この瞳だけが、静かな場において唯一空気を揺らす存在だった。


「グレダのお前が何の為にグランケシュに来たのだ」

 レクサールが聞いた。


「あの時のように、戦争を呼び込むためか」


ーーあの時?

 ただ見返すだけで、ロゼは何も答えなかった。


ーー人の心を失ったけだもの。

ーー汚れた血。


 クオール人の混血である、グレダに向けられた侮蔑の言葉。

 それをどこかで誰かが話している声を耳に留めた。

 ルフトが相変わらず何かをわめいていた気がしたが、聞く気はなかった。煩わしさから、ロゼの足は人のいない場所へと向いていた。


 ロゼだけに限らずグレダという種族そのものを忌避する言葉が聞こえる。


ーーグレダ?

 他人事のようにロゼが呟いた。


 クオールの混血をグレダと呼ぶようになったのは純血のクオール人で、排除対象として区別するための呼び名だったらしい。

 

 そういった事情の一切と関係の無いルフトのような人間が、ロゼを貶める為に最良だと言わんばかりにグレダという言葉を好んで使った。


 グランケシュに来てまだ三年のロゼは、かつてグレダが引き起こしたという内乱を知らない。


 歴史上の事実だけが、上層部の中にロゼという人物を作り上げているのだ。


 自分の価値観を押し付ける者達。

 利用しようとする者達。

 それらと折り合いをつける日々。上官の理想に従って、ご機嫌を損ねないようにする毎日。

 それが一体何の得になるのか、今まで一度も理解できた事がない。


 こんな場所に、なぜ自分はいつまでも留まり続けているのだろうか。

 望んだわけでも、望まれたわけでもないのに。

 それが自分でも不思議でならなかった。


 全て魔術の力で壊してやりたい。 

 グレダが獣ならそれも容易い。


 そう思って城のテラスから敷地を見下ろしていたロゼに対し、声を上げて笑う者がいた。


 「昔、マンドリーグにもグレダがいた。そいつもお前さんと同じような事を言っていたもんだ」


 ディグナが指をさした。


「見ろよ、ロゼ。あれが魔術士達が後生大事にしてる建造物だ」


 目線の先には聖導士のいる一際高い塔があった。

 高さも尖り具合も、彼らの矜持をそのまま形にしたような物だった。


「壊すならあれを壊せばいい。そんなくらいじゃ奴らは死なんからな」


ーーそうだろうな。


 思っただけで、ロゼは何も答えなかった。

 横に立っていたディグナは笑みを浮かべたままロゼの肩を手で押した。


「お前がそうしたいんならな」

 この男の物言いはいつもからかっているようだった。

 

 魔術は破壊の力だ。どんな使い方をしても結局はそこに辿り付く。だから破壊行為は魔術士の性分とも言える。 


 障害物を排除する。そのために自分は魔術の使い方を学んできたはずだ。


 だから、躊躇う理由など最初から存在するはずがなかった。




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