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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
4. 救出への限界点
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 ロゼは改めて、荷物に寄りかかりながら自分を睨みつける男達を見た。


 この二人の素性を実際で確認したわけではない。さっきの話は鎌をかけただけだ。


 髪は見えないが、瞳は灰色のようだ。

 バナウと同様、魔具で姿を偽っていると考えた方が良さそうだった。


 なるほど、と目を細めたロゼだったが、男の一人がおい、と声を上げたところで思考を途切らせた。


「馬車が止まったぞ。どうしたんだ」

「変だな。おい、どうした」


 一度止まってから馬車が動かない。男達が声をかけると、御者の木窓が開いた。


「この先の木の裏に黒い塊が動いてる。魔獣かもしれん。どうする」

「どこだって? 大きいやつか」

「まずまず大きそうだ。やりすごすか?」

「ちょっと出てみるか。いいかお前ら、ここから動くなよ。どうせここで逃げ出してもその手錠がついてりゃ、魔獣からは逃げられないからな」


 ロゼの背後から覗き見るレンシアにも男は釘を刺した。


「女、逃げようとしたらそいつをこの場で殺すからな」

 そう言い残して脇に置いていた棍棒を手に取ると、男達が外に出て扉の鍵を閉めた。


 残されたロゼとレンシアが耳を澄ませると、二人の男達が何かを話した後に歩いて行く音が聞こえた。


 外は夜が明けて、幌もうっすらと光を通している。

 ロゼはレンシアに小声で話しかけた。


「あいつらが戻ってきて扉を開けたら俺が何とかする。お前は一人で逃げろ。奴らはお前のよく知る場所に連れて行くと言っていた。恐らくお前の集落の近くか何かだろう。もし本当ならどうにかなる」


「嫌よ。一人でなんて行けないでしょ。一緒に逃げるのよ、ロゼ」


「俺にはお前を無事に帰す義務がある。お前が逃げる事が最優先だ」

「生きて帰ってこその義務でしょ、なに言ってるのよ」


「お前が逃げ切らないと俺がここに来た意味が無い」

「だったら最後まで責任を果たしてよ。一緒に逃げるのよ」


「奴らに借りを返さないで、のこのこ帰る気はない」

「何を小さな意地にこだわってるのよ。私がいなくなったらあなたは殺されるのよ。行けるわけないでしょ!」


 ロゼが静かにしろ、と小さくも強く言う。はっとしたレンシアは自分で口を塞いだ。


「俺がどうなろうがお前には関係ない。お前は自分が生き残る事だけを考えろ。それがお前の唯一出来ることだ。どのみちお前が無事に帰らないと俺は国に罰せられるんだからな」


「関係無くないわよ。バナウの友達なんでしょ? 友達ってことは仲間よ。私達は仲間を絶対に見捨てたりしないわ!」


 レンシアは自分の言葉に迷いを持っていなかった。

 それが当然の事なのだと本当に思っているのだろう。きっと疑う事も知らないに違いない。


 何を言っても分からない奴だ。そう思ってロゼはこれ見よがしな溜息をついてみせた。


「陳腐な仲間意識を押し付けるな」

「なによ、それ。本当に嫌な奴。あなたとは永遠に分かり合えそうにないわね」


 荷台の外はずっと静かだったが、急に遠くで叫び声が聞こえた。何かを叫ぶ声がだんだんと近づいて来ていると思った矢先、御者台にいるはずの男が悲鳴を上げた。


 どん、と本体に重い物がぶつかる音がして馬が嘶いた。荷台が大きく揺れたので、中の二人が立っていられず倒れ込む。一緒にカンテラが跳ね飛んで落ちると壊れて油が散らばり、火が消えた。


「仕留め損ねたか」

 ロゼが低く言った。


 外では馬が聞いたことの無いような奇声をあげた。暴れる音と共に荷台が揺れて、男達が逃げて行ったのか今度は逆に遠ざかる声が微かに聞こえた。


「ロ、ロゼ……」

 レンシアがロゼにしがみついて声を絞り出した。

 

 幌越しに黒い影が見える。

 魔獣が引き続き馬を襲っているのか、何度も叩きつけるような衝撃がして、その度に荷台が傾いた。

 やがて間近でがりがりと齧る音、骨を食んでいるような軽やかな音が幌に響いた。


 逃げるべきかここに留まるべきか。

 ロゼが横目でレンシアを見た。


 機を窺って逃がす気ではいたが、魔獣が至近距離にいる今、一人で行かせてもこの少女が無事に逃げ切れるとは思えない。


 戦うにしても、自分一人ならまだ何とか出来る。だが、二人で動けば共倒れになる可能性が高い。


 その時、魔獣が何かを引っ張る音がして荷台の前方が持ち上がった。大きく傾くと、そのままついに横倒しに倒れた。


 耐え切れずに投げ出されたレンシアが悲鳴を上げる。それに反応してか、外の音が急に静かになった。


ーー気付かれた。


 一緒に倒れていたロゼが、息を殺しながら気配を探った。

 魔獣がいるであろう方向をじっと見つめる。


 その目の前で、突然魔獣の手が幌を引っ掻いた。

 厚い布でできたそれが爪で裂けて、赤く血の跡が滲んだ。


 生じた隙間の向こうの白んだ空の中に、内側を覗き込む魔獣の頭が影を作る。すぐにロゼと魔獣の目が合った。


 レンシアが喉の奥から悲鳴を上げた。

 

 獣のような体も顔も目も黒くて、光彩だけが赤く暗く光っていた。その口元は血で濡れていた。


 逃げ道を探してロゼが振り返ると、出入り口の枠は歪んでいて容易に壊せそうだった。


「こっちに来い。早く!」


 外に出ろ、とロゼが扉を足で蹴破ると二人が転げるように外に飛び出す。

 背後では幌の布の切れ目から、熊のような魔獣が荷台の中に頭を突っ込んだ。


「ロゼ」

 泣きそうな声でレンシアが痛みに耐えて起き上がると、小石が付いたままの手でロゼを助け起こした。


「魔獣が」

「いいから走れ」


 運良くか魔獣が幌の骨組みに引っかかって、体が抜け出せなくなったようだ。


 その間に二人はまろびつつ、背後も見ず林道を駆けた。

 だがロゼは体に巻かれた縄が邪魔をして速く走れなかった。

 それに、小屋で殴られた傷のせいで思ったように足が動いてくれない。


 少し振り返ると牙をむいたまま魔獣が駆けてくる姿が見えた。


 幌の穴を無理やり突破したようだ。

 四肢で駆ける魔獣の足は速い。あっという間に距離を詰めてきていた。


「ねえロゼ、私、この道を知ってる。ずっと行くと、私達の集落に出られるの」


 息を切らせながらレンシアが指をさした。

 先はまだ林が続いている。振り返れば魔獣まで二十歩程度。


 集落とやらに辿りつく前にどう考えても追いつかれる。

 ロゼが足を止めると魔獣に振り返った。


「お前はこのまま先に行け。振り返るな!」

「ロゼ! 駄目、止まらないで!」


 泣きながら叫ぶレンシアが走りつつ振り返る。荒い呼吸が聞こえるほどに迫った魔獣を視界に捉えて声を引きつらせた。

 竦んだ足元がもつれて、走っていた勢いのままに少女の体が前方に吹っ飛んだ。


 舌打ちをしてロゼが魔獣の前に立ちはだかると、足元に意識を集中する。

 体のどこに魔力を収束させようとしても腕の金属が邪魔をするのは変わらない。それでも、足元なら少しは集められそうな気がした。


 無理やり魔力を集中させたロゼの目の奥が、急激な力の流れにより夜の獣のように暗く光る。


 そこに小山のような魔獣の爪が襲い掛かった。


 爪を引っ掻けられるより早く、魔獣の頭上に跳んだロゼの大振りの蹴りが光の線を引いた。魔獣の首横に入ると、一瞬の光と共に大きな衝撃音が打ち響く。布を裂くような雄叫びをあげた魔獣の、首がしなって黒い巨体が音を立てて地面に倒れた。


「レンシア、起きろ。早く来い!」


 地に降り立ってすぐにロゼは駆けだした。

 呆然と見上げていたレンシアが怒鳴られて我に返る。慌てて立ち上がると、空を掻きながらロゼの後を追った。


 蠢いていた魔獣は幾ばくもなく、すぐにもがいて体を起こしにかかった。


 魔獣は自然界に近い生き物なので、本来は魔術に耐性があって効きが悪い。

 ましてや足で放たれた中途半端な魔術で、あれを仕留められたとはロゼも思っていなかった。


 自分を縋るように見るレンシアに、ロゼは強い口調で言った。


「お前は早く逃げろ。先に行って集落に戦える奴がいるなら助けを呼んで来い」

「集落はまだずっと先なの。戻って来るまでに、間に合わないわよ。ロゼ、ロゼも逃げて」

 

 何を言われようと、レンシアは頑なに拒否し続けた。


「二人で逃げたらどっちもやられる。さっさと先に行け!」


 立ち上がった魔獣がレンシアに的を絞ると牙を剥いた。

 ロゼが肩を入れ込んで少女を力づくで押し飛ばす。転げる二人の後方ぎりぎりで魔獣の襲撃をかわした。


 続く魔獣の爪が狙うもロゼは転がって躱し、勢いのままに起き上がると間髪入れず地を蹴った。下から斜めに蹴り上げると光の線が魔獣の顎を打ち上げた。


「起きろ、走れ! 早く行け!」

 もたつくレンシアにロゼが舌打ちをする。


 一人の方がまだどうにか出来る。そう思うのに、この女は本当にどれだけ言っても分からない奴だ。


 倒れるに至らなかった魔獣の目が怒りを含んでロゼを追った。


 どうやら完全に敵と認識されたらしかった。


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