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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
4. 救出への限界点
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 目を覚ますとそこは小屋の中だった。

 少し頭を上げると鈍痛が走った。


 床に転がされた身体にはご丁寧にも縄が巻かれて、終端が柱にくくり付けられていた。この縄は魔獣の拘束具のそれだろう。

 足は結ばれておらず、動かすことが出来るようだ。


 縄の内側で、手首には相変わらず硬い金属がはまっている感触があった。


 痛む頭に顔を歪めながら周囲を見渡す。


 襲われた小屋の中だろうか。だとしたら外から見た印象と比べて、部屋が広いように感じる。もしかしたら別の小屋に移動させられたのかもしれない。


 壁には縄や鍋が無造作に掛けられ、地面には金物の容器や箱が積まれており、長いこと使われていないのか錆びついていた。


 木窓があるが閉ざされて外の様子は分からなかった。光が漏れていないのを見ると日は沈んでいるのだろう。


 壁に小さなカンテラが灯されていて、それが唯一の光源だった。


 起きられないかと体を動かした時、部屋の片隅で何かが息を呑む気配がして、反射的に動きを止めた。


「……ロゼ?」


 その声はレンシアのものだった。

「起きたの? 大丈夫?」

 金の髪の少女が駆け寄って覗き込んだ。


「生きていたのか」

「うん。今の所は無事だったみたい。探してくれたの? まさかね」


 憎まれ口を叩きながらもロゼと会話した事で安堵したらしい。表情は固いものの少女の顔には笑みが浮かんだ。


「ロゼも襲われたの? 頭を怪我しているわよ。動かない方がいいんじゃない」

「別になんともない」


 そう言ってロゼは無造作に体を起こすと、それと同時に水に濡れた布が落ちた。どうやらレンシアが傷の上にのせたようだ。


 痛むのは頭だけではなかったが、動けない程ではなかった。確かに布には血の跡がついていたが、クオール人自体が打たれ強く多少の怪我で大事になることはない。それを自分で分かっていた。


「バナウと一緒じゃなかったの?」

「あいつとは途中ではぐれた」

 ロゼは敢えて嘘をついた。


「バナウは大丈夫かしら。捕まってないよね。私を探しているのかな。昔から心配性だから、今頃焦ってるよ、きっと」


 そう言うレンシアもバナウを心配しているのは見た目も明らかだった。もしかしたら軽口で気を紛らわせようとしているのかもしれない。


 その様子を見ながらロゼは目を細めた。


 思っていた通り、レンシアはまだバナウが襲ってきた連中の仲間だとは知らないらしい。

 考えている様子のロゼをレンシアが怪訝そうに見た。


「どうしたの? バナウのこと、何か知っているの?」

「いや。あんたとバナウとは同じ集落の出なのか?」

 突然聞かれてレンシアが瞬いた。


「バナウと? 何で?」

「いいから問いに答えろ。あいつはあんたと家族のように育ったと言っていた。同じ集落なのか」

「ううん、違うわ。ごく近くではあったけど、違う集落の出身よ。冬なんかは付近の集落が幾つか集まって協力し合いながら過ごすから、家族のようにって言っても間違いではないと思うけど」

「そうか」


 そう言ったきり、再びロゼが黙り込んでしまった。


「それがどうしたの? 私にも説明してよ」

「何か縄を切れるものは無いか」

 次々と話題を変えるロゼに戸惑いつつ、レンシアは首を振った。


「私もさっきそれを外そうとしてみたけど駄目だったの。ほら、これで」


 そう言うと、錆びて欠けた金属の欠片を見せた。鋭利ではあるが、この縄には歯が立たなそうだった。


「ナイフでも無いと無理だ」

「そう思ったんだけど見当たらなくて」


 困ったように小屋の中を物色するレンシアはよく見ると全く拘束されていなかった。捕まってはいたが、小屋の中では自由でいられたらしい。


「無いならいい」


 すぐに諦めたロゼにレンシアが振り返った。

「そんなの駄目よ。あなたがなんとかしないと逃げ出せないんだから」


 憤慨している様子に、ロゼは思わず鼻で笑った。


「人の力をあてにする前にあんたが奇跡を見せてみろ」

「また。ロゼって本当に意地悪な奴。そんな事を言っている限り、女性になんて見向きもされないんだからね」


 気分を損ねてそっぽを向いたレンシアにロゼが息をつく。


 縄のせいで両腕が使えない。手錠を片手だけでも外せたら魔力の使い勝手が大きく違ってくるのだが、まず縄を外す事が厄介な仕事だった。


 その時扉の外で声がしたので二人は口をつぐんだ。

 間を置かず鍵か何かを外す音がして、二人の黒い覆面男が姿を見せた。


「もう気が付いたのか。まあ、運ぶ手間が省けていいか。移動するぞ」


 どこへとは言わずに外を示した。

 男達の背後、小屋の前には小型の幌馬車が用意されていた。あれに乗せるつもりなのだろうが、もちろん人を乗せるような仕様ではなく、無骨な造りの荷台だった。


「あんた達は誰なのよ。どこへ行くつもりなの」

 レンシアがロゼの背後に隠れながら怯えた声を上げた。


「お前のよく知った所だ。さあ、来い」


 男達が小屋の中に入って来ると、悲鳴を上げるレンシアが引きずり出され、そのまま荷台に押し込まれた。ロゼも乱暴に引っ張られたが、こちらは特に抵抗するでもなく、むしろ自ら歩いて乗り込んだので男達は奇妙な目でそれを見た。


「なんであなた、そんなにのんびり構えてられるのよ!」

 半泣きのレンシアががなりたててきたが、ロゼは一瞥をくれただけだった。


 扉が閉められて馬車が動き出すと、彼らの中央にぽつりと置かれたカンテラが、かたかたと音を立てた。


 荷台は薄汚れて茶色くなった厚い布で覆われており、後面に木枠で搬入用の扉が設けられていた。御者側も閉じられた小さな木の窓があるのみだ。


 しばらく木擦れや沢の音を聞きながら馬車は走った。揺れが少ないあたり、どうやら道が整備された森の中を抜けているらしい。


 そうして気付くと幌の継目から微かに白んだ空が見えた。夜明けが訪れたようだ。


「何も言わないな。諦めたか」

 乗り込んでからずっと無言のロゼの様子に、覆面の隙間から覗く目が馬鹿にするように笑んでいた。


 レンシアは怯えてずっとロゼの背後にくっついていたが、疲れたのかいつの間にか背中に寄りかかってうたた寝をしていた。


 話しかけてきた男に向かって、ロゼが不敵な笑みを浮かべ返した。


「お前達民族のいざこざに巻き込まれるのは迷惑だ」

 そう、鼻で笑った。


「なに」

「身内を食い物にしてまで何が欲しいのかは知らないが」


 ロゼの言葉に、男の目からは感情が引いた。


「どういう意味だ」


「確かアストワ国は、元々は国境に近い部族が統一を決起して成り立った国家だったな。反対派の他部族を武力で次々と飲み込んで力を蓄えていったとか」


「それがどうした」

 男の目が歪んでいた。


「今、国に属していない部族はアストワに対して良くは思ってはいないはずだ。それなのにこの女を嫁に出すなんて、こいつの身内は犬にでもなり下がったらしいな。まあ、お前らも同類なんだろうが」


 男の目が怒りを含んだのをロゼは見ていた。


「その下に隠してる金の髪を見れば一目瞭然だ。そうやって恥も隠した気になったようだな。国に媚びへつらわないと生きていけない臆病者の一族か。自分達の」

 ロゼが全部を言い終わらないうちに、男が掴みかかった。


「お前が俺達の何を分かって物を言いやがる!」

「やめろ!」


 両手が使えないロゼを平手で張り倒した。

 激昂した男と、制止をかける別の男とで三人揉め合って荷台が揺れた。

 

 ロゼの異変に気付き目を覚ましたレンシアが悲鳴を上げた。


 馬車が傾いて馬がいななくと脚が止まる。木枠の小さな窓を開けて、馬を操っていた男が慌てて中を覗き込んだ。


「おい、何をしているんだ。中で暴れるな!」

「悪い。こいつが余計な事を。まだかかりそうか」

「もうすぐだ。口を塞いで黙らせておけよ」


 御車台の男が小窓を閉めると、殴った男が横たわるロゼに向かって舌打ちをした。


「今度くだらん事を言ったらその耳を削ぎ落すからな」


 起きようとするロゼをレンシアが助けると、口元に新たな血が滲んでいるのを見て、腰に結んでいた布を裂いてそれを拭った。


「いらない」

「馬鹿ね、黙ってろって言われたでしょ」


 突っぱねるロゼの耳元で涙声のレンシアが囁いた。触れてくる手が震えている。


「怖ければまた俺の後ろに隠れて耳を塞いで目を瞑っていろ」

「ロゼがじっとしてないとそれも出来ないでしょ」


 二人の軽口が小声で交わされて、それきり場が静かになった。


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