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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
3. アストワの婚約者
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3

 話を聞いたディグナが問いかけた。


「攫われたと分かった時点で、何で追わなかったんだ」


 聞かれたそれにロゼは答えなかった。

 答えなくても、ディグナの推測は勝手に進んでいった。


「事情は分からんが、攫った奴らがすぐに姫君に危害を与え無さそうだと思ったんだろう。でなければお前は助けに向かったはずだ。違うか」


 それは半分正解だった。バナウは襲撃者の仲間であり、それならば簡単にレンシアに手出しをしないと思ったのは確かだ。


「第四団のバナウに第二団のガナか。ガナというのはレンシア殿の知り合いなのか?」


 聞かれてロゼはそうらしい、とだけ述べる。話がこじれそうなので元婚約者だったという事実は伏せた。


「二人とも聞いたことはないが調べさせよう」

 レクサールが目配せすると、近くに控えていた魔術士の一人がそれを引き受けて場を下がった。


「それでレンシア殿のいる場所は分かるのか、ロゼよ」

 そうレクサールに向き直られて、ロゼは分からないと短く言った。それで聖導士の間からは冷たい溜息が漏れる。


 リバルドが何かを考えている様子のディグナを見た。


「どうか、婚約者殿を探していただけないでしょうか。彼女がどうしても結婚前にマンドリーグに行っておきたいと言うので、アストワの兵を共に付けて送り出したのです。直系でないとは言え王族になればマンドリーグには来られなくなりますから。ですが、こちらで行方不明になったと聞いて、やむを得ず協力をお願いしたのです。他部族の襲撃の可能性もあるから出歩かないように言っていた矢先の事だったのですが……」


 それに答えたのはレクサールだった。


「国内の捜索は既に出していますが、その襲ってきた者達がマンドリーグを出国していたら厄介ですね。我々は西の国境を越えて捜索することは出来かねます。アストワ領内をマンドリーグの軍が歩けば土着の民を刺激する。ましてや魔術士が入り込めば警戒心を煽るでしょう。なにぶん、アストワ国とマンドリーグは不戦条約を交わしただけの状態で、過去に一度たりとも和解したことがありませんからな。侵略行為と取られて戦乱の火種になりかねない」


 フレゲイトが同意して口を開いた。


「ただでさえアストワ領内に住まう民族達は反王政の意識が根強い。それでも一応の落ち着きを見せているのは、皮肉にもアストワとマンドリーグが同盟を組んでいないことにあるのでしょう。アストワ国内が落ち着かないうちにマンドリーグが干渉すれば、それこそ反感を買ってアストワ国内に争乱が再燃しますぞ」


 だから、アストワは今回レンシアをマンドリーグに連れてくるにあたって、公に知られないように配慮した。ごく小規模で、かつ短期間で済ませるはずだったのだ。


 アストワの騎士は反論出来ずに溜息をついた。


「……そうですが。それでも連れ戻さねばならないのです。彼女はノルクトとアストワ国が手を組むのに重要な鍵なのです。彼女はノルクト族の命運を背負っていると言っていいでしょう」


 リバルドが聖導士達とディグナを見た。


「ノルクト族は大きな湖と実り豊かな土地を持っていたため、頻繁に他部族に狙われてきたのです。ずっと国とは相容れなかったのが、我々の後ろ盾を得て集落を守るために、今回ようやく決断するに至ったのです。それを阻止したい部族がレンシアに手を下せば、話が白紙に戻るだけでは終わらないでしょう」


「アストワは他部族の動きを把握していたのですか」

 ディグナが聞くと、リバルドは頷いた。


「国内の動きは常に把握しております。ですが、ノルクト族の事情を知っていたとしても、我々は手放しで彼らを擁護するわけにもいかない。長年に渡って武力で抗戦してきた部族の一つですから。言い方は悪いがレンシアを引き渡す気が無ければ我々はノルクト族を見捨てる事も辞さないつもりです」


 聞いていたロゼは頭の中の情報の断片を、周辺の事情と共に一つに纏めた。


 レンシアは自分を犠牲にしてノルクト族を守るためにアストワ王族に嫁入りするところだった。

 だが、その前に先の婚約者であったガナに、何のためかは知らないがここまで会いに来た。

 そこを輿入れを邪魔したい部族の者達によって狙われた、ということだろう。

 

 では、と考える。黒髪に灰色の瞳のバナウ。あの男とレンシアの関係は一体何なのだろうか。

 

 思考していたロゼの前で、アストワの騎士が断固として言い放った。


「大規模な集落なので国としても傘下に引き入れたいという思惑はあります。彼らは貴重な資源も保有していますので。そうは言っても、彼女が人質然としてアストワに来なければ、部族間での抗争が起こったとしても兵を出すことは出来かねるのです」


 その目には冷徹な面が垣間見えた。

 それはアストワ国と部族との諍いは今でも続いているという事で、両者の関係を表しているに他ならない。


「あんたにその婚約者は若すぎる気がするが」

 横槍を入れたロゼをフレゲイトが睨み付けた。


「黙っておれ。申し訳ありませんな、礼儀を知らない者で」


「いいえ、構いません。こういった関係にはよくある話です。ですが、確かにそうですな。ノルクト族の常識からしても歳が開いているのは事実です。ーー実はそれが嫌で逃げ出したのかとも思ったのですが。やはりそのような話を?」


「知らない。深入りしなかった」


 聞かれてロゼは首を振った。

 余計な事を言ったが、レンシアとはそこまで関わったつもりも無かった。


「我々の国からしても私のような歳の騎士が若いお嬢さんを嫁に迎えるのは、あまり堂々と話せるような事実ではありません。ですが、私以外に適役がいなかったものでして」


 ディグナが相槌を打ったところでその場に沈黙が落ちた。


 ともかく、とフレゲイトが騎士達を仰ぎ見た。


「引き続き国内の捜索は出しますが、魔術士団としては最低限しかお力になれそうにない。ディグナ殿ともう一度よく話し合うことですな。私は失礼させていただきます」


 そう言って丸い背を向けた老魔術士に、レクサールが声をかけた。


「私の方で話をつけさせて頂いてもよろしいでしょうか」

 その意味を察したように、フレゲイトが一言「かまわん」と残して去っていく。

 レクサールはリバルドにも振り返った。


「少し我々だけで話し合いたいのでお時間を頂戴してもよろしいでしょうか。部屋を用意させますので。レンシア殿が攫われたのは我が国の落ち度でもある。見つかるように、最大限の努力は約束致しましょう」


「……分かりました。無理を申し上げてすみません」


 改めて頭を下げたリバルドは案内役の兵士と共に退出していった。

 それを見送ると、レクサールはロゼの元に歩み寄った。


 壇上から静かに見下ろす瞳がロゼに降り注ぐ。怖気るような気性を持ち合わせてはいないロゼだったが、沈黙が重さを持ってのしかかるのを感じた。


 やがてレクサールは静かに、厳しい口調で語り掛けた。


「ロゼよ。今回のレンシア殿の件はお前の失態だ。捜索されているのを知った上で、目の前で攫われるなど決してあってはならない事だ」


「……」

 ロゼは言葉を発する代わりに目を反らせた。


「お前は不祥事が多すぎる。さっきルフトに行った行為。あれは規約違反に当たる。城内外を問わず人に向かって無闇に魔術を振るうことは厳に禁止されている。ましてや上官に向けるなど、もってのほかだ。それは分かっているな」


「……分かっている」

 ロゼの返答は短い。それを近衛騎士達は黙って見守っていた。


「つい最近お前は与えられた任務を失敗していたそうだな。居合わせた高位の者から、その時の話は聞いた。お前の能力を疑問視する声も多い。それも分かっているな」


「……」

 ロゼは目線を地に落とした。

 何を考えているのだろうか、近衛騎士達が見たことのない目をしていた。それは全てを始めから諦めている風でもあった。


「お前には後がない事をまず理解しなさい。今回の事は例え先程の説明にあった通りだとしても、レンシア殿が本当に無事のままでいられる保証などどこにもない。……いいか、ロゼ。レンシア殿はお前が探しに行きなさい」


 顔を上げたロゼがレクサールを訝しげに凝視した。


「お前の処遇はこの任務の成果で判断する。お前が一人で責任を持って、レンシア殿を無事に保護して連れ戻しなさい」


「レクサール殿」

 声をかけたディグナに、レクサールが刺すような一瞥をくれた。


「貴方は口出し無用です。これは魔術士団の問題ですので。ロゼよ、これは私直々の命令だ。誰か伏着をここに」


 レクサールの目線を受けて兵士が慌てて部屋を出た。しばらくして戻ってきたその手には、ロゼが見たことの無い「ふせぎ」と呼ばれた黒い服が用意されていた。


「これは魔術儀と同じ素材で出来ている。魔術士を一般兵に紛れ込ませるときに身に着けさせる術装だ。万が一アストワに潜入する事になったら、これを着てマンドリーグの魔術士であることを隠して行きなさい。人目を避けて慎重に、出来るだけ事を荒立てないように。分かったな」


 ディグナ達近衛騎士は口を噤んだまま顔を見合わせていた。


 さっきレクサールがフレゲイトに確認していたのはこの命令の事だったのだろう。ロゼは第五団の所属なので、フレゲイトの管轄に入る。本来ならレクサールが口を出すところではない。


 だが中位の魔術士にとっては、管轄など関係なく聖導士の命令に背ける者はどこにもいない。


 その強い目にロゼは視線を落として一つだけ頷いた。


「ーー分かった」



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