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王国魔術士と金の姫君  作者: 河野 遥
3. アストワの婚約者
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1

 翌日の夜、ロゼは一日かけてグランケシュへと戻って来た。


 借りていた神馬を返す頃には、城内も人の行き来がほとんどなくなっていた。病気で休んだ事になっているらしいのでちょうどいい時間帯である。


 宿で襲撃に遭った後は夜が明けるまで宿にいたが、その後宿を去るまで再び侵入者達が襲って来ることは無かった。


 バナウはあのまま姿を消した。

 少なくとも宿に戻った形跡は無かったようだ。


 レンシアはバナウの言う通り攫われた可能性が高いが、あの遣り取りの後では追いかける気も起きなかった。


 晴れない気持ちで宿舎に戻ろうと城内の魔術士の領分内にある回廊を歩いていると、背後から人が付いて来る気配がした。


 振り返るとそこには三人の魔術士が立っていた。

 彼らの緑の魔術儀は同格である事を示している。顔は知らないが自分を追ってきた様子の三人に、ロゼの方から問いかけた。


「何の用だ」


 中央に立つ男が口を開いた。

「あんた、ロゼだな。病欠していたらしいが。どこに行っていた」


 その一言で、彼らがルフトの息が掛かった者達だと察した。

 病気だなどと信じるわけはないとは分かっていたが、それがルフトに疑念を生じさせてしまったのに違いない。


「食い物を買いに街に降りていただけだ」

「神馬でか。じゃあお前の部屋にあったこれは何か、説明してもらおうか」


 別の魔術士が近くの石壁を手の平で打つと、手の中に光を反射する物が現れた。


 指先に提げられたそれは高価そうな装飾品だった。金を緻密に彫り込んだ幅広な首飾りで、中央につけられた赤い石には乳白色が斑に混じっており、紋章の様なものが彫り込まれていた。見た感じ女性が身に着ける物のようだ。


 そう思った時、バナウの言葉が脳裏に蘇った。


ーーロゼの部屋にレンシアが隠れていた証拠を残してきた。


 なるほど、どうやら留守中にこの者達に部屋を漁られたようだ。その際にバナウの置き土産とやらを見つけ出したらしい。


「どんな上手い言い訳をする気かな、ロゼ」


 回廊の奥の通路から、さらに別の魔術士の声がした。

 耳障りな声音の主は言わずとも知れていた。いつもうるさい小言ばかり聞かされているのだーーこのルフトからは。


 首飾りを受け取ったルフトはそれをロゼの眼前に吊り下げた。


「この首飾り、誰のものだ。この二日間どこで何をしていた」


「黙って人のうちに忍び込むなんて悪趣味な奴だ」


「黙れ! 理由も情報もなくそんな事をするはずがなかろう。余計な事は言わんでいい。これをどうやって手に入れたかだけ答えろ」


「知らない」


 詰め寄るルフトを避けたロゼの背後に魔術士達が回り込んだ。


「知らんはずが無いだろう。女物の首飾りをどうしてお前が持っている。しかもこんな意味ありげな物を。ーーこの紋章、調べればすぐに誰のものかは分かるが、その前に自分から吐いた方が身のためだぞ」


「勝手にすればいい。俺はそんなものは知らない」


「ここまできてまだ白を切るか。調べがつくまでどこで待っていたい。自分の部屋か。それとも地下牢か。どっちを選んでも最終的な行き場は同じ気がするがな。それで、この首飾りの主はどこだ」


「知らない」


 否定の言葉以上を発しないロゼに、ルフトの額には青筋が浮かんでいた。


「いい加減にしたらどうだ、ロゼよ。お前が何かをしでかす度に私に迷惑が掛かるのが分からんのか。ろくでもないお前の面倒をみてやっているのは私だ。少しはそれに報いようとは思わんのか」


 高位魔術士であるルフトには中位の魔術士を従えて育成する義務がある。本来その育成する魔術士は、高位魔術士自らが見込みのある者を中位の者達から選び上げて直接部下とするのが習わしだった。


 だが、それらの手順を全て無視して、上からの命令一つでルフトは強制的にロゼを引き取らされたのだ。魔術士最高位である聖導士を中心においた王立議会の命によって。


 つまりロゼは魔術士として嘱望されてはいたが、指導役を買って出る者がいなかった。

 それがロゼに纏わる内情だった。 

 

 結局ルフトとは双方望まぬまま上官と部下と言う関係になってしまったのだ。


 近付くルフトがロゼの頭を掴むと、いきなり力づくで壁に叩きつけた。耳元で囁いた憎々し気な言葉は、呪いそのものだった。


「グレダとかいう種族の生まれだったな。薄汚い血を持ちおって。上の方々はお前の力に何か期待しているようだが、こんな卑しい性根で何かを成せるわけがなかろう。なあ」


 押さえつけられた手の下でロゼの双眸がルフトを睨み付ける。それでさらにルフトはロゼの頭を勢いをつけて壁に叩きつけた。魔力の気配と共にロゼのこめかみに血がにじんだ。


「その目が憎らしい。上の目が無ければお前なんぞとっくに除籍しているものを。しばらく地下牢に入っておれ。お前が牢に入れられたところで誰も気には留めん」


 ルフトの合図で三人の魔術士達がロゼの身を抑えにかかった。

 後ろ手で腕を捕まれながら、ロゼはルフトに向かって叫んだ。


「お前が俺の上官だったことは一度もない!」


 三人の魔術士の手を打ち払うように振り切ったロゼに、魔術士達が腕を突き出す。

 彼らの魔術が放たれるよりも、ロゼの魔術が地を這う方が早かった。


 足元から青白い光が走り、ロゼを捕らえようとしていたルフト達四人の足を絡めとる。浮遊感に声を上げた四人は、無様なまでに派手に転倒した。


「こ……この、愚賊めが……!」


 ロゼに掴みかかったルフトの怒声が回廊の壁に反響したところに、別の声が静かに被さった。


「ルフト。手を収めなさい」


 はっとして振り返った一同は、そこに魔術士の一団を見た。

 同じ緑衣の魔術士数人と、その先頭に立った白い魔術儀を着た男二人を。


 物静かそうな風貌に威厳を纏った中老ほどの魔術士と、背を丸めて小ぢんまりとした老魔術士。それは普段は城内であってもあまり出歩くことの無い聖導士達だった。


「フレゲイト様に……レクサール様」


 慌ててルフトが手を離すと、身なりを整えて深々と頭を下げた。ルフトに従う三人の魔術士もそれに倣って丁寧に頭を下げる。


 レクサールと呼ばれた聖導士がこめかみを拭うロゼを見た。


「お前はロゼだったな。私達とともに来なさい。ルフト、その首飾りは私が一旦預かろう」


「……はい」


 怒りが収まりきらず歯をくいしばったまま、青ざめたルフトは首飾りを差し出した。レクサールはそれを受け取ると、ロゼに付いて来るように目で促した。


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